第二十五話:真殊の行方
「今日も、いないな……」
翌日。
学校に着いても感じない、いつもの視線。
どうやら今日も、彼女は後をつけてきてはいないようだった。
「いないね。お姉ちゃん、どうしたんだろ」
階段付近や教室の扉などを確認していためいりも、成果なしに戻ってくる。
「そうだな……。こんなこと、珍しいよ」
球技大会のあの日から、真殊の後つけ行為は夏休みと日曜を除いて毎日恒例であった。だが、ここ最近になって少し穴が出はじめている。
「しかも今回は二日連続だしなぁ……」
そもそも今までの状況が異常ではあるのだが、もはやそれが涼介の“日常”になってもいるのは悲しき事実。
その“日常”が歪んでいる現状に、どことなく不安感がつきまとっていた。
「まあ、ただこっちに来ないってだけなら問題ないんだけど……」
言いながらめいりの方を窺う。
涼介の思っていることはすぐに伝わったようで、めいりはこくりと頷いた。
「さすが、幽霊とその依り代だね」
「たしかに今のは以心伝心だったけど、あんまり嬉しくないな」
苦笑いでごまかすも、めいりとの息が合ってきているのはたしかに実感している。
それに最近では、そのことが心地よくもある涼介だった。
「よし、じゃあ昼にでも行くか」
「あい」
そして二人は、まるで合わせたかのようにぴったり同時に頷きあうのだった――
――そして放課後。
二人は、校舎の二階……一年生の教室が並ぶ廊下へ降り立った。
今日は土曜日で、授業も午前中の半日のみ。そのせいで、廊下はすでに帰宅する生徒、部活動に向かう生徒で賑わっていた。
「ここが……お姉ちゃんが毎日過ごしている場所なんだね」
「ああ……」
「じゃあさっそくお姉ちゃんを探しに……って、涼介?」
先に進もうとするめいり。
だが、それを気にも留めずといった様子で、涼介は呆然とつっ立っていた。
「涼介? 行かないの?」
「なあ、めいり……」
「ん、どしたの?」
そして、一年生たちの話し声にかき消されそうなほどひ弱な声でボソッと呟く。
「よその学年の階って、なんか緊張するよな……」
「……」
涼介は、ヘタレていた。
今まで違う学年どころか同じ学年の生徒ともロクにコミュニケーションを取ってこなかった涼介。そのツケが巡ってか、思わぬところで二の足を踏むハメになるのだった。
今の涼介の目には、一年生がワイワイ騒ぐ廊下全体が肉食動物の縄張りにさえ見えていた。
「ごめんね涼介。でも、今はビビってる場合じゃないよ?」
「あ、ああ……そうだな」
めいりの冷静な言葉を受け、涼介は一つ息を吐き出す。
「うん……よし、行こうっ」
「その意気。オケツに入らずんば……っていうもんね」
「それをいうなら“虎穴”な……」
一応ツッコみを入れられる程度には自我が保てていた。
「あ、でも……朽咲さんのクラス、知らないな」
「……今日の涼介はグダグダだね」
そして、二人は一年の教室を一つずつ見ていくことにした。
「あ、あの……ちょっといいかな?」
「え? は、はい。なんですか?」
「このクラスに朽咲って子、いるかな……?」
「あ~……いえ、知りませんね」
「そ、そうか。ありがとう……」
「すみません」
この日何度目かのやりとりを終え、ホッとため息。
なかなか真殊を見つけられない疲労と、コミュニケーションの壁を一つ乗り越えた安堵のそれだった。
「いないね」
「ああ。それどころか、朽咲さんを知ってる子すらいないとは……」
さすがに放課後の人探しは時間的に遅すぎたか、とも思った。ただ、AからHまでの全八クラス……そのうちの七クラスで聞いても、誰一人彼女のことを知る子はいなかった。
昨日一目見ただけだが、朽咲真殊という少女は明らかに大人しそうで、あまり人と話すのが得意ではなさそうだった。それこそ、よそのクラスの子と接することなんてほとんどないのだろう。
涼介はなんとなく、親近感を覚えていた。同種の匂いというやつである。
「まあ、最後の一クラス……行ってみよう」
「うん。きっとここにいる……たぶん」
不安と期待を胸に、廊下の一番端……Aクラスの教室その戸を開く。
「失礼しま~……って、わっ!」
「……」
すると、すぐ目の前。
戸のすれすれの場所に小さな女の子が立っていた。




