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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第五章:ツたえる。
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第三十一話:再会のために



「え、えっと……」


 真殊の華奢な手首を控えめに飾るブレスレット。それについ目がいく涼介。

 彼の胸元にすっぽりと収まったままの真殊は、そんな涼介の様子を不思議そうに見つめた。

 そのまましばらく、静かな時間が二人の間を流れる。


「うん。じゃあ、安産祈願のお守りを二体お買い上げで……代金は後払いでいいです」

「「いやだからなぜそういう結論にっ!?」」


 そんな時間も一人の少女の心ない言葉によってかき消される。

 そして涼介と真殊、二人のツッコミはまるで夫婦めおとのごときハモりっぷり。それがヤサコの口の端をさらにつり上げさせた。


「けけけけけけけけけ。やはりお似合いですよ……お二人さん。先輩ぴょこぴょこミぴょこぴょこ。朽咲ぴょこぴょこムぴょこぴょ――」

「こら! 下ノ怪さん! また先輩をからかってる!」


 変な呪文(?)を唱え今にも踊り出しそうなヤサコだったが、ふいに天使の歌声……もとい三つ編み少女の怒号が飛んできた。

 教室の中からこちらに走ってきた三つ編み少女。そのままヤサコの両脇をがっちり羽交い締めにする。


「はぁ~なぁ~せぇぇぇ~……」

「す、すみません先輩……! ここはあたしが引き受けますので、どうぞ今のうちにぃ……!」


 まるで地獄から這い出てきたようなおぞましい声を出し、抵抗するヤサコ。そんな彼女に後ろからしがみつく三つ編み少女。

 その光景は鬼気迫るものがあった。


「で、でも……!」

「い、いいんです……! この子にはこれから用事があるので……! 下ノ怪さん! あなたが舞台の案出したんだからね! ちゃんと向こうで指示出ししてぇ……!」

「はぁ~なぁ~さぁ~ぬぅ~かぁぁぁぁ~」

「離さないよぉ~……っ」


 どうやら、早くこの場を離れるのがよさそうな気配。ここは三つ編み少女に任せるのが得策のようだ。


「朽咲さんも、ごめんね……!」

「あ……ううんっ。大丈夫……」

「あ、それと、今日は朽咲さん、先に帰っていいよ」

「え? でも……」

「いいのいいの! 朽咲さん、ここのところずっと頑張ってたし。今日くらいはごゆっくり……ね?」


 踏ん張りながらも軽くウィンクする三つ編み少女。

 その身をていした好意に、真殊は甘えざるをえなかった。


「わ……わかった。じゃあ、今日はお先に帰らせてもらうね。ありがとうね」

「うんっ、じゃあ……っ、また明日ね朽咲さん……! ごゆっくり楽しんできてねぇ……ぐぬぬ!」

「今度までにぃ~、お守り用意しておきますのでぇ~……」


 そうして、三つ編み少女はヤサコを引きずって教室の中へ……涼介たちはその二人の声を背にその場を後にした。


 なんだかんだであの二人、仲良さそうだな、などと思いつつ……。






「……ところで、何がごゆっくりなの?」


 真殊がポツリ。

 そんな疑問がつい口をついたのは、校舎を出てしばらく後のことだった。

 今は涼介と真殊、その二人の間にめいり……三人でゆっくりと帰路を辿っている。


 まだ色づきはじめたばかりの銀杏並木の下。カラカラ……と、自転車の車輪の音だけが渇いた空気中に響き渡る。


 さっき、三つ編み少女が気を利かせてくれたのは、ある誤解的な意味からだったのかもしれない……と、涼介は今更ながら思い至る。

 真殊に対しての言葉もそうだし、いかにも愛やら恋やらに興味津々なご様子だったから……。

 ようは、また一人誤解を解くべき相手が増えたのだ。


 ただ、そのおかげでこうして真殊と接する機会に恵まれたのも事実。

 めいりと真殊、二人の再会をなるべく早く実現させてやりたい。

 すぐ隣、真剣な表情で“お姉ちゃん”の手をとろうと頑張るめいりを見ると、ますますその思いは強くなる。

 今はその数少ないであろう絶好の機会だ。


 ただ、そのためには何をすればいいのか……涼介は図りかねていた。


「あ、あの……せ、先輩……」

「ん?」


 流れる沈黙を解いたのは、真殊の声。

 涼介を呼んでからしばらくモジモジとブレスレットを触っていたが、やがて決意したように言葉を紡ぎだす。


「あの……先輩。さっき、このアクセサリー、見てました……よね?」


 涼介を見つめるその瞳は、まっすぐにその答えを待っている。


「あぁ……うん。そのアクセサリー、僕の知り合いがしてるのと似てたから。もしかしたら同じのかなって思ってね」

「そ、そうだったんですかぁ……」


 めいりの名を出さないよう、ところどころ端折って話す涼介。相手を傷つけないために……なんて言えば聞こえはいいが、それでも罪悪感のような感情が涼介の胸を重くする。


 その答えを聞いてどう思ったのか。

 真殊は再び地面に視線を向け、口をつぐむ。

 その幼い横顔に、ほんの少しだけ陰が差しているようだった。


 そんな真殊の目の前では、相変わらずめいりがアピールを続けている。

 顔の前で手を振ってみせたり。

 「お姉ちゃん、わたしはここよ」と声を掛けてみたり。

 そんな努力はことごとく秋風に流されていくけれど。それでも、めいりはめげず真殊に自分の存在を訴え続ける。


 そんな姉妹の平行線のままの想いを、涼介はただ黙って見つめることしかできずにいる。


「……そのブレスレット、すごく丁寧に扱ってるんだなぁ……」

「へ?」


 二人の様子を眺めていると、ついそんな感想が口から漏れた。

 ふとブレザーの袖口から覗いた真殊のブレスレット。それは汚れ一つなく綺麗な状態に見えたのだった。

 きょとんと顔を向けられ、涼介は焦りつつ言葉を継ぐ。


「あ……その、大事なものなんだなぁって……そう思ってさ」

「は、はい……」


 そのまま尻すぼみに真殊の声のトーンが落ちる。

 今までだと、これで会話が終わりそうな雰囲気。


 ……でも今回に限ってはそうではなかった。


「先輩の、仰るとおりです。このアクセサリー、とっても大事なもので……」


 真殊は何かつっかえが取れたかのように、ぽつぽつと唇を震わせた。


「私……中学の時、不登校だったんです。小さい頃から人付き合いが苦手で、学校に行くのが辛くなって……。ずっと家に引きこもってたんです」

「そ、そうだったんだ……」


 たしかに、真殊はあまり人との付き合いが上手ではなさそうだと涼介も思っていた。

 同じく他人との関わりを避けて生きてきた自分にも、似た部分が沢山あるから。


「でも、そんな時期にある子に出会ったんです」


 その言葉に、めいりがひくりと反応する。


「私の初めての友達で、妹のような子で、私を前に向かわせてくれた恩……人っていうのかな……。とにかく、私にとってかけがえのない子なんです」


 それを枕に、“恩人”との思い出を一つ一つ大事そうに語る真殊。

 彼女が口を動かすごと、めいりは頷いたり薄く笑ったり、たまに悪戯なジト目をしたり……。

 まるで当時を追体験するかのように、嬉しそうに真殊との思い出話に耳を傾ける。


 真殊の表情は真剣そのもの。めいっぱいの感情をその声に込めて話す。

 その瞳は生き生きしていて、今までのテンパり具合が嘘のようだった。

 彼女のいう“恩人”……めいりのことになると、心の底から思いが溢れ出てくる……そんな様子だ。


「これは、その子との絆……。私たちはずっと繋がってるって……その証なんです」


 そして、手首のペールブルーを優しく慈しむようにそっと撫でる。

 隣にいためいりもそれに倣って、首元のチョーカーに手を添える。

 その仕草がどこか……姉妹にしかわかり得ない儀式か何かのようで、涼介はついその光景に見入ってしまった。


「今はその子……ずっと遠くにいて……。会えなくて……。でも、今でもずっと近くにいるような、そんな気がするんです」

「お姉ちゃん……。わたし、いるよ。あなたのすぐ近くに……」

「できるなら、もう一度だけでも会いたい……。話したいことも沢山あって……」

「わたしも、あなたに伝えたいこと……いっぱいあるのよ? ねぇ……お姉ちゃん」


 めいりは真殊の呟きに返事をする。いつになく真剣な眼差しで……何度も、何度も。

 全く余裕を失っためいりの様子を、涼介は見ていられなくなる。


「……その子は、きっと朽咲さんの近くで、君のこと見守ってくれてるよ」


 そして、思わずそんなことを口にしていた。


「それに……きっと、また会えるよ。いや……必ず、だ」


 独り言のように呟きながら、涼介は心に決める。


 自分にはできることはごく限られているけれど。

 それでも、二人の願いだけは絶対に叶えてやりたい。

 そのためになら、どんなことだってしよう。


 ……二人の架け橋になれるのは、僕しかいないんだ。


「……っ、はい……。きっと、会えますよねっ」


 少し声を詰まらせ、真殊は何度も頷いた。




 気づくと、目の前の通り、その端に、数人の人の列が視界に映った。

 星凪高校の最寄りのバス停……涼介と真殊が一緒に帰路を辿る……ここが終着点。真殊はここからバスに乗って家まで帰るのだ。


「あ……す、すみません……! 私ばっかり喋ってばっかりで……」

「ううん、色々話してくれて嬉しかったよ」


 恐縮しきった様子で縮こまる真殊。今になって、柄に合わず饒舌になっていたことが恥ずかしくなってきたらしい。


 やがて、一台のバスが到着、人の列がその乗り口に飲み込まれていく。

 真殊もそれに倣ってバスに乗り込む。

 真殊は座席について振り返った。……が、背が低いせいで、涼介たちからは彼女の頭のてっぺんしか見えない。

 向こうもそれに気づいたのか、慌てた様子で立ち上がりぺこぺこと頭を下げた。

 そんな滑稽な様子に思わず笑みを浮かべながら、涼介も手を小さく振って応えた。


 やがて遠ざかって行くバスを、しばらく二人して眺める。


「……きっと、うまくいくさ。な、めいり」

「うん」


 改めて決意を固め、隣の幽霊の方を仰ぐ。

 相変わらず、みるみる小さくなっていくバスをじっと眺めるめいり。


「ん……あれ?」


 涼介には、夕日で橙色に染まるその姿が、ほんの少しだけ透けて見えた。



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