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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第四章:ツなぐ。
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幕間:猫心と空



 大通りのカフェに行った日から、しばらく経った。

 メイリはここのところ、リビングのソファでゴロゴロと時間を潰す毎日を過ごしていた。


 近頃はお姉ちゃんが家を空ける時間が多くなった。

 朝と夜こそいつものようにお話をしてくれるけれど、お昼の間はほとんどいない。

 どうやら“学校”という場所に行ってるみたいだ。


 その日も夕方には「ただいまぁ……」と、お姉ちゃんの疲れ切った声。

 明らかにヘコたれている様子。

 学校、あんまり楽しくないのかな?


 玄関に上がるなり、「べ……くちゅん! くちゅん!」と、全身を駆使しながらのくしゃみを連発するお姉ちゃん。

 曰く“かふんしょう”という病気らしい。大きなマスク(実際はお姉ちゃん顔が小さいから大きく見えるだけだが)も相まって、見るからに重症らしかった。


 ……メイリは、嬉しかった。


 お姉ちゃんは毎日のように落ち込んだ様子で、


「今日もクラスの子と上手く話せなかったんだよね……」


 と、愚痴を零すこともしょっちゅうだったけど……。


 でも、メイリは気づいていた。

 そんなお姉ちゃんの大きな瞳は、ちゃんと目の前の自分を映しだしていること。


 もう、初めて会った時のように、“どこも見ていない”なんてことはない。

 虚ろじゃない。

 お姉ちゃんは前を向いている。明日も頑張って生きようとしている。


「メイリちゃんだけが私の味方なんだよ~」


 と、いきなり抱きつかれる時はたまに苦しかったりするけれど。

 その優しい温もりを感じる瞬間こそ、メイリにとって、リビングのソファに勝る至福のひとときだった。






 それでも、平日のお昼はどうしても寂しかったりするわけで……。

 リビングのソファに飛び込んではゴロゴロ、ゴロゴロを繰り返す。


 暇だな。

 ゴロゴロ……。

 寂しいな。

 ゴロゴロ……。

 お姉ちゃん、まだ帰ってこないのかな。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ……。


 自分の中の孤独を持て余していた。


 ――ちょっと、家の外に出てみようかな。


 そして、メイリの日常に“散歩の時間”が組み込まれるようになった。



 いつしか、自分で玄関扉を開けるスキルを身につけていたメイリ。彼女の学習能力は一般の猫のそれを大きく上回っているのだ。


 コースは、家と大通りのカフェの間の往復。

 アスファルトの上をトコトコと、足音を鳴らして歩いた。


 春にしては少し冷たい渇いた風が、雲ひとつない空を駆けぬけていく。


「あ! ちょっと、ドラ! 待て!」

「フガガァ~!」


 道中、色んな小さなお店が並ぶ通りで、いきなり男の人の叫び声が聞こえた。

 同時に、その方向から一匹の猫が飛び出してくる。


 横切っていくその猫は、いかにも気性の荒そうな柄の大きなオス。その口には小太りなカツオが咥えられていた。

 ドラと呼ばれるその猫は、すぐ側の狭い路地裏に潜っていった。


 ――なんだろ?


 首を傾げながらドラが現れた方を見ると、男の人が呆れた様子で立っていた。

 腰にゴツめなエプロンを掛けていて、その手には数匹の小魚がぶら下がっていた。


「ったく、アイツは。なんでいつも良い品ばっかり盗ってくんだよ……」


 ブツブツと文句を垂れる男の人。そのすぐ足元には、若いオス猫が佇んでいた。

 さっきのドラよりも細身な、ブチ模様の猫だ。


「さっきの猫、どこ行ったか見てたかい?」


 そのブチ猫はメイリの方へ歩み寄ってきて、立ち止まる前にはもう話しかけてきた。


「あの路地裏に入ってった。……あの猫と知り合いなの?」

「まあ、そんなとこだね。ウチの魚屋の“お得意様”なんだよ」


 ハハ、と渇いた声で笑うブチ。

 その皮肉は通じず、「どうやら仲良しらしい」とメイリは思った。


「店主さまがいつもエサ用の小魚用意してくれてるのにさ。アイツったら、商品ばっかり盗ってくんだよね。ほんと困ったもんだよ……ってゴメンね、初対面で変な話しちゃって」

「ううん、いいの。楽しそうね」

「え? 楽し……?」


 メイリの返答が予想外だったのか、ブチはやや固まる。

 だがやがて「はにゃにゃっ」と愉快に笑い出した。


「まあたしかに、アイツと店主さまの毎日のやりとり……見てて退屈しないね。ところで、君は? 退屈してるのかい?」

「えっ?」


 ……何も言ってないのに、どうしてわかるんだろう。

 それに、退屈というよりは……。


 メイリはどう答えようか少し悩む。

 でも気さくなこの雄猫になら話してもいいような気がした――




「――なるほど。お姉さん、自分の道を進みはじめたんだね」


 メイリの話を聞いて、ブチは頷く。


「それで、君はお姉さんのこと、好きじゃなくなったのかい? あまり構ってくれなくて」

「そ、そんなことない……!」


 ブチの質問に思わずムキになってしまう。でも彼の笑顔を見てハッとなる。

 彼はどうやら、この答えを最初から知ってて質問したようだ。

 猫のクセに生意気な……。

 メイリは密かに毒づいた。


「僕たちは猫、店主さまやお姉さんは人間。そもそも見える世界が違うから、どうしても“ずっと一緒”ってわけにはいかないね……」


 ブチは空に向かって、ゆっくり語り続ける。


「でも、こう思うんだ。大事なのは、互いがちゃんと想い合ってるかってこと」

「想い合ってるか……?」

「そうだよ。僕らは種族も違えば、もちろん言葉だって通じない。でも、たとえ両方の間にそんな“見えない壁”があっても、相手を大切に想いさえすればそんなのは関係ない。いつでも、僕らはその人たちと繋がっていられるんだ」


 ブチはとても頭が良い猫のようで、メイリですら彼の話す内容は難しかった。


 メイリは混乱した。


 遠くにいても。

 一緒にいる時間がなくなっても。

 大事な人とは繋がっている……。


 ……?


 何度かブチの言葉を反芻してみるが、やっぱりよくわからない。


「むずかしい……」

「あまり深く考えなくてもいいよ。ただ“いつもそばにいる”って思えば、少しは寂しくなくなるよって話さ」

「ししゃもー。そろそろ家に入っとけよー」


 しばらく近くを歩いていた魚屋さんが、ブチの頭を撫でながらお店の方へ帰っていく。ブチも「あにゃぁ」と一言鳴いて応える。


「ししゃも……」

「店主さまからもらった僕の名前さ。この脱力しそうな語感が気に入ってるんだ」


「じゃあまた遊びに来てね」と帰っていくブチ改めししゃも。

 さっきの話をノドに引っかけたまま、メイリも今日は家に帰ることにした。



 ……結局、彼の言ってたことはあまり理解できなかったけれど。


 ――空って、広いんだなぁ。


 なんとなく上に広がる水色を見上げて、なんとなくそんな風に思った。






 ――その日の夜。


 マスクを取ったお姉ちゃんの顔はどこか赤く、少し頬が緩んでいた。


「今日ね、ある人に出会ったんだ……。学校の先輩なんだけどね」


 てれっとした表情で、優しく頭を撫でてくれる。たまらなく嬉しくなる。

 だけど、最近はそれと同じくらい、胸の奥がチクチクする。


「他の人たちがワイワイしてる時にね、その人、一人で静かに校舎に入ってっちゃうの。それがすごく自然で、なんていうか……そう、クール。一匹狼っていうのかな。とにかく『ああ、この人、一人でも気にしないんだなぁ、強いんだなぁ』って……」


 どこか惚けたように、でも生き生きとした声で話すお姉ちゃん。

 このままお姉ちゃんがもっと遠くに行ってしまうような気がして、チクチクが少し深くなった。


「私もあの先輩みたいに強くなりたいなぁ……でも今日は話しかけられて、逃げちゃった……。明日からどうしよ……」


 さっきから赤くなったり青くなったり忙しいお姉ちゃん。


 ちょっとしたことで嬉しくなったり。

 かと思えば寂しくなったり。

 ……まるで自分みたいだ。


 もし、わたしもお姉ちゃんと同じ……人間だったら。

 もっと長い時間こんな表情を見てられるのにな。



 そう思うと、なぜか昼間のししゃもの話が一瞬脳裏によぎった。



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