幕間:真殊のココロ(一)
初めてこのカフェを訪れた時の気持ちを、今でもたまに思い出す。
不安で、心臓の音がうるさいくらいに胸を打った。
まるでどこか遠くの世界に迷い込んだみたいに。
この場所だけ、外の世界よりも時間の流れが緩やかであるかのように。
そんな初めて感じる空気が新鮮で。
怖くもあったけれど、すごくドキドキもした。
お店の人は優しいし、お菓子やコーヒーも美味しい。
それに何より、メイリが夢中になってオモチャで遊んでいる姿が嬉しかった。
でも……。
でも、まさか。
……二度目がこんな形になるなんて、真殊は考えもしなかった。
「あ…………あぁ……」
声にならない声が、しらず口から漏れる。
大通りのカフェの裏口から入った狭い部屋。
床に置かれた赤黒い染みのついた段ボール箱を前に、真殊は弱々しく立ち尽くしていた――
――最初に感じた異変は、学校から帰宅した時だった。
「ただいま~……」
くたびれた声が家の玄関すぐの廊下……その奥へと消えていく。
そしてため息をひとつ。
今日も会話に入っていけなかった……。
年頃の流行には人並みに興味はあるから話題にはついていける。でも、どうしても自分からクラスの輪に入っていけない。
あと一歩、勇気が出せないのだ。
そんな日々が、入学式以来ずっと続いていた。
……それに、あの先輩とも結局なんの進展もないままだ。
「メイリちゃ~ん……ただいまぁ~」
いつものように肩を落としながら、とぼとぼと玄関を通ってリビングに入る。
真殊が向かう先は、三人掛けの白いソファ。いつもその上にいる妹の隣。
「メイリちゃ~…………あれ?」
毎度きまって、ソファに寝そべりながら「にゃあ」と応えてくれるメイリ。その姿が、今日はそこにはなかった。
「あれ、いない……? お母さぁん? ただいまぁ~」
学生鞄を肩にぶら下げたまま、キッチン、お風呂場、トイレなどを見て回る。が、誰の気配も感じられない。
「おかしいなぁ……たしか玄関は開いてたはずなんだけど……」
今日はポケットからカギを出してないし、それはきっと間違いない。
お母さんが早く帰ってきたものと思っていたのだが、そういえば今朝、今日は残業がどうとか言っていたような……。
些細な違和感が真殊の胸に渦巻きはじめる。
ついさっき。
帰ってきた時のことを記憶から探ってみる。
「そういえば私、ドアノブ捻ってないかも……」
違和感の正体が、ぼんやり浮かび上がってくる。
考え事をしていたせいで記憶が曖昧だった。けど、さっきはドアを押し開けただけで、ドアノブには触ってなかった気がする。
一瞬、泥棒や空き巣の存在を疑うも、確かめた限りでは家の中は何事もないみたいだ。
それどころか、お父さんもお母さんも。そしてメイリも……。今は家族すらこの家の中にはいない。
さっきまで抱いていた違和感が、言いしれぬ不安に変わる。
急ぎ足でリビングを出て玄関へ向かう。
半ば混乱した思考で玄関のドアを見ると、カギの“つまみ”の部分が変な形で止まっている。
やっとカギが開くくらいの中途半場なところ。縦でも横でもなく、ナナメを向いた状態だった。
そして、
「え、これって……」
シルバーの“つまみ”には微かな、爪痕のような傷が残っていた。
「まさか……メイリちゃん……?」
今の今まで、全然気にしていなかったけれど。
考えつくは、ひとつの可能性。
「……探しに、いかなきゃ」
真殊は帰ってきた時の格好そのままに、慌てて玄関を飛び出した。




