幕間:真殊のココロ(二)
足早に暗くなっていく空の下を、ひたすらに走り回った。
帰宅したお父さんやお母さんと手分けして、メイリを捜す。民家の庭先、路地裏の狭い道、町の至るところを。
「メイリちゃん……メイリちゃん、どこいったの……?」
息せきながら、不安をとりのぞくかのように言葉を吐き出す。それでも、身体の内から湧き出してくるのはもっと濁った不安ばかり。
うるさく鳴り続ける胸を握り拳で押さえつけ、真殊は何度も地面を蹴った。
「真殊ちゃん!」
一旦家に戻っていたお母さんの声が背後から聞こえる。
家から走ってきたのか、肩で息をするお母さん。
片手に電話の子機を握りしめたまま、電話の内容を真殊に伝えてくれた。
「今ね、大通りのカフェから連絡があって……白い猫ちゃんをね、預かってるって」
「え、それって……」
メイリちゃん?
お母さんは息を整えながら、何かをためらうような口ぶりで続ける。
「でも、その子……」
その雰囲気を察し、静かに話の続きを聞く真殊。
「え……」
その小さな口からせわしなく吐き出されていた空気が、一瞬のあいだピタリと止まった――
――少し触れただけで崩れ落ちてしまいそうなほど、膝が震える。
はじめはお父さんとお母さんが先に確かめてくれると言っていた。
自分のためを思ってのこと。
小さい頃から真殊のことを大事に想ってくれていた両親。その優しさに、真殊はつい甘えてしまう癖があった。
それでも。今日の真殊は、自ら確かめることを選んだ。
“本当のこと”をこの目で確かめるために、段ボール箱に近づく。
一歩足を前に出すたび、真殊の心は鈍く重く、気持ち悪いほどにゆっくりと脈打つ。
さっきまでさんざん町中を走り回っていたのに、今の、自分と段ボール箱の間の方がはるかに長い距離に思えた。
それでも驚くほどすぐに目的の場所へ着く。
震える手をぎゅっと握りながら、段ボール箱その隙間に視線を移す。
その隙間から見えたもの。
薄茶色の毛布にくるまれたもの。
……もう生き物の形をしていない、猫の亡骸だった。
赤と黒。
そして灰色がかった――白。
時の流れを忘れてしまったそれらの色が、小さな箱の中で静かに眠っている。
真殊は思わず息を呑む。
身体の中からせり上がってくる何かをこらえるように、両手で口を押さえながら後ずさる。
真殊と同じように箱の中を確認したお母さんが、顔を伏せて目を閉じた。
そんなお母さんの肩に静かに手を添えるお父さんも、いつになく神妙な面持ちだった。
「はぁ……、はぁ……」
ふと、ソファで寝転がるメイリの姿が脳裏をよぎる。
家に帰った時、だらりと首だけあげて、「にゃあ」と挨拶してくれる白い妹。
もう一度箱の中を見やる。
真殊の思い出と、目の前の亡骸。
両方の白が怖いくらいに重なる。
――違う。
違う、違う違う違うっ!
これはきっと何かの間違いだ!
真っ白になる頭を懸命に動かし、目の前の光景を否定する。
「ち……ちが、げほ! ……はぁ、は、っげほ! げほっ!」
「ま、真殊ちゃん……?」
抱え込んだ不安が現実に変わろうと、真殊の小さな身体全体に絡みつく。
視界が涙で滲み、口を押さえていた両手の先が少しずつ痺れてきた。
「真殊っ!?」
「はぁ、はぁっ……! ハァッ、ハァッ、……ッ!」
今までなんとかこらえていた膝が、いともたやすく床に落ちる。
内側から抉られるような苦しさに耐えきれず、真殊はその場にうずくまってしまった。
「――ハァッ、ハァッ、ハァッ――ひぅ……っ」
「ま、真殊! 真殊、大丈夫っ!?」
呼吸がぐちゃぐちゃに乱れる。お母さんが血相を変えて駆け寄ってくるのを、薄れた視界が捉える。
頭の中で徐々に組み合わされようとしている残酷なパズル。
必死にそれを止めようとあがく心を抑えられず、真殊は過呼吸に陥ってしまう。
目の前の箱。
その中にあったのは、たしかに変わり果てた白猫の姿だった。
けど……なかったんだ。
あの子の。
私とおそろいの……。
私たちの……姉妹の絆が。
だから見間違いかもしれない。
私、何やっても失敗ばかりだから。
今回もまた、ドジのせいで大事なものを見失っているのかもしれない。
「真殊、大丈夫、大丈夫……。落ち着いて……」
かすれた涙声で語りかけてくるお母さん。
背中をさするその温もりが、真殊の意識をなんとか繋ぎとめる。
「朽咲さん! こちらへいらしてください!」
「真殊……っ、落ち着いて……。こっちへ行こう……」
そのまま真殊の小さく震える身体は、両親の手で店の方へと運ばれる。
過呼吸が落ち着いて悲鳴のような泣き声に変わったのは、それからしばらく経ってからのことだった。




