第二十二話:然木の心配事
ゆさゆさと肩を揺すられ、涼介はハッと顔を上げた。
かすんだ視界で一番最初に捉えたのは、切れ目な瞳に短く切り揃えられた黒髪……。
すぐ前の席の住人だった。
「おぉ柳瀬、やっと起きたな。もうお昼だぞぅ?」
「あぁ、然木か……」
のっそりと顔を上げて口元を袖で拭う。
少しずつクラスメイトたちの談笑の声が耳に入ってきた。
宿直明けの今日、涼介は午前の授業時間を全て睡眠時間に充てていたのだった。
「どうしたんだ? 普段真面目を装っているお前が珍しいな?」
「うん、ちょっと今日の明け方までバタバタしててな……。て、“裏では実は……”みたいなその言い方やめい!」
「ふむ、ちゃんと言葉は認識できているようだな」と一人納得する笑海を尻目に、今朝までの怒濤の時間を思い返す。
昨日はたしか、陽菜先生の宿直に付き合わされることになって。
どういうわけか、人体模型の知り合いが増えて。
いつのまにやら、いつもストーキングしてくる後輩女子が現れて。
めいりが、その子を“お姉ちゃん”と呼んだりして……。
あの直後、朝一で出勤してきた教頭が現れ、おかげでその場は慌ただしくお開きになった。
教頭は涼介たち生徒がいたことに突っかかってきそうだったが、そこは陽菜先生がなんとか罪を背負ってくれて助かったのだ。
その後、職員室に引きずられていった陽菜先生がどうなったのか涼介にはわからないが……。まあなんとかなるだろうと、そこはわりと楽観的に思った。
けれど……。
あのまま何事もなければ、どうなっていたんだろうか。
以前、めいりは言った。
お姉ちゃんには会いたい。
けれど、自分のことを気づいてもらえないのは嫌だと。
だがそのお姉ちゃんは突然現れて、やっぱりめいりの存在には気づかなかった。
そばにいた陽菜先生がそうだったように。
あの後のドタバタで、その時のめいりの表情があまり思い出せない。無理に思い出そうとすると、涼介の心はなぜか無性に重くなった。
「あれ、ところでめいりは……」
そういえば、めいりの声が聞こえない。そう遠くまでいけないはずだけど……。
辺りを探す。
「あ……」
……までもなく、めいりはすぐ近くにいた。
涼介の左隣、数人の女子グループの中に紛れ込んでいる。恒例のお弁当摘まみをするらしい。
だが、その白い手はいつまで経っても動かず。
よく見れば、めいりは頭をカクンカクンと落としながら寝息を立てていた。
「ずぴー、ずぴー……」
めいりも相当お疲れな様子……というか幽霊でも疲れってたまるのか?
と些細な疑問を感じていると、何やらその付近の女子たちがざわめきはじめた。
「ねぇ、ひな……。あんた、さっきから“ずぴずぴ”鳴ってない?」
「あ……あたしも聞こえてるけど、あたしの音じゃないよぅ……?」
「ほんとにぃ~? もしかして、お腹痛いの? 保健室ついてってあげようか?」
「ちょ、それなんの音と誤解してるのぉ!? あ、あたしじゃないってばぁ~!」
女子グループに大変ご迷惑がかかっているようだ。
もちろん涼介は見て見ぬふりを決め込む。
「でもまあ、寝てたおかげでちょっとは楽になったよ」
「そうか。今までまるっきり反応がなかったから、その……すごく心配だったんだぞぅ?」
「え……」
徐々に俯き加減になりながら、しおらしげに話す笑海。
どうやら、本気で心配をかけてしまったようだ。
ちょっと罪悪感に苛まれる。でも、こうして親身に思ってくれる人間が側にいて、嬉しくもある涼介だった。
「せっかく二つも噂話を仕入れてきたのに、今日は話せないかと思うと心配で心配で……」
「わーい! 安心の然木ちゃんらしさが健在で泣ける!」
一気に何もかも嫌になりそうだった。




