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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第五章:ツたえる。
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第三十二話:リミット



「めいり、それ……」


 頼りない声で呟く。

 ちょっと疲れてるのか、とか、雲間から差す夕日のせいか、とか……。色々と理由を探しながら目を擦り、もう一度白髪幽霊の姿を視界に収める。


 だがどんなに目を凝らしても、めいりの姿と一緒に、彼女の向こう側にある景色までもが映る。

 ……つまりは、めいりの姿がぼんやりと透けている。


 涼介の声に反応して、めいりは自分の白い手を天にかざす。そして夕日の眩しさに顔をしかめた。


「透明に、なってるね」

「ああ……」


 ただ、透明になっている当の少女の反応は薄いものだった。

 自分の手に注いでいた視線も、数秒のあいだにはすでに、真殊の乗るバスが消えた方向……道路の先に向いている。

 果たして、自分の異変に思いを巡らせているのか。それをも意に介さず、姉の行方を追い続けているのか……。


 その青藍の瞳の奥では今、いったいどんな思いが渦巻いているのか。

 涼介はめいりの心中を図りかね、同時に言いしれぬ不安を抱いた。






「うむ。そろそろそういう質問が来ると思っていたのだ」

「えっ? まじ?」


 いつもの飄々ひょうひょうとした顔色で、笑海はいとも簡単に言い放つ。


 翌日の昼休み。もはや恒例となった、前の席のクラスメイトへの相談、その真っ最中である。

 昨日から今まで継続している“めいり透明化現象”。その原因や対処法などについて、涼介はさっそく笑海に尋ねていた。


「幽霊というのはけっこう不安定な存在だからな。それにとり憑かれた人間にも定期的にトラブルがやってくるのは……自然なことなんだぞぉ?」

「なるほどな……。ただしその『そんなことも知らんのか?』的な語尾が腹立つな」


 なぜか威張り口調の笑海にツッコミを入れつつも続きを促す。


「幽霊が透けて見える……まあ、巷に溢れる怪談話では普通のこと。だが、柳瀬の場合はちょっと違うんだ。お前にはその幽霊は透明でなく、しっかりと実体として認識できていただろう?」

「ああ、少なくとも今までは普通の人間と同じようには見えてたよ」

「ふむ。なら、その今までが本来の彼女の姿だ。そんな実体的な幽霊が透明になるといえば……」


 いつもながらスラスラと相談事に答える笑海。そんな彼女に感心しながら、窓側にいるめいりに視線を移す。


 透明になっている当人……彼女は、あれから目に見えて口数が減っていた。

 現に今の相談にも首を突っ込むことなく、窓側にある机に頬杖をついてぼんやり外の景色を眺めている。


「幽霊というのは、生前抱いた強い思念が具現化したものだ。なので、その存在が薄くなるというのはそのまま、“おもいが薄れる”ということになる」

「念いが……薄れる」

「そうだ。例外もあるが、大抵は未練を晴らせば幽霊(思念)は消える……。まぁ要するに、お前に憑いた幽霊はどこかで念いを晴らしたのかもしれないな。それで念いが弱まって実体が薄く……透明になったというのが、一番可能性としては高い」

「それは……」


 ――違う。


 笑海の話を一通り呑み込んで、涼介は思った。


 めいりは未練の対象である“お姉ちゃん”に再び会うことができた。

 それはこの上なく嬉しいことだったと、めいりの反応を見れば一目瞭然。

 真殊に会った日以降のめいりは、それまでになく表情の変化が豊かになったから……。


 でも……ちがうだろ? めいり。

 お前が望んでいたのは、もっと先のことだったはずだ。

 姉の姿を目に収めるだけ。そんなもんじゃなく、もう一度面と向かって話したり、一緒にあのカフェにも行くとも言ってたじゃないか。


 たしかに昨日の晩からめいりの様子は変だ。

 涼介が話を振ってみても毎度上の空。返事をしても「うん」の一言ばかり。


 その姿を今の笑海の話と照らしてみると、納得できる部分もたしかにある。

 でも……。

 ほんの一月と少しだが、涼介はすでによく知っている。


 めいりはいつでも、最終的に自分の心配事を台無しにひっくり返してしまうってこと。


 今だって、何かめいりなりの思いがあるからなんだろう。

 ことごとくお姉ちゃんの無反応を喰らって、どうにか新しい作戦を練って、虎視眈々こしたんたんと次の機会を狙っているんだろう。


 頭の中をどうこねくり返してみても、涼介にはそんな気がして仕方ないのだ。


「ああ、それと……」


 笑海の声に涼介は思考を中断する。


「『念いが薄れると幽霊は消える』と言ったな。よほど強い念を持つ例外もあるのだが、大体の霊体が現れて消えるまでの期間……その目安もあるにはあるのだ」

「え、それって……どれくらいなんだ?」


 涼介の質問に、笑海は慣れた動作で両腕を組む。

 そして、ひとつ息を吐くように告げる。


「……約、五十日だ」


 五十日。

 二ヶ月足らず……。

 涼介にめいりが憑いた日から換算すれば、ちょうど文化祭の日あたりと重なる。


 その日が過ぎれば、もしかするとめいりは消えてしまうかもしれない。


「あと、二週間って……」


 いきなり突きつけられたカウントダウンに、涼介は軽く混乱した。



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