第二十九話:テンパる涼介
おかちめんこが凜とした動きで近づいてくる。
口を開けたまま、涼介とめいりはそれを目で追う。
まるで能でも舞うかのように柔らかくソファに腰かけ、おかちめんこは口を開かずに話し出した。
「先輩。さきほどは恥ずかしいお姿をお見せして、大変失礼いたしました」
「あ……いや、うん。大丈夫だよ」
この幼さの残る声。お面の主はどうやら真殊のようだ。……はじめからわかってはいるんだけど。
でも、さっきまでの真殊と比べると幾分堂々としているように見える。
(これって……どういうことなんだ?)
(わたしにも、わからない……)
ぼうっと真殊の方を見つめるめいり。
突然の真殊の変貌ぶりに、さすがのめいりも驚きを隠せないようだ。
「お待たせ~。ささ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
お菓子とカットした果物、そして紅茶の入ったカップをお盆に乗せて持ってきてくれるお母さん。
お盆をテーブルに置くと、そのまま我が娘の元へとそっと近づき、
「ちょっと真殊ちゃん……それ、パジャマより恥ずかしいわよ……?」
「!!」
真殊は即座におかちめんこをテーブルの上に置いた。
その顔は熟したトマトみたいに真っ赤。
どうやら真殊は、お面をかぶることで恥ずかしさをごまかそうとしていたらしい。
結局は恥の上塗りだったようだけど。
キッチンの方から聞こえる朽咲母の鼻歌をバックに、再びテーブルを挟んで向き直る涼介と真殊。
もう何分も経ったかのような長い沈黙のあと、先に口を動かしたのは真殊だった。
「せせせせ……!」
(……先輩)
「……ん? なんだい?」
「きょきょきょ……は、ど、ど、ど……して私な……かのおみみみ……」
(今日はどうして、私なんかのお見舞いに来たんですか?)
す、すごい……。
めいりの訳がないと全く理解不能だ……!
解読できるめいりも、それはそれですごかった。
この姉妹の息の合った連携技も驚きだが、質問の内容にも悩む。
私とそんなに親しくもない先輩が、どうしてわざわざお見舞いに来たのか。
そう言いたいのだろう。
でも、この場で涼介が話せる理由がすぐには思い浮かばなかった。
「えっと……それは」
本当のところは、真殊のことを心配するめいりを安心させてやりたかったから。
……なんて言っていいのだろうか。
信じてくれるかも定かじゃないし、そもそも真殊を傷つけてしまわないだろうか。
何気なくリビングの大窓の方に目を移すと、庭の隅に丸い石が置かれているのが見えた。
その下の土は人の手によって丁寧に盛り上げられている。
めいりのお墓だとすぐに察した。
そのお墓の前に置かれた花はまだ生き生きとしている。頻繁に交換されているのだろう。
めいりが自分のところにやってきてから。
つまり、めいりが交通事故に遭った日から、ほぼ一月。
きっとまだ、めいりを失った朽咲さんの傷は癒えていないだろう。
そんな時に不用意なことを言って、傷をさらに抉るようなことはしたくないし。
……なら、どういえばいいんだろう。
そもそも学年も違うし接点もほとんどない。そんな男がいきなりお見舞いに来る理由って……なんだ?
それに今更だが後輩の女の子のお見舞いに来るって、よくよく考えればかなり思い切ったことなんじゃないのか……?
少し頭がこんがらがってきた。
お母さんに出してもらった紅茶を口に含んで一旦仕切り直す。ちょうど真殊も一息入れているところだった。
コトン、と。
二人ほぼ同時に、カップをテーブルに置く。
……もしかして、お見合いとかってこんな緊張感なんだろうか。などと思ったが余計気恥ずかしくなるので考えるのをやめた。
「ここ……こないだの……」
「え?」
「よ、夜中の学校で……。あの時のことは、完全に私のせいなのでして……、それで、ご心配おかけしたのなら……す、すみません……」
「あ、いや……」
真殊の言葉がめいりの訳なしで聞き取れた。彼女も少し落ち着いてきたようだ。
……今がチャンスかもしれない。
最終的に、彼女にはめいりに会ってもらう必要がある。
そのためにはちゃんと伝えた方がいいんだろうけど……。
そう思うのに反比例して、どんどん萎縮していく涼介。
(涼介頑張って、ここが正念場)
めいりが涼介の肩に手を置いて応援する。
(思い切って伝えればいいのよ。男は発狂っていうでしょ?)
「精神に異常きたしてどうすんのっ!? それをいうなら度胸だよ!」
「せせ先輩……っ!? わわ私何か気に障るようなことをあばばば……!」
突然の涼介の大声に驚き、真殊は再び混乱モードに陥ってしまった。
キッチンにいたお母さんも、何事かと壁の隅から覗いている。
(し、しまった! つい……)
(今ならまだ巻き返せるよ! 涼介、ファイト!)
(あ、ああ……!)
めいりに背中を押され、必死に脳内で言語を構成する。
「く、朽咲さんっ!」
「はっ、はいぃっ!」
名を呼ばれ、オロオロしていた真殊の動きもピタッと止まる。
「ぼ、僕……、僕は……!」
「は、はい……」
完全に聞く体勢の真殊。
バクバクと、今にも口から出てきそうな心臓。それを抑えるように、ごくっと大きく唾を飲み込む。
そんな涼介の隣ではめいりが、キッチンスペースの端からは朽咲母が、それぞれ固唾を呑んで見守っている。
「僕は……」
そして――
「僕は……君ともっと……仲良くなりたいんだっ!!」
涼介は、告白した。
「………………へ?」
時を忘れたリビング内で、真殊の気の抜けた返答だけがカポーンと木霊する。
かと思えば、その静けさを吹き飛ばさんと涼介がまくす。
「ぼ、僕は……! 君のことを、もっと知りたい! 僕のことも、知ってもらいたい! いや、お互いにもっとわかり合う必要があるんだ……! だから……だから! これからもっと……仲良くしようっ!!」
「……え、えぇぇぇぇぇぇーっ!?」
「キャァァァ~!! 告白したわよこの人~! 先輩くん、素敵よぉぉ~!」
涼介は思いの丈を叫んだ。
涼介も、真殊も、ついでにお母さんも叫んだ。
「今日はそれを伝えたかったんだ!」
「ぶしゅぅぅぅぅぅ~……」
「いやぁ~、いいもん見せてもらっちゃったわぁ~。ちょっと真殊、茹で上がってる場合じゃないわよっ?」
皆が皆、様々な形で暴走を始める。
(涼介……。あなた、ホンマもんやでぇ……)
そんな中唯一、白髪の幽霊だけが静かに目を細めていた。




