第二十四話:めいりと真殊
寝ぼけまなこのめいりと一緒に廊下に出るも、どれだけ経ってもいつもの気配は感じられない。
そのまま昇降口まで辿り着く。普段なら、しばらくしてビシバシと、それこそ痛いくらいの視線を浴びせられるのだが……。
「どうしたんだろ……。やっぱりあの時、問いつめるような格好になったからかなぁ」
まあ、実際そんなつもりは毛頭なかった。
ただ早朝の少女の狼狽えっぷりからして、こちらに顔を出しづらくなったのかも……。
その可能性はないとは言えなかった。
「ところでさ、もう誤解のないように確認しておきたいんだけど……」
気を取り直して、ゾンビのようにふらふら歩く白髪少女に問いかける。
「昨日の女の子って……本当にめいりのお姉ちゃんなのか?」
めいりはもぞもぞと目を擦る。
「うん、あの人がわたしのお姉ちゃん」
そして首についたチョーカーに手をやり、寝起き特有の鼻声のまま言葉を紡いでいった。
――朽咲真殊。
それがめいりのお姉ちゃんの名前。
めいりと彼女は隣街のペットショップで出会い、以降めいりは朽咲家の家族になった。
深い事情まではわからないが、当時の朽咲さんはずっと家にいて、一日のほとんどの時間をめいりともに過ごしてきた。
めいりの知識は主に、持ち前の好奇心……そして彼女とそのご両親からの伝達で培われたらしい。
その中には何やら突拍子もないものが含まれていた気もしたが、まあ趣味は人それぞれだろう。今のところはそう無理矢理納得しておく。
二人の仲が良好だったことはすぐにわかる。
その証拠に、一緒にペット同伴可のカフェに行ったり、おそろいのアクセサリーを身につけたり……。
少なくともめいりにとっては、世界の大半は朽咲さんで占められていたという。
「わたしが今この姿なのも、お姉ちゃんと同じ、人間になりたかったから」
「なるほどな……」
ただ、ある日を境にして朽咲さんが家をあけることが増え、一緒にいる時間が減っていった。
めいりはその寂しさも相まって、日に日に『人間になりたい』という欲求が大きくなっていったそうだ。
「そうすれば、一緒にいられる時間が増えるかなって」
透明な呟き声が、すっかり冷えてきた帰り道の空に溶けていく。
日が傾くのも心なしか早くなった気がする。
少しずつ、秋が深まってきているのだ。
チロチロと水の流れる川沿いを、涼介とめいりは自転車を挟んで歩く。
「でも、気づかれないんじゃ仕方ないけれど」
やや皮肉まじりに零すめいり。
「そこに関しては……なんとかできるかもしれないぞ」
「え?」
「絶対、とは言い切れないんだけどな。さっき然木に聞いてみたんだ」
そして涼介はさっきの話をめいりに伝えた。
「あの人、何者……?」
めいりの疑問にはすごく同意。思わず無言で何度も頷いてしまう涼介。
この世の中、幽霊を驚かせられる人間なんてどれだけいるのだろうか。少なくとも然木笑海はその一人であった。
「まあ、まだ可能性はある。ともかく今は、めいりのお姉ちゃん……朽咲さんに会わないとな」
「うん……」
「せっかくこうして人間になって、お姉ちゃんと話せるようになったんだ。ちゃんとお礼言わないとな」
「うん」
はにかんで頷くめいりを横目に仰ぐ。
そのまましばらく、無言の時間が訪れた。
「さて……」
朽咲さんに会ってからはめいりの出番。
そこは問題ないだろうけど、まずはどうやって彼女に会うかだ。
今までの状況からして、そう簡単にはいかないかもしれない。
そこで、ふと涼介は思った。
「……というかそもそも、なんでお姉さんは僕の後をつけてくるんだ?」
涼介の彼女に関する疑問のなかでも、最も根本的なものだった。
しかも五月から今までずっと、だ。何もなければ普通はこんなことはしないはず。
「それはわたしもよくわからない」
「今朝の様子もどこか刺々しかったし、もしかして恨みでも買ってるのかなぁ……」
全く身に覚えがないんだけども。
「それはないと思う」
「そ、そうか?」
「うん、大丈夫。涼介はきっと愛されてるのよ」
「それもよくわからんな。てか、それはそれで……」
……ストーカーっぽいな。
そう出かかった言葉を咄嗟に飲み込む。
さすがにめいりにもあの子にも悪い気がした。めいりの話を聞いた限りでは、そこまで危ない子でもないだろうし。
「まあ、前途多難なのは変わらないけどなぁ……」
いきなりこっちから近づいていっても、逃げられるのがオチだ。
でももちろん、このままにもできない。
なんとしてでも彼女とコンタクトをとらないと……。
「……ん?」
ふと手に違和感を覚えた。
見ると、めいりがハンドルを押す涼介の手に自らの手を重ねていた。
「え……っ?」
突然の出来事に、白髪をまとう少女の横顔を反射的に見やる。
めいりは穏やかなジト目で笑顔を返してきた。
これはめいりなりの、いわゆる悪戯っぽい笑みというやつらしい。
「こうして手を繋ぐと、あったかいのよ?」
「うん、まぁな……」
今まで、親や妹以外の誰かと手を繋いだことはないけれど。
その記憶に残るほどの温もりを、めいりの手からは感じなかった。
でも、手を置かれる感触はたしかに伝わってくる。
……どこか不思議な気持ちだった。
「お姉ちゃんに愛される涼介なら、きっと大丈夫」
「それ前提のお話になっておりますがっ!?」
それこそ全く身に覚えがない。
ただ、めいりの方は希望が見えたと言いたげな表情である。
「わたしもできる限り頑張るから、もうしばらくよろしくね」
「なんだよ、改まって……」
「それと、今までも付き合ってくれてありがとうね」
「おいおい、人の話を聞け?」
なんだいったい。
然木といいコイツといい、今日はやけにお礼を言われる日だな……。
表面ではツッコみながらも、心が温かくなるのを身をもって実感するのだった。




