第十五話:宿直しようっ!
「ほんとありがとな~柳瀬~。今度どこか痛めて保健室来たら通常の三倍湿布貼ってやんよ~」
「それむしろ嫌がらせではっ!?」
顔などに貼られた日にはもはや拷問である。
そんな風にして、コーヒーを飲みながら軽く雑談したり陽菜は簡易ベッドで仮眠をとったり、涼介はパイプ椅子で仮眠をとったりして、特に何事もなく時間は過ぎていく。おかげで涼介と陽菜は互いに友達のような距離感で接するようになっていた。
「まさか、後回しにされるとは思ってなかったんだよねぇ。せっかく切り札使ってまで回避したのにさ~」
「なんの話ですか?」
「ほんとはね、私の宿直当番はもっと前の日だったのよ。でも、嫌で嫌でたまらなくてね。『遠縁の祖父に不幸がありましてぇ~』ってズル休みしちゃったんだ、てへっ」
「正体知ったあとじゃ『てへっ』ほどあざとい言葉はないですねぇ……。それに、その理由は最悪ですよ……色々と」
よくそれで通ったもんだ。ただ、どれだけ宿直が嫌なのかもよくわかった。
はじめの頃は、彼女がもしやめいりの姉では? ……なんて思ったけど、今となってはとことん的外れだったんだなぁ。涼介は渇いた笑いを零す。
「まあ、うちの田舎のじいちゃんは何回殺しても死なないくらい元気だからさ、いいんだよ。またいずれ使わせてもらうね、おじいちゃんっ!」
「あんたのおじいちゃん不死身なのっ!? てか何度も殺してあげないで下さいっ!」
さすがに無理があるだろう……。
もう陽菜を先生として見れる自信がない涼介だった。
溜め息とともに部屋を見渡すと、室内に一つだけある大きめな窓が、カタカタと音を立てて震えていた。
ここに来るまでは穏やかな天気だったけれど、今は少々風が出てきているらしい。
木枯らしとはいかないまでも、その音を聞くだけで肌寒く感じる。
「あれ、めいり?」
その窓の近くで、めいりがぼんやりと立っていた。ちょうど外を眺めるような形で。
「涼介」
振り返ったそのマリンブルーの瞳は揺るぎなく透明で、少し寒々しい。涼介を見ているはずが、何か別のものを見ているような……そんな視線だった。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「ううん」
ふるふると首を右左に揺らす。
「何かあるかもしれないのは……これから」
そして、いつもの抑揚のない声でとんでもないことを言った。
「何か……?」
どこか意味深なめいりの言葉に、ほんの少し怖くなる。
が、それはすぐに新たな恐怖に塗り替えられることとなった。
「柳瀬~、そろそろ見回りに行きましょうか」
「えっ、もうそんな時間ですか……?」
事前に教頭先生(“アラフォー”という言葉もそろそろ懐かしく感じられる年齢不詳、♀)から渡されたという、宿直スケジュールの時間になっていた。
午前二時から約一時間。
この時間帯だけ見てもどこか狙ったような、ほのかな悪意を感じる。
「あのオバサン、若い私のことを目の敵にしてるのよねぇ……。今度さりげなくお肌のツヤをアピールして越えられない壁ってやつ見せてやろぉ~っと。そんで全職員の前で悔しい思いさせてやろぉ~っと」
「お、大人の女性ってコワイ……!」
主に目の前の養護教諭のおかげもあって、涼介の中ではオカルトの類よりも現実社会の方が恐怖レベルが上となっていた。