第二十一話:再会、ふたつ
結局、涼介たちが解放されたのは午前四時前……そろそろ早朝と呼べる時間帯だった。
トシさんは晴れ晴れとした様子で生物準備室へ帰っていった。「また夜中か夕方頃にでも遊びに来てくれや」と再会の約束まで取りつけられ、人生で最大の“変わった友達”ができたと実感する涼介だった。
「それにしても、陽菜先生置いてきたことすっかり忘れてた……。大丈夫かなぁ」
そのまま小走り。校舎で唯一電気の点いた部屋――宿直室へと向かう。
「先生、すみません。遅くなりました!」
「あら、柳瀬くん。おかえりなさい。遅かったけど、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
扉を開けた途端、香ばしいコーヒーの匂いが鼻腔を撫でる。
そして、予想外に穏やかな笑顔の陽菜先生が猫なで声で語りかけてくる。
柔らかくのほほんとした雰囲気の先生……。
昼間の初対面時はトキめいたりもしたが、今となっては吐き気がするほどの違和感がある。
間違いない……今の陽菜先生は、『保健室の天使バージョン』だった。
「先生……今更どういう風の吹き回しで?」
尋ねた途端、先生の眼光がギラリ。それ以上言うなということらしい。
すると、先生はいかにも可愛げのある小走りで近づいてきて、涼介の耳元で告げた。
(今ちょっとさ、緊急事態が発生してて……)
(はぁ、緊急事態ですか)
(そうなの。ところでさ、さっきの白い女の子……そう、式神だっけ? あの子は?)
(え? いや、すぐ隣にいますけど……見えないですか?)
首を左右に振る陽菜先生。どうやら今、彼女にはめいりが見えないらしい。
(もう“朝”だしね。力が弱くなってるのよ)
(そうなのか?)
(うん、普通の人が“視えやすい”時間帯は限られてるの。真夜中と、あとは……)
めいりの話を聞きつつ、まだ紺色一色であろう空を見ようと、窓に目を向ける。
「ん?」
「ひっ……!」
その途中、一人の少女と目が合う。
湯気立つコーヒーの置かれたテーブル。そのすぐ前に座る小柄な女子生徒。
どことなく陽菜先生(ぶりっ子ver)に似た雰囲気で、止まっていると人形にも間違えそうなほど可愛らしい子だった。
「ああ……なるほど」
陽菜が化けの皮を着なおした理由がわかった。
「先生、この子は?」
「あ、あわわわ……」
少女はどういうわけか、涼介が視線を送るたびいちいち過敏に肩を跳ね上げる。制服のリボンの赤色からして、どうやら一年生らしい。
「はじめまして、僕は二年の柳瀬涼介。そんなに怖がらなくてもいいよ?」
あまり怖がらせないように、おずおずと少女に話しかける涼介。
そこでふと違和感を覚えた。
「あれ、君……どこかで」
会ったことあるような……。
でも、涼介に一年生の知り合いはいない。
どこかでよくすれ違ったりするのだろうか。
それとも……
「……あっ! もしかして、君!」
「ちちち違います! その予想は果てしなく間違いです~!」
明らかに動揺する少女。くりりとした瞳を大きく見開き、全身を駆使して慌てている。だが、陽菜と違って、その姿もどこか上品である。
「んん、なんかすごく失礼な空気を感じたんだけど……まあ、いいわ。柳瀬くん。この子ね、どうやら文化祭の準備で残ってて、そのまま教室で居眠りしていたらしいの。それでここで保護してるのよ」
陽菜先生がいきさつを説明してくれる。が、涼介の頭は驚きで支配されていた。
……そうだ、この子。
茶色の髪を頭の両サイドで結ってあり、時折呼吸に合わせてひょこりと動く。
以前、正面から向き合った時は大きなマスクをしていた。
それに、いつもはビシバシと擬音がつきそうな視線でこっちを見てきた。
だから、すぐに気づかなかったけれど……。
「いつも、僕の後をつけてくる……」
「し、知りません知りません! これっぽっちも知りません! せ、先輩の記憶障害のせいです~っ!」
「記憶障害て……」
なぜか酷い言われようだった。
「ううん、でもなぁ。人違いってわけでもないと思うんだけど……」
この慌てっぷりからして、きっと間違いない。でも断固否定する少女。
(あ、そうだ。めいりはどう思う?)
そういえば、もう一人事情を知っている者がいた。涼介はさっそく尋ねてみる。
だが、涼介の声が聞こえていないのか、めいりはじっとその少女を眺めていた。
珍しくジト目ではない。青藍の瞳が涼介からでもハッキリと見える。どうやら彼女なりに目を見開いているようだ。
(めいり……?)
その呼びかけに応えることはなく、一歩少女の元へ近づく。
そして、
「お姉、ちゃん……」
「――!」
その呟きに、涼介もすぐさま少女の方に視線を向けた。
膝元にちょこんと置かれた小さなにぎり拳……その片方の手首には、ペールブルーのブレスレットが優しい色を浮かべていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。今回で第三章終わりです。
次章からは起承転結でいうところの転~結に入っていきます。そしてその後に閑話も投稿する予定ですので、よろしければもう少々お付き合いくださいませ。




