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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第三章:ツきとめる。
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第十四話:一夜限りのお願い



 そこからは早かった。


 中華店からズンズズンズと引っぱられて数分……。

 やって来たのは、現我が家であり陽菜の住まいでもある“出笛荘”。「歯磨きセット。明日の授業の準備。下着の替え。タオルケットっぽいもの。以上! 四十秒で支度しな!」……と無理矢理背中を押され、気迫に圧され、わけもわからぬまま準備を済ませ、アパート備え付けの駐車場に向かう。

 すると、そこに置かれるは一台の可愛らしいデザインの軽自動車。その後部座席に押し込まれる。


 拉致られる時ってこんな心境なのか、などと思っているうちに辿り着いたのは、見慣れた建物――というより、ついさっきまで勉学に励んでいた学舎――その校門前だった。


 時刻は午後七時前。

 辺りにはもう夜闇が広がりきっていた。

 文化祭が半月後に迫っているせいか、こんな時間でも数人の生徒の姿が見受けられる。


「あ、陽菜先生。さようなら~」

「さよならー」

「ええ、みんな、気をつけて帰ってね」


 その中の生徒数人が頭を下げながらすれ違っていく。

 昼間に感じたような柔らかい雰囲気で手を振る先生に、涼介は思わずドキッとしてしまう。


「でも、柳瀬くんは帰っちゃだめだからな」


 ……が、こっちに向き直った途端、非常に棘のある口調に戻る。やはり、夢でも幻でもなくこっちが素なのだ。ばしばしと肩を叩かれ、色々と崩れそうな心境だった。




「ほい、どうぞ。ミルク入れちゃったけどよかった?」

「は、はぁ……どうも」


 星凪高校の昇降口を抜け、そのまま廊下を左に数秒。

 職員室、保健室と並ぶその奥にある、生徒にはあまり馴染みのないの白紙のプレートが掲げられた部屋。そこに涼介は通される。


 パイプ椅子に座る涼介の前。その長机の上にコーヒー入りのマグカップがコトン、と置かれる。


「……で。これはいったい、どういうことなんですか?」

「ん? そりゃあコーヒーくらいはタダでサービスしてやんよ?」

「それはどうもです……。いや、今知りたいのは、なぜ僕がこんな所に連れてこられたのかということで……」


 ほんのり香ばしいコーヒーの香りに冷静になった涼介は、そんなことを尋ねつつもなんとなく察しがついていた。

 涼介の呟きを聞いた陽菜先生は、悪戯っぽく片頬を上げる。


「ふふふ……聞いて驚くがいいわ」


 そして無意味に長いタメを作って、


「柳瀬くんには今日……私の宿直の補佐をしてもらうのよ!」

「や、やっぱりそんなこったろうと思った……っ!」


 星凪高校の文化祭が近い。そんな時期のこんな時間に、職員である陽菜先生が学校へ。

 そして給湯スペースや仮眠スペースのあるこの部屋……。


 まさかと思ったことが、喜ばしくないことにズバリだった。


「でも、急にそんなこと言われても……」


 連れてこられた理由はわかれど、あまりにも唐突すぎる。

 誰もいない校舎内で、先生とはいえ面識の浅い女性と二人で長時間過ごすなんて、涼介には荷が重い。

 というか、残っている生徒を帰すべき立場の人間が生徒に宿直のサポートさせるって……。さっきの豹変劇といい、この陽菜先生という人は色々と酷い人らしい。


「正直、遠慮願いたいですねぇ……」

「え、なんでっ! ちょっと柳瀬くん、もう一度よぉーく考えてごらんっ? 校内でダントツ人気の陽菜先生と一緒に一度きりの夜を過ごせるんだよっ? 仮眠中のキレイな先生を見てイケない妄想し放題だよっ? 思春期真っ盛りの青年にはこれとないご褒美じゃんか!」

「いちいちワードが卑猥だっ! それに自分で人気とか言うか! あんたやっぱり色々とサイテーだわ!」


 涼介のツッコミが冴えわたる。皮はたしかに天使のようだが、今となってはただの変なやつでしかない。涼介も昼間のヘタレぶりはどこへやら、もはや思いのままに叫んだ。


「い、いいじゃんいいじゃん! 誰にだってカッコつけたい時だってあるんだし……それに、同じアパートのよしみで、その……い、いいじゃん! お前も一回してみたかったんだろ!? 宿直! 顔に書いてあるぞっ、“ビバ、宿直”って!」

「何が好きでそんなもん顔にっ! 僕は、全く、これっぽっちも! 宿直なんてしたくないです!」

「うぐぐぅ……っ」


 断言する涼介に、陽菜は悔しそうに顔を歪めながら一歩後じさる。「もっと大人しいやつかと思ったのに、けっこう強気にくるなぁ……。人選間違えたかなぁ……」などと呟くその声にも力がなくなってきた。


「……ん?」


 そこで気になることがあった。

 ほんの少しの時間だが、涼介から見た陽菜先生の本性は“凶暴”。そして、ところどころ致命的なまでに女らしさを欠いている。


 ただ、今この場の彼女を見ていると、どうやらただの傲慢お姉さんではなさそうな気がしてきた。

 目の前で前髪を弄りながらどもる姿が、どこか必死なのだ。


(涼介涼介)

(……ん、どうした?)


 そこで、隣で大人しくしていためいりが耳打ちしてきた。


(この人の動き、お姉ちゃんと同じだ。たぶん、お姉ちゃんと一緒)


 薄々気づいてはいたけど、やっぱり陽菜先生はめいりのお姉ちゃんではなかったようだ。

 というかそもそも、めいりは猫である。前提条件が頭から変わってしまっているのだ。


(めいりのお姉ちゃんと、同じって……。……あぁ、なるほど)


 そんなことを考えつつも、めいりの言わんすることに思い当たる。


(よし、じゃあ確かめてみるか……。めいり)

(あい)


 さっそく、めいりの耳元でごにょごにょ。めいりも積極的に涼介の指示に頷く。

 普段はこういうことをしない真面目少年な涼介だが、今回は色々とショックだった。それに現在進行形で被害を受けている。なので軽い仕返しをしたい気分だったのだ。


(でもまぁ、あんまりやり過ぎないように頼むな)

(あい、承知した)


 二人の策略にはつゆも気づかず、いまだ必死な表情で涼介の説得を続ける陽菜。

 そんな彼女の背後に、涼介の指示を承っためいりがテコテコと近づく。

 そして、


 ふぅぅぅぅ~……。


 涼しい今の時期にしては生温かい空気を、陽菜の耳に吹きかけた。


「――ひっ!」


 ぞわわと両肩を震え上げ、全身の毛を逆立て、陽菜先生はギョッと飛び跳ねる。

 汗が青白い頬を伝うのが涼介にもわかった。


「んな、ななな……! なな何、いい今の……!」

「ん? どうしたんですか、先生?」


 明らかに血の気を失った陽菜に対して、コーヒー片手に白々しく問う。確認とはいえ、彼らのやってることはけっこう残忍である。


「い、今……『ふぅぅ~』って! み、みみみ……耳元に、な、生ぬるい風がが……!」


 犬みたく黒目がちな瞳をばっちり見開き、先生は全力の身振り手振りで起きたことをワタワタと伝えてくる。


 涼介はこれでようやく、彼女が自分を連れてきた真の理由を確信した。


「先生って……怖いの苦手なんですね」

「う、うん、まぁ……って、“怖いの”って何っ!? 今のって“怖いの”なのっ!? ね、ねぇ……! だ、誰も、いないよね? 私のうしろ……。誰もいないって、言ってぇぇ~……」

「え、ええっ? 泣くほどなのっ!? えっと……い、今のは先生の挙動を見て思っただけでっ、うしろには何もいませからっ(嘘ですが)。安心してください先生っ!」

「や、やだもぉ~……やだぁぁ~」


 両手で顔を覆いベソをかいてしまった先生をしばらくなだめる。

 ちょっと酷いことしたなぁと、ほんのちょっと後悔していると、陽菜は潤んだ瞳でこっちを見上げてきた。


「ぐず……柳瀬くん……。お、お願い。今日だけでいいの……今日だけ、私の宿直に付き合ってぇ……」

「うっ……」


 もう暴君ぶりも演技もかなぐり捨てて、ガチで懇願モードだった。

 本性を知ってもなお、グラッときてしまう。


「お願いしますこのとぉりぃ~……!」


 涼介には正直先生の頼みを聞く義務も義理もない。

 ……ものの、目の前でガチ泣きしながら頭を下げる陽菜先生を見殺しにするわけにもいかず、


「わ……わかりました。宿直手伝います。だから先生、頭を上げてください……」

「ほ、ほんとに……?」

「はい、まぁ……ほんとに今日だけですからね?」

「う、うんっ! 今回だけでいいの! 文化祭までに私の当番、今日だけだから! た、助かったぁ~……」


 涼介はしぶしぶ、一夜限りの宿直補佐の任に就くことになった。

 だが、子供のような泣き笑いの表情の陽菜先生を見ていると、不思議と腹は立たなかった。



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