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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第四章:ツなぐ。
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幕間:真殊のココロ(三)



 気づけば、真殊は自室のベッドにもぐりこんでいた。


 別に気を失ったとかじゃない。玄関を通ったことも、お風呂に入って寝間着を着たことも、おぼろげに思い出せる。

 ただ、他のことで頭がいっぱいで、今自分が何をしているのかさえわからなくなっていた。


「メイリちゃん……」


 毛糸のように丸くなって、いつも真殊と一緒になって寝息を立てていたメイリ。

 あの温もりは、もう隣にはない。


 あの時。

 カフェの事務室で、一匹猫の亡骸を見た時。

 はじめは違うと思った。

 あの箱の中には真殊とおそろいの、あのペールブルーのチョーカーがなかったから。


 ちょうどメイリと同じくらいの大きさの、灰色に汚れた躯体がそこにはあったけれど。

 微かに残った白い毛が、あの子と重なって見えたけれど。


 これはメイリちゃんじゃないって……そう思いたかった。


「……でもね」


 また涙が出そうになり、枕に顔をうずめる。濡れた布の感触と一緒にほのかにメイリの匂いがして、結局またボロボロと両目から雫が溢れ出した。


「わかるんだよ……?」


 たとえ、あなたがどんな姿になっていたって。

 あなたを示す証し……そんなのなくたって。


「メイリちゃんのこと……私、なんだってわかっちゃうんだよぅ……?」


 あの箱で眠る猫がメイリであることを、真殊にはとうにわかっていた。


 勉強中、暇なのか突然参考書の上にのぼってきたり。

 膝の上に乗せて、たわいない愚痴を聞いてもらったり。

 こうしてベッドで寝てる時も、急に脇にお尻をひっつけて甘えてきたり。


 メイリと過ごした時間は、何ものにも代えがたいほど深く濃密に、真殊のココロに刻み込まれているのだから。


「ひっぐ……」


 次々と流れ出る涙が枕の中へ染みこんでいく。


「寂しいよぅ……メイリちゃん……」


 しばらく嗚咽としゃっくりを繰り返し、やがて真殊の意識は底のない泥沼のような闇に沈んでいった。






 ――次の日の朝。

 お父さんが庭の隅に四角い穴を掘るのを、真殊は呆然と見つめていた。


 昨日は結局うまく寝つけず、おかげで頭がぼんやりとしている。顔も見事にやつれ、疲労やら何やら、ごちゃごちゃになった心が表面に現れていた。


 隣に立つお母さんも、真殊と似た表情で佇んでいる。目が充血して少し腫れぼったい。

 お母さんがどんな風に夜を過ごしたのか、簡単に想像できる。そして想像してしまうと、真殊の視界はまたぼやけた。


 やがてあいた穴。その底に毛布にくるまれたメイリを寝かせる。

 彼女のお気に入りだったオモチャも一緒に。


 真殊、お母さん、お父さんと、順に少しずつ土をかけていく。

 毛布が土に埋まるたび、真殊の中に色んな感情が巡っていく。


 それは、妹として一緒に過ごしてきてくれたことへの感謝か。

 痛い思いをして逝った妹への労いか。

 そんな妹を助けてやれなかった自分への憎しみか……。


 もしかしたら全部なのかもしれない。

 本当のところは、真殊自身にすらわからなかった。


 穴があった場所は小さな山になり、その上に大きめな石が置かれる。

 線香とお水を供え、三人でしゃがみ、目を閉じて手を合わせる。


 そうして、朽咲家の家族のお見送りは静かに執り行われた。




「……じゃあ、支度するね」


 しばらく静寂と一緒に時間を過ごしたあと、真殊は立ち上がり学校へ行く準備をはじめる。

 午後十二時半。

 これから行けば、午後の授業はなんとか全部受けられそうだ。


「ほんとに、行くの?」


 お母さんが心配そうに尋ねてくる。

 中学の頃、学校に行くのが嫌で嫌で不登校になった真殊を、いつでも一番心配してくれていたお母さん。

 ああ、今回もまた同じ表情させちゃったな。

 真殊の胸から罪悪感がにじみ出る。


「なんなら、今日くらいはお休みしても……」

「行くよ」


 遮るように、少し強めに声を出す。


 いつも心配かけてごめんねお母さん。

 私と同じくらい、メイリちゃんを可愛がってくれたお母さん。

 今日はお母さんだって辛いはずなのに、それでも私のことを一番に想ってくれる。


 ……でも、大丈夫だよ。

 中学の時は自分で何一つしようとしなかったけど。

 ずっとどこも見ていなかったけど……今日は違うんだ。


「今ね」


 真殊は母をまっすぐに見据えながら、しっかりとした口調で言葉を継ぐ。


「私がこうして学校に通えてるのって、メイリちゃんのおかげなんだよ」


 あの日。

 姉妹おそろいでペールブルーのアクセサリーを身につけた日に、気がついた。


 自分には、こうしてちゃんと心から安心できる場所があるってこと。


 メイリはどう思っていたかはもちろんわからない。

 それでもメイリがいつも側にいてくれたから、真殊は今、前を向けているのだ。


「だからね。ここで私がふさぎこんじゃったら、きっとまた、昔の私に戻っちゃう。また何も見てない自分になって、メイリちゃんがいてくれた時間がなかったことになる。……だから」


 だから……私は行くって決めたんだ。


 メイリちゃんが創ってくれた私を殺さないために。

 メイリちゃんがいた証を自分の中で守るために。


「……うん、わかった」


 自分の思いを伝えた真殊。

 それを黙って聞いていたお母さんは、それまで真剣だった顔をふと、綻ばせた。


「でも、無理はだめ。それと、どうしても辛くなったらお母さんたちに言うこと。いいわね? 私たちも正真正銘、あなたの家族なんだから」


 一度俯き目元を指で拭ったあと、お母さんはぱっと顔を上げて言う。

 そこには満面の笑み。

 いつもの、冗談が好きな明るいお母さんだった。


 真殊もそれに、笑顔で応じた。




 制服に着替え、支度を終えた真殊。

 ブレザーを軽くはたき、リボンを締め直し、両手で頬をぱしんと叩く。


「うん……じゃあ、行ってきます!」


 そして元気に声を出して玄関のドアをくぐった。

 今日も自分を一歩前に進めるために。


 その小さなココロに、もう一つの大事なココロを抱きしめながら。



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