第二十三話:然木の心遣い
さすがに午後の授業中は免れたものの、放課後はそうはいかなかった。
クラスメイトの雑談が聞こえる中の、憂鬱な然木談議が厳かに行われようとしていた。
ちなみにめいりは涼介の隣、いまだ安らかに寝息を立てている。
「さて……今日は『我が校の校庭にある石像の伝承』『休日の校舎を徘徊する謎のババアたち』……以上の二本立てだ」
「アニメかなんかの次回予告みたいなフレーズだな……」
しかも二つめなんか、ただの不法侵入者の話じゃないのか。
「我が星凪の校庭にある石像、皆はあのモデルを“二宮金次郎氏”だと思っているようだが、実はニセモノだという噂があってだな」
「聞いちゃいねぇし……」
こうなっては涼介の手には負えない。
涼介は呪文のような笑海の声を聞き流しながら、再びぼんやりと思いを馳せた。
とりあえず、めいりの姉の正体はわかった。
……でも、だ。
陽菜先生の時みたく誤解のないよう、今度こそ念には念をいれておかねば。
ちゃんとめいりに事の真相を確かめておかねば……。
「かつて起こった戦にて、二宮氏に敗れた“三宮”という男がいてだな、負けたのがよほど悔しかったのだろう、なんとその男、腹いせに二宮家の蔵から大量の薪を盗んで……」
で、その後どうするか……。
今の状況のまま、あの子とめいりが会ったとしても、結局はどうにもならない。
「まあ二宮家にはなんのダメージもなかったわけなんだがな、それは別として三日三晩その薪を抱えて山々を越えてきたからだろう、なんと三宮は目覚めてしまったらしいのだ、いわゆる……その……なんだったかな……アレだ、アレ……えっと……」
なんせ、向こうにはめいりが視えない。それに、めいり自身の気持ちもちゃんと聞かないと。こればかりは本人たちの気持ちが不可欠で……
「……そうそう、フェチだ。三宮はなんと薪フェチに目覚め……っておい柳瀬っ。お前、ボクの話全然聞いてないだろうっ?」
「……おおっ?」
突然の怒りの声で我に返る。
正面に立つクラスメイトは唇と尖らせながら涼介を睨んでいた。
「ああ、すまん。てかお前もツッコむ時、あるんだな」
「さりげなく話題を変えるな。むむぅ~っ」
そして「まあいい、それなら……」と、ため息まじりに続ける。
「……誰だかは知らないが、その人物と関係を持て。まずはそれからだ」
「は?」
涼介は一瞬フリーズする。
何を言い出すんだこいつは。
関係を持つ?
誰と?
それ以前に、関係を持つっていったい……?
「まさかとは思うが、変な意味で捉えたんじゃないだろうな? ボクが言いたいのは『知り合いとして互いの存在の意識を深めろ』という意味だぞこのスケベ大根め!」
「わ、わかってるよ! ど根性大根みたいなあだ名つけてんじゃねぇよ!」
白眼視の笑海とほんの少し桃色の解釈をしかけた自分をごまかすようにツッコんだ。
「でも、然木の言ってることはよくわからん……。なんの話だ?」
「昨日の昼に言っていただろう? 『自分(依り代)以外の人間にも幽霊が視えるようになるのか……』とかなんとか。その人間というのは、どうせお前に憑く幽霊の未練……その対象のことなのだろう?」
「あ、ああ~……」
そういえば。
昨日は笑海の調子が悪かったこともあって聞きそびれていた。
たしかに相談していた。
さらには、今まさにそのことについて考えていた。
「まずはどんな形でもいい、その人間とコンタクトをとって仲良しになることだ。……まあ、因縁でもいいんだが、とにかく互いの意識を強めること。そうすれば“依り代”であるお前を通じて、その人間にも幽霊が視えるようになる」
「え、そうなのか?」
「ああ。あくまで視える“かもしれない”……だがな。あとは時とタイミング次第だ」
「な、なるほど……」
いきなりで一瞬追いつけなかったが、なんとか話を飲み込む涼介。
それにしてもこいつ……この件、覚えていたんだな。あの時は支離滅裂だったのに。
しかも絶妙のタイミングで、ドンピシャなアドバイスを。
人体模型の件といい、然木笑海……あなどれん。
目の前の少年のような少女が、不思議と大きな存在に見えた。
――ガタッ。
そんな風に感心していると、笑海が机を鳴らして立ち上がった。
ムスッとした表情である。
「あれ? 帰るのか? 然木から話を切り上げるなんて珍しいな……」
「今日は聞き役がしまらないからな。お開きにする……フンだ!」
どうやら、ちゃんと話を聞いてくれないことが気にくわなかったらしい。ぷいっと顔を逸らす笑海。
アドバイスまでくれたのに、ちょっと申し訳ないことをしたか……。
そうは思えど、ふてくされる彼女の様子がほんの少し微笑ましくもあった。
「そ、そうか……。悪いな、話ちゃんと聞いてやれなくて」
「まあ、いいさ。今度三十一倍にして聞いてもらうから!」
「なんでそんな半端な倍率っ!?」
それにいつも丸一日話すのだから、それだと丸々一月分……。涼介は戦慄した。
そんな涼介を気にもかけず、笑海はずんずんと歩いていく。
「あ、それと一つ言い忘れていたが……」
「ん?」
そして、教室の入口に差し掛かったところで立ち止まった。
涼介に背を向けたまま。
「その……昨日は、ありがとう」
「……え?」
「保健室まで、その……つ、連れていってくれて。助かった。……そ、それだけだ! じゃあな!」
そしてそのまま、勢いよく廊下の向こうへ去っていってしまった。
「……」
一瞬呆気にとられた涼介だったが、その表情はすぐに綻ぶ。
「……あいつ、案外素直じゃねぇな」
いつもは空気も読まずにマシンガントーク連発してくるくせに。
心のどこかで毒づきながら、涼介は「お互いさまだ」と小さく呟いた。




