第十七話:見回りしようっ!(二)
「誰かって、誰……?」
目の前に広がる真っ暗闇、その方向をジッと見つめるめいりを交互に見ながら、涼介は聞いてみた。
「あ、違った……」
するとしばらくして、さっきよりも軽めのトーンでめいりは呟く。
その声に涼介も今日何度目かの冷や汗を拭った。
「き、気のせいだったのか……。おいおい、ただでさえ気味悪い場所なのに脅かさないでくれよ……」
「ごめんね。わたしとしたことが間違えちゃった」
てへりと、無論ジト目のままで小首を傾げるめいり。
「“誰か”じゃなくて、“何か”だった」
「そっちの間違いなのっ!? 下方修正かよ!」
“誰か”でないということは、“人ではない”ということ……。
じゃあ、なんだ?
このシチュエーションに最もありそうなのは、
「幽霊とか妖怪とか……? いやいや、そんなのいるわけ……」
「ないですよねー」
「……」
目の前にいた“そんなの”。
というより、もう半月ほど絶賛とり憑かれ中である。
「そういえば、そうだったな……」
あんまり馴染んでたから失念していた。
「じゃあ、あっちにいるのってやっぱり……」
「や、柳瀬っ……!? どうしたんだ急に大声出してっ!?」
昇降口の方からドタタ、と足音がしたと同時、陽菜が目にもとまらぬ早さで定位置に戻ってきていた。そのまま涼介の腕を両手でがっちりホールド。
しまった、つい声を出していた涼介。
どう説明したものか……。本当のことを言って、ただでさえ怯えている先生に追い打ちをかけるのも忍びない。
「す、すみません。ちょっと勘違いしてたみたいで……。何もないので安心してください」
なので濁すことにした。
「そ、そっか……。ほっ、よかったぁ~。なんか怖いもんでも出てきたかと思ったじゃない……。まあ、さっさと最後のハンコ押しにいこう?」
そうして、少し落ち着きを取り戻した陽菜を横に添え、心中ビクビクしながら廊下の奥に進んでいく。
廊下から入り込む月光の影響か、すぐ前を歩くめいりの背中がいつもよりぼやけて見える。
「な……なぁ、柳瀬……」
すると、裾を掴む陽菜の手……その力がグッと強くなる感覚。
「は、はい、なんですか先生?」
「あの白いの……何?」
前方を指さす陽菜の顔は、薄暗い中でも引きつっているのがわかった。
そして、その指の先には白い影……。
幽霊猫少女めいりが振り返ったところだった。
「あの、人のような……女の子のような……」
「え……っ? 先生にも、めいりが見えてる……?」
「め、めいりっ!? 見えるっ!? ななな何っ!? てかめいりって誰っ!?」
「あ、しまった……」
完全に失言。そして完璧に混乱している陽菜先生。
今度こそやってしまった……。
というより、なんで陽菜先生にめいりが見えてるんだ……?
(たぶん、今の時間は幽霊が姿を出しやすい頃なのよ。それに、今“依り代”である涼介がすぐ側にいる。だからこの人にも見えるようになったのかも)
めいりは涼介にだけ聞こえるくらいの声量で告げた。
腕時計を見ると、ちょうど午前二時半。たしかに幽霊と関連性の強そうな時間だ。
(そうなのか……。それにしてもタイミングが悪いな)
「ど、どういうこっちゃ……どういうこっちゃ……えらいこっちゃ……」
目の前で今にも卒倒しそうな陽菜。何か呪文めいた呟きが零れているがよくわからない。
涼介は何かいい言い訳を探してみるが、咄嗟には思い浮かびそうになかった。
「涼介、こんなのはどう?」
すぐさま前から助け船が出た。
今回の件……そして陽菜の恐怖の対象であるところからの助け船とは、なかなか皮肉なものである。
「こう言えばいいと思う。……ごにょごにょ」
「ふんふん……え、そんなんで納得するのかなぁ……」
「ひぃぃっ!? だだだ誰と話してるのぉぉ……っ!?」
「ああ、すみません先生。怖がらせてしまって」
少し不安だが、他にいい案が思いつかない。
それに今の先生はちょっと動転している。それらしく言えばなんとかなるかも……。
必死な形相で正面からしがみついてくる陽菜。
その両肩に手を置き、落ち着かせながら、涼介はめいりの言うとおりの説明をすることにした。




