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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第三章:ツきとめる。
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第十一話:いわくつきの教室



 ――ズゴゴゴ……


 暗闇の中に響き渡る、地を這うような低音。

 今まで何度かどこかで耳にしていたリズムが、涼介の鼓膜を震わせる。


「はぁ……はぁ……!」


 真っ暗な空間をひたすらに駆ける。

 だが、走っても走っても、その音はつかず離れず涼介の背中を圧迫し続ける。


 すると突然、目の前に現れる白い何か。

 ゆっくりだが、脈動するようにかすかにうごめいている。

 よく見れば、白と黒を帯びた巨大な動物だった。


 んもー。


 ――え! ウシっ?


 とってつけたようなぽこぽこの手足。ドーナツのような大きい鼻輪。

 それはとてつもなく漫画的で、ぬいぐるみのようにまんまる太ったホルスタインだった。

 それでも涼介の身長をはるかに凌ぐ巨体。


 しかもその足元にはなぜか、ここ数日ずっと一緒に過ごしている白髪の幽霊少女がひざまづいていた。ほ乳瓶の飲み口のようなウシのお乳を二つ、両手で握っている。


「一ちち、二乳……」


 そのままビュービューお乳を噴出させながら、白髪少女は何やら呟いている。


「ぅぅ……涼介殿の大事な牛乳を零してしまいました……。早く新しい乳を搾らねば、代わりにわたしが搾られてしまうぅ……」


 ――搾らねえよ!


 言ってる内容はお下劣極まりないが、その声音は少なからず悲壮感を帯びていた。

 だがこの安心安定の芝居くささ。まさか皿を乳に置き換えるとは。でもそれ以前に液体は数で数えねぇだろ。


 色々と指摘したいが声が出せない。口は動くのだが、身体から出ていく空気はそのまま音にはならなかった。


 ――ズゴゴゴ……


 そのあいだも背後から迫り来る低音。


「百乳、千乳……」


 搾る回数も桁単位で増え、ますます広がっていく白濁。

 いつしか涼介のいる空間は黒よりも白が多くを占めてしまっていた。無論、ミルクホワイトである。


 ――てかどんだけ乳出るんだそのウシ! ……て、ヤバ……!


 叫びはやはり、無限のミルクに波紋一つ起こせず。


 ――ズゴ、ズゴゴゴゴ……


 代わりに、涼介の身体は、背後から迫る不気味な音と目の前から浸食してくるミルクの白に呑まれゆくのだった――






「ん……んあ?」


 少しの暑苦しさを感じて目を開けると、そこは公立星凪高校二年Cクラスの教室。

 生徒は席につき黒板の方を向く。その先では、ひょろっと線の細い中年国語教師がブツブツと呟きながら黒板にチョークを走らせている。


 なんのことはない、見慣れた授業風景だった。


「ズゴ、ズゴゴゴ……」


 ひらりとなびくカーテンのすぐ側では、めいりがパック入りいちごオレを飲んでいた。ストローで美味しそうに、ズゴゴゴ……と。


 そこでようやく、自分がついうたた寝していたことに気づく。

 どうりで聞き覚えのある音だと思った。よく見れば、他の生徒たちはひそひそとざわめいたり、ふるふると恐怖に身を縮こまらせたりしている。


 それは毎度のことだった。

 おかげで今は『授業中に響く怪奇音』として二年Cクラスの七不思議の一つになっている。

 涼介も最初は止めてはいたが、今では「大した騒ぎにもなってないし、いいか」と静観するようになっていた。放置ともいうがそのへんは大目に見てもらっている。自分自身に。



 チャイムが鳴る。教師が無言のまま、そそくさと教室を出て行く。

 あの国語教師はもともと陰気なオーラを纏っており、そんなだけあって、めいりが発する音もさほど違和感をもたないのだろう。

 誰にでも得手不得手があるということらしい……と涼介は無理矢理納得していた。


「涼介」


 気づけばすぐ隣、めいりが空のパックを片手に立っていた。


「いちご飲んじゃった。補充求む」

「いや、一日一本って前に決めたただろう?」


 手で口を覆って簡素なカモフラージュを施し、小声で返す。それでこれまで怪しまれずに済んでいるのだから、案外人は他人に興味ないんだなぁとつくづく思う。


「帰ってから牛乳で我慢してくれ」

「……うん」


 ジト目で頷くめいり。不満はあれど怒っているわけでもなさそうだ。


 最近わかってきたのだが、めいりのジト目には色んなパターンがある。

 蔑視以外の意味でも、不満がある、悪巧みをしている、何も考えずボーッとしている、など……。その都度、ジト目の切れ味が微妙に違うのだ。

 それが、ここ数週間で涼介が見つけ出した(見せつけられた)めいりの一面だった。


 そう……ここ数週間。

 めいりが大通りでチョーカーを拾って以来、ほぼ一ヶ月が経とうとしていた――


 あの日から、めいりはとんとお姉ちゃんの話をしなくなった。

 涼介からその話を振ろうとしても、悪戯に夢中だったり、他の話題を振ってきたり……大抵はまともな話にすらならない。


 お姉ちゃんに会うことはもう諦めたんだろうか、とたびたび思う。

 以前彼女が言っていたように、会って、それで己の存在を認知されない……それが嫌で、怖くて、会いたいという思いを封じてしまったんだろうか、と。


 涼介としてはお姉ちゃんに会わせてやりたいと思う反面、そんなめいりの気持ちがわからなくもない。一番自分を知ってほしい人に知られないのは多分、かなり辛い。


 あの日、めいりが夕暮れの中で見せた諦めの表情。

 それが今でも涼介の心の中でたゆたっている。時には煮詰まり、くすぶったりもする。


 早くこいつの未練を晴らして、平穏な日々を取り戻したい。そういう気持ちはたしかにある。

 でも、今はそれ以上に、めいりのあの表情を塗りつぶしてやりたい。諦めたような不器用なあの顔を、笑顔で晴らしてやりたい。そう思う。


 そんな風にして、毎日毎日、どうにかならんもんかと考えていた。

 そしてめぼしい案も少しは浮かんでいた。


 例えば、自分以外の人にもめいりをることができないだろうか、とか……。


 そして、万が一そんな方法があるとして、そういうこと・・・・・・をよく知る人間を、涼介はよく知っている。


「……と、いうことだ」

「ふむ。ようは、その幽霊を思い人にも視えるようにしたい……ということだな?」


 昼休み。涼介はさっそく前の席のクラスメイトに尋ねていた。

 ……のだが、何かものすごく違和感があった。


「学校で思い人を呼び出す、そのシチュは屋上や校舎裏が定番だ。だがこのご時世、屋上が開放されている学校は少ない。だからボクとしては校舎裏を推す。または体育館裏とか」

「え? ちょっと待ってくれ然木……」


 通称“歩く噂話(ただしオカルトに限る)”と呼ばれるクラスメイト、然木笑海つれぎえみ

 彼女は己の机に突っ伏し、腕に顔を埋めたまま、ぶつくさと語り続ける。


「ところで、よく喧嘩などで耳にする『表出ろ!』という言葉……あれは学校という舞台とはトコトン相性が悪いな。ぐふぅ……。学校での喧嘩の基本も告白と同じで、“裏”だ。“表”だと色々と不便だからな。授業中はそもそも表に出られないし、放課後ともなると、表で殴り合いなどした日には、たちまち教師たちに捕まるだろうし……ぜぇ、ぜぇ……な、なので、学校で喧嘩を吹っかける時は『裏出ろ!』と言うことを、お勧め……する……」

「お、おう……て、いやいや、そうじゃないんだが……」


 そもそも、“涼介から彼女に話しかける”という時点で異常だと気づくべきだった。

 普段ならこっちが望まずとも向こうからやってくる。まさに嵐のように。

 それに今日は話す内容もいつも以上に意味不明で支離滅裂だ。もはやオカルトでもなければ噂話でもない。

 おまけに、腕の隙間から覗く顔も火照ったように赤い。


「なあ、然木。お前、調子悪いのか?」

「う……うん、実は。昨日色々とあってな……。少々、ギボヂ、ワルイィ……」

「わ、わぁぁ! ここで吐くなよっ!?」


 急いで笑海の鞄の口を開き彼女の口元で構える。我ながら女子の鞄をゲロ袋にするのは酷いと思ったが、こっちも咄嗟の判断だったのだから仕方がない。


 今回はどうやら不発に終わったらしい。だが、いつ第二波が来るやもしれない。

 いまだぜぇぜぇと虫の息の笑海。そんな彼女をそのまま見ていられるわけもなく、


「なあ、あんまり辛いなら保健室行くか?」


 他にやりようもなく、笑海に肩を貸した。


「ん……、連れていってくれるのか?」

「まぁ、一人じゃキツイだろうし……」


 ややぶっきらぼうに言ってみる。笑海もその表情に少し安堵した顔をする。


「そ、そうする……。その道すがらにでも、さっきの話をするとしようか……」

「無理すんなよ。また今度ゆっくり教えてくれ」


 すぐ近くにいたクラスメイトにたどたどしくも経緯を伝える。

 他のクラスメイトの弁当をこっそり摘まんでいためいりを呼び、もしものために二人の鞄も持っていくことにする。


 周りから「おいおいあの二人いつ結婚すんの?」だの「もしかして、然木さんツヤツヤ柳瀬くんゲッソリルート……!?」だの、お決まりの冷やかしに背中を押されながらも、涼介たちは保健室へと向かった。



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