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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第四章:ツなぐ。
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幕間:真殊のココロ(二)



 足早に暗くなっていく空の下を、ひたすらに走り回った。

 帰宅したお父さんやお母さんと手分けして、メイリを捜す。民家の庭先、路地裏の狭い道、町の至るところを。


「メイリちゃん……メイリちゃん、どこいったの……?」


 息せきながら、不安をとりのぞくかのように言葉を吐き出す。それでも、身体の内から湧き出してくるのはもっと濁った不安ばかり。

 うるさく鳴り続ける胸を握り拳で押さえつけ、真殊は何度も地面を蹴った。


「真殊ちゃん!」


 一旦家に戻っていたお母さんの声が背後から聞こえる。

 家から走ってきたのか、肩で息をするお母さん。

 片手に電話の子機を握りしめたまま、電話の内容を真殊に伝えてくれた。


「今ね、大通りのカフェから連絡があって……白い猫ちゃんをね、預かってるって」

「え、それって……」


 メイリちゃん?


 お母さんは息を整えながら、何かをためらうような口ぶりで続ける。


「でも、その子……」


 その雰囲気を察し、静かに話の続きを聞く真殊。


「え……」


 その小さな口からせわしなく吐き出されていた空気が、一瞬のあいだピタリと止まった――






 ――少し触れただけで崩れ落ちてしまいそうなほど、膝が震える。


 はじめはお父さんとお母さんが先に確かめてくれると言っていた。

 自分のためを思ってのこと。


 小さい頃から真殊のことを大事に想ってくれていた両親。その優しさに、真殊はつい甘えてしまう癖があった。


 それでも。今日の真殊は、自ら確かめることを選んだ。

 “本当のこと”をこの目で確かめるために、段ボール箱に近づく。


 一歩足を前に出すたび、真殊の心は鈍く重く、気持ち悪いほどにゆっくりと脈打つ。

 さっきまでさんざん町中を走り回っていたのに、今の、自分と段ボール箱の間の方がはるかに長い距離に思えた。


 それでも驚くほどすぐに目的の場所へ着く。

 震える手をぎゅっと握りながら、段ボール箱その隙間に視線を移す。


 その隙間から見えたもの。

 薄茶色の毛布にくるまれたもの。



 ……もう生き物の形をしていない、猫の亡骸だった。



 赤と黒。

 そして灰色がかった――白。


 時の流れを忘れてしまったそれらの色が、小さな箱の中で静かに眠っている。


 真殊は思わず息を呑む。

 身体の中からせり上がってくる何かをこらえるように、両手で口を押さえながら後ずさる。


 真殊と同じように箱の中を確認したお母さんが、顔を伏せて目を閉じた。

 そんなお母さんの肩に静かに手を添えるお父さんも、いつになく神妙な面持ちだった。


「はぁ……、はぁ……」


 ふと、ソファで寝転がるメイリの姿が脳裏をよぎる。

 家に帰った時、だらりと首だけあげて、「にゃあ」と挨拶してくれる白い妹。


 もう一度箱の中を見やる。

 真殊の思い出と、目の前の亡骸。

 両方の白が怖いくらいに重なる。


 ――違う。


 違う、違う違う違うっ!

 これはきっと何かの間違いだ!

 

 真っ白になる頭を懸命に動かし、目の前の光景を否定する。


「ち……ちが、げほ! ……はぁ、は、っげほ! げほっ!」

「ま、真殊ちゃん……?」


 抱え込んだ不安が現実に変わろうと、真殊の小さな身体全体に絡みつく。

 視界が涙で滲み、口を押さえていた両手の先が少しずつ痺れてきた。


「真殊っ!?」

「はぁ、はぁっ……! ハァッ、ハァッ、……ッ!」


 今までなんとかこらえていた膝が、いともたやすく床に落ちる。

 内側から抉られるような苦しさに耐えきれず、真殊はその場にうずくまってしまった。


「――ハァッ、ハァッ、ハァッ――ひぅ……っ」

「ま、真殊! 真殊、大丈夫っ!?」


 呼吸がぐちゃぐちゃに乱れる。お母さんが血相を変えて駆け寄ってくるのを、薄れた視界が捉える。


 頭の中で徐々に組み合わされようとしている残酷なパズル。

 必死にそれを止めようとあがく心を抑えられず、真殊は過呼吸に陥ってしまう。


 目の前の箱。

 その中にあったのは、たしかに変わり果てた白猫の姿だった。


 けど……なかったんだ。


 あの子の。

 私とおそろいの……。


 私たちの……姉妹の絆が。


 だから見間違いかもしれない。

 私、何やっても失敗ばかりだから。

 今回もまた、ドジのせいで大事なものを見失っているのかもしれない。


「真殊、大丈夫、大丈夫……。落ち着いて……」


 かすれた涙声で語りかけてくるお母さん。

 背中をさするその温もりが、真殊の意識をなんとか繋ぎとめる。


「朽咲さん! こちらへいらしてください!」

「真殊……っ、落ち着いて……。こっちへ行こう……」


 そのまま真殊の小さく震える身体は、両親の手で店の方へと運ばれる。


 過呼吸が落ち着いて悲鳴のような泣き声に変わったのは、それからしばらく経ってからのことだった。



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