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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第三章:ツきとめる。
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第十三話:天使、中華店にて堕つ



 陽菜先生――。


 まだまだ若い容姿ながらも、しっかりと養護教諭の仕事をこなす。白衣姿も色んな意味で様になっており、どこかしらから多くの需要がありそうだ。

 そこに高飛車な態度は一切なく、「私、年収一千万以上の男にしか興味ないの」的なことをヌかす白衣系女子とは一線を画す。

 どこから見てもふわふわ癒やし系のキュートな先生だった。


「お待ちどう……」

「あ、どうも」


 店主の低く響く声に、涼介は我に返った。

 やや年季の入ったテーブルの上に置かれる、ラーメン二杯。


 涼介とめいりの二人は、出笛荘近くの中華飯店……その最奥のテーブル席にいた。この時間、他に客はいない。

 保健室で回復した笑海を確認したその帰り、小腹が減ったのでここに立ち寄ることにしたのだ。


 行きつけというほどではないが、自炊が面倒な時、涼介はたまにここに来る。

 せまい通りの目立たない場所にあり、さらに店主がいかにもないかつい風貌(ヒョウ柄のバンダナ、人を殺せそうな堀深い目、大根のようなごつい二の腕の持ち主)。

 そのせいか、いつも閑散としているこの中華店。だが、店主自ら仕入れた海鮮類で出汁をとった、シンプルながら味わい深いラーメンは一級品なのである。


「まぁ、まずは食べるか……」


 涼介は午後から今まで、ずっと陽菜先生のことに思いを馳せていた。

 彼女がめいりとなんらかの関係があると踏んではいるが、さっきのことで痛感した。

 ……自分だけではまともに話をすることはできない、と。


 ならば最終手段と、めいりに話を振ってみようと考えていた。

 だが、醤油ベースのスープの香りが嫌というほど食欲をそそる。

 まずは腹ごしらえだ。割り箸をパチンと鳴らし、さっそく食事にとりかかった。


「ふー、ふー」

「ふぅ、ふぅ」


 二人そろって麺に息を吹きかける。


「ずずず……」

「ふぅ、ふぅ」


 スープを口に含む涼介、麺を冷ますめいり。


「ずるる~」

「ふぅ、ふぅ」


 勢いよく麺を啜る涼介、スープの温度を常温まで下げるべく肺から空気を送り出すめいり。


「……そろそろ食べないと麺のびるぞ?」

「ふぅ、ふ……?」


 さすがに麺の状態が心配になってきた涼介だった。


 ちなみに当然、めいりのラーメンは、端からは一人でに麺が宙に浮かんでいる風に見える。誰もが不思議がったり腰を抜かすような光景だ。

 だが、ここの店主は非常に気遣いのできる寡黙な男性なので、お客の事情には深く関わってこない。その尋常でない徹底ぶりが幸いした。


 めいりは、涼介に言われたことに首を傾げる。


「のびる?」

「麺のコシとか弾力とかがなくなって、美味しくなくなるってことだ。めいりはラーメンも食べたことないのな?」


 というか麺類のこと自体あまり知らないのだろうか。今時珍しい、というレベルどころではなかった。


「うん、ない。いつもは“にゃんこまっしぐら(マグロ味)”ばっかりだったから。人間用の料理はほとんど食べたことない」

「なるほど……て、え?」


 思わずめいりの方を凝視してしまう。彼女の表情に悪戯っぽい雰囲気は全くない。


「人間用、にゃんこ……?」


 半分混乱した頭を置き去りにして、口が先に疑問を零してしまう。


「めいりって……生前はなんだったんだ? 人間、だったんだよな……?」

「ん? ううん、猫よ。みんなからは“メイリちゃん”って呼ばれてた」

「ま、マジ……?」

「まじよ。ちなみに品種は“ノルウェージャンフォレスト”」


 ま、まさか……。この可能性は考えていなかった。

 だからいつぞやノルウェリアンジョークとか言ってたのか。


「え、てことは、ここ最近僕が考えてたことって……」


 完全に虚を突かれ涼介は混乱しまくる。だが、どんなに頭がこんがらがってもラーメンを食べることは止めない。いや、止められない。くどいが、ここのラーメンは一級品なのである。


「らっしゃい……」


 沈黙とともにラーメンを啜っていると、一人の客が入口付近のカウンター席に座った。女性だ。

 それとほぼ同時に、この店に似つかわしくない明るめなメロディが高々と鳴り響く。どうやらその客の携帯のようだ。


「もしもし……。あ、はい。食後すぐに向かいますので、はい……」


 時々ペコペコと頭を下げながら通話する女性客。

 彼女のうしろ姿は殺風景な中華店の風景からは酷く浮いていて、違う世界の住人のように見えた。淡い色の私服を着ていて、少し覗く横顔はどこか人形のようだ。


「……あれ?」


 その姿を見て、涼介は既視感を感じる。しかもかなり記憶に新しい……。


 ちょうどそのタイミングで、女性は電話を脇に置いた。

 そして――


「あ、あ、あの教頭めぇぇ……っ、いや、あのザマス女がぁぁぁ!」


 ――どこか見覚えのある女性は、急に発狂しだした。


「店主! ちょっと聞いてっ!」

「……あいよ」

「うちの学校だけどねぇ! 文化祭が近いからって、こんなか弱い女子にも宿直させようとするのよ! おかしくねぇ!?」

「痛ぇほど、わかりやす……」

「しかも一回は回避したってのに『後日に回しただけザマス~』だってよ! もうね、アホよアホ! それにこのご時世にまだ警備雇ってないときた! 公立なんだから! 政府の犬なんだから! 国やら地方やらの金でも吸ってそれぐらい準備しろってんだよ!」

「痛ぇほど……わかりやす……」


 店内に響く怒鳴り声。

 前にいる店主にもとばっちり。彼は、もう相づちしか打てないでいる。


「ねぇ、涼介」

「……うん?」

「学校って、政府の犬なの?」

「いや、違うな。本来は警察っていう組織へ向けた悪口なんだよ」


 時々めいりが投げてくるやや外れた質問……その意味が今ならわかった。むしろ猫にしては相当賢いんじゃないだろうか。

 ところがそれより、今の涼介は、めいりの質問に律儀に応えながらも多大なる衝撃を受けていた。


「金にもの言わしゃあいいんだよ! 私だって将来は年収一千万以上の男捕まえてやるぅぅ!」

「……あいよ」

「『……あいよ』じゃねぇぇ! あんたはどんだけ頑張っても、せいぜい百万ちょいくらいでしょうがぁぁ!」

「痛ぇほど……痛ぇです……」


 小型犬みたいに吠える小柄な女性。某ロックバンドの熱狂的ファンみたく暴れるその様は結構鬼気迫っている。

 茶色がかったふんわりしていたはずの髪をボサボサに掻き、店主にさえ毒を吐くその暴君ぶりだ。


「ねぇ、涼介」

「……うん?」

「あの人って、保健の先生だよね?」

「……うん」


 星凪高校保健室の天使――陽菜先生。

 目の前で暴れる女性は、まさにその人だった。


「あんたもラーメンばっかりしてないで将来見つめないと一生結婚で、き……ねぇ…………っ!」


 ふと目が合う。が、彼女はすぐに前に向き直る。

 でもすぐ二度見である。

 思いっきり首を回して、大きな瞳をばっちり見開き、勢いよく再びこちらを向いた。


「ど、どうも……陽菜先生」

「あ……あぁ~……、君は、お昼の……あは、あははぁ~」

「……」

「今の……聞いてた? ……見てた?」

「あ、はい……。バッチリ」


 顔を真っ青にして冷や汗をたれ流す先生。

 そして急に昼間のような優しげな笑顔を作ろうとして、失敗してただの変顔になった。そのままの顔で、両手で頭を抱えうめきだす。


「せ、生徒に……見られ……見られた、見られ……」


 かなりショックだったようで、うわごとのように繰り返す。

 だがそれ涼介も同様だった。一瞬でも憧れの念を抱いてしまっただけに、この騙された感は半端じゃない。


「先生って、この近くの方だったんですか……?」

「うぅ……うん……。近くのね、出笛荘ってところで一人暮らしを……」

「まさかの同居人……!」


 なんだ? 今日は厄日か? やたらショックな事実が明らかになる。

 昼間に聞いていればもっと嬉しい展開だったはずが、今ではまた“変なやつ”が近くに……としか思えない。

 が、気づくのが遅かれ早かれ、これが現実……。


 しばらくグズグズと凹んでいた陽菜だったが、ふいに「……あ、そうだよ」と呟いた。

 何かを閃いたようなその口ぶりに、涼介は嫌な予感を禁じ得ない。


「君……いや、お前。これから暇だよな?」

「お、お前て……」


 もはや化けの皮を完全に剥がした大人のお姉さん。現代社会は怖いと、本能的に思い知らされる。


「ならちょうど良かった。これからお姉さんに付き合いなさい」


 ショックで足元がおぼつかない涼介の袖を引っぱり、


「店主! 今日はツケで! この店つけ麺ないんだし、お代くらいはツケてくれるよな!」

「……あいよ」

「え、ええ……!? 僕、まだ何も言ってないんですけどっ!?」


 そのまま、食べかけのラーメンを横目に店外へと引きずられてしまった。



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