第十六話:見回りしようっ!(一)
涼介と陽菜、そしてめいりの三人は真夜中の校舎内、長い廊下を懐中電灯片手に練り歩いている。
窓の外には月。そして近くの建物のかすかな灯りが見える。
所々に生える木々はすっかり闇に染まり、まるで巨人の集団のように怪しくその場で群れを成している。
さきほど宿直室の窓を揺らしていた風はもう止んでいるようで、それらの影は微動だにしない。
「うぅ~、やっぱり夜の学校は怖いなぁ~……」
「そ、そうですね……。よくホラー映画とかの舞台にされるだけあります」
コツン、コツンと足音が二人分。不気味なほど響くその音がいやに恐怖心をあおってくる。
「や、柳瀬っ、あんまり早く歩かないでよっ……?」
「わ、わかってますよ。でも、できるだけ早く終えたいでしょう?」
長袖の裾を陽菜に掴まれたまま歩幅を合わせて、でもなるべく早歩きで廊下を進む。
……今回の見回りルートは、三年の教室が並ぶ四階を端から端まで。
それから順に下階に降りていくという、シンプルなものだ。
廊下の中央から左右を見渡して、異常がなければ一応役目は果たせるという裏技も可能である。
だが、今回はその方法は通用しないようだ。
「これって確実に嫌がらせだよな、あのザマス女の」
「たしかに、ちょっと厳しすぎるというか……」
廊下の端の壁に貼られた一枚の用紙。不満をたらしながら、先生はA4サイズのそれの所定欄にハンコを押した。
その用紙とは、宿直当番をサボらないようにと教頭が作成した“見回りチェックシート”だった。
これと同じ用紙が全ての四階から一階まで、そして渡り廊下も含めた全て廊下の端に貼られているという。
「てかなんで、私の印しかないんだ……?」
よく見ると、その用紙に他の職員の印はなかった。
これまで何度も宿直はあったはず。なのに不思議なことに捺印欄は、陽菜先生の印が押されたばかりの一ヶ所以外に見当たらない。
それは、つまり……
「これ、私専用かよっ!」
その理由が可能性として一番高かった。
「教頭ぉぉ……、今度職員室であいつの顔面にお茶零してやるぅ……。厚化粧ドロドロに落ちた顔を周囲に晒させて恥かかせて、学校にしばらく来れないようにしてやるぅぅ~……」
「そ、その報復方法もどうかと……」
でもちょっと陽菜に同情。
彼女はよっぽど教頭に気にかけてもらっているようだ。……もちろん悪い意味で。
「こんなことなら、前の日に大人しく宿直しとくんだったぁぁ……。それなら御子神先生も一緒だったのにぃぃ……」
めそめそと嘆く先生。ちなみに御子神先生とは、涼介のクラスの担任である。
たしかに彼とペアでの宿直なら心強かっただろうが、今となっては後の祭りだ。
「まぁ、僕も一緒に行きますから。一つずつ押していきましょう」
「うぅ……うん……」
なんとかモチベを保った先生は、再び涼介の袖の裾をぎゅっと掴む。
大人なのか子供なのかよくわからない人だなと、半ば呆れる涼介だった。
それでも本来通りの宿直業務、それ以上の仕事が増えたわけではない。
だんだん目も暗闇に慣れてきたせいか、四階、三階、二階と、何事もなく印鑑を押していく。
そして、あっというまに一階に戻ってきた。
「ほ……。なんとか無事に戻ってこれたぁ~」
「そうですね。あとはこの階だけですね」
残すは、一階の二ヶ所。昇降口と、宿直室の更に奥……特別教室のある通りだけである。
「じゃ、ささっと済ませるか」
終わりを意識したので、少しテンションを上げながら、一人で昇降口に向かう先生。
昇降口はすぐそこだし、涼介はここで待つことにした。
コツ、コツ、コツ……。
陽菜先生が履いているかかと低めのパンプスが、小気味よいリズムを奏でる。
薄暗い校舎で鳴る足音が……
コツ、トトト、コツ、コツ……トトト。
……二人分。
(……え? 二人分?)
ドキッとしつつ、耳をすます。
用紙の所まで辿り着いたのか、もう足音は一つも聞こえてこなかった。
「空耳か……」
一つ息を吐く。
(涼介)
「おわっ!?」
突然、背後から声をかけられた。
一瞬寒気がしたが、すぐに聞き慣れた声だと気づき、振り返る。
「ビックリしたぁ……め、めいり、どうしたんだ急に?」
「あっち」
涼介のすぐうしろに立っていためいりが指さす方向は、特別教室の並ぶ場所。
そこは一階の中でもとくに薄気味悪い雰囲気を漂わせていた。
「えっと……あっちが、どうかしたのか?」
恐る恐る尋ねる。
めいりは表情を変えず、一つの部屋を指したまま、
「あっちに、誰かいる」
「え……」
そして今度こそ、涼介は全身で寒気を感じるのだった。




