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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第三章:ツきとめる。
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第二十話:トシの悩み



「んでよぉ。あのガキども、俺の身体のあちこちに落書きしやがるんだぜ?」

「はぁ」

「しかも油性マジックでだ。“ハツ”やら“砂肝”、かと思えば“肩ロース”やら……。焼き肉か焼き鳥か、そんな区別もつきやしねぇガキどもがよぉ……」

「……はぁ」

「その時はここのエタノールで消せたけどよぉ。この学校はどんな教育してやがるんだって話だぜ。坊主もそう思わねぇか? ええ?」

「はぁ。全く酷いですね……」

「だろぉ? 話がわかるヤツでよかったぜ。坊主も飲むか?」

「あ、いえ、僕まだ未成年なんで……」


 深夜の化学室。

 炎の灯ったアルコールランプが実験用の広いテーブル、その四隅に数個並べられている。


 涼介はそのテーブルに腰掛けながら、同じように隣で座る模型男の話を聞いていた。

 そして思っていた。


(なぜ、こんなことに……?)


 彼(?)と初めて対面したのはついさっき。

 何が起こっているのか、目の前の非現実に戸惑っているあいだに、


「ちょうどいいや、坊主、付き合え」


 と手招きされ、拒否できぬ雰囲気漂うなか現状に至った。

 今はただ、隣の酔いどれ人体模型さんの愚痴を一身に引き受けるのみだった。


 ちなみに彼、名前は“トシ”というらしい。

 頭部は、お坊ちゃまカットが多い人体模型にしては珍しい、坊主頭。

 空豆のような形の、中央が少し凹んだような顔。

 短気そうで、なまった口調。男性にしてはやや高めの声音。

 ……たしかにトシっぽかった。

 誰だ“タツさん”とか言ってたヤツ。どうぜ間違えるなら“タカさん”じゃねぇのか。


 そして、どこからこの晩酌セットを持ってきたのかは知らないが、話を聞いている限りではすごく人間味のある模型だった。


「だがよぉ、次のヤツらが厄介だったんだよ。俺のここ見てみ?」

「……あ」


 言われるがまま見ると、トシの心臓にはある文字が刻まれていた。


「えっと、『清き血の集いし部屋』……?」


 やたら細かい字――いや、これは彫刻刀のような何かで掘られている――で、そう記されていた。


「おかしな口調の小僧二人組でな……。『此奴こやつの怒りを鎮めるには、白衣の天使様の仰せの通り、清めの儀式を行うしかあるまい』……とかなんとかほざいてやがったんだ。んで身体のあちこちに変な模様刻んでいきやがった……。ち、身体傷だらけにされてこっちは怒り倍増だってんだよ畜生!」

「あ、あ~……」


 荒れるトシさん。よく見れば、彼の肩やひざ、ふくらはぎなどに魔法陣のような模様がある。


 そして、その変な二人組は涼介にも心当たりがあった。

 今日の昼、保健室前ですれ違った中二病生徒……おそらくだが、彼らのことかもしれない。

 そういえば彼らの会話、おぼろげだが今の状況と重なるところが多々ある。


「で……白衣の天使様か」

「涼介。あの子たちたしか、保健室から出てきたよね?」

「ああ」


 中二の彼らが実行犯だとすれば、指示犯はすぐそばにいるらしかった。

 面倒事を次々と運んでくる白衣の天使様……。涼介は盛大に嘆息した。


「あ、まさかとは思うが……お前もアイツらの一味じゃねえだろうなぁ……? もしそうなら、ここで人体模型がもう一つ生まれることになるが……」

「いっ、いえいえ僕は違いますよ! 今日は色々災難があって、たまたまここに来ただけで……!」


 ここで下手なことを言っては命に関わるようだ。というか、こっちの見方では“死ぬ”ということも、彼らの世界観では“生まれる”ということなのか……と意味不明な哲学を考えてしまうあたり、涼介もほどよく錯乱していた。


「くそう、ちょっと内臓丸出しなだけでこの弄られようだぜ……。このままあんまりボロボロにされっと、メーカーが新しいヤツよこしてくるかもしれねぇ。そしたら俺はスクラップ直行だ……。これが……これが飲まずにやってられっかよぉぉ~!」


 怒ったと思えばおいおいと泣き出すトシさん。酒癖はあまり良い方ではなさそうだ。いわゆる“ヤケ酒”というやつなのだろう。

 今日は陽菜先生といい、動く人体模型といい、似た感じの人(?)によく出会う日だと思った。


「トっつぁん、大丈夫よ」

「……んあ?」


 気づけば、めいりがトシさんの正面に立っていた。てかすごい砕けた呼び名だなオイ、と涼介は驚いた。

 トシさんはしばらく訝しげにめいりを眺めていたが、やがて身体をきしませながら口を開いた。


「……お嬢ちゃんも、“こっち側”の子かい」

「うん」

「そもそも……人じゃねぇな?」

「いかにもそうよ」


 そして、めいりは諭すように話し続ける。


「いいのよ、内臓が見えてたって。それがあなた。他の誰にも真似できない、あなただけの特性なのよ?」

「で、でもよぉ、そう言うけどよぉ……。これで悪戯の的になったんじゃタマったもんじゃねぇや……」

「大丈夫。それはわたしたちがなんとかする。それに、わたしとあなたは同志よ」

「ん? 人間じゃねぇってことか……?」

「ううん、違う。わたしも車にかれて内臓飛び出した。だからあなたの気持ちはよくわかるの」

「そ……そうなのかい、お嬢ちゃん?」


 あ、あれ? なんか話の辻褄つじつまが合ってない気がするぞ? めいりの事故とトシさんの日常なんて、まさに内臓が見えてるだけしか共通点がないじゃないか……!


 涼介はそう思うも、なぜかほだされそうなトシの様子を見て、ツッコまないことにした。

 それに余計なことを言って人体模型にされるのは嫌だった。


「ええ。お腹が開いてたっていいのよ。内臓の一つや二つ、こっちから見せつけてやればいいのよ」

「お、おお。そうだよな……。これが俺……いや、俺たちのスタイルだよなっ……!」

「ええ。今日からわたしたちは『はらわたシスターズ』よっ」

「おう……いや、俺は一応男だぜ?」

「ん……じゃあ、『はらわたコンビ』よっ」

「おうよ! 希望が見えてきたぜっ、ありがとな! 嬢ちゃん!」


 どんどんと意味不明な展開になりつつも、なぜかトシさんは復活した。


「え……え? 解決したの? なんで? いつのまに?」


 そして完全に置いてけぼりの涼介だった。


「坊主もありがとうな、こんな模型の愚痴を聞いてくれてよぅ!」

「ああ……いえ、僕は何もできませんで……」

「がはは! 何謙遜してやがる! さあ! 飲め飲めぇ!」

「いやだから、僕は飲めませんて……!」


 そうして愚痴は楽しげな笑い声に変わり、酒瓶はあれよあれよと空いていくのだった――




 ――その数日後、人体模型はメーカーの修理によって元の姿を取り戻す。そして、涼介氏から事情を聞いた陽菜先生、例の生徒たちは生物室に眠る人体模型に謝罪のお参りをしたのだった。


 この時、人体模型の男トシが、白衣の天使様に一目惚れしてしまったのは、また別のお話――



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