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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第三章:ツきとめる。
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幕間:思い出と幸せはおそろいで



 お姉ちゃんは物静かで、じっとしていると本当にお人形のよう。

 でも本当は優しくて、笑うと可愛らしくて、たまにおっちょこちょい。女の子らしいものが好きで、オバケとか怖いものが大の苦手。

 ふいに大人びたと思えば、すぐ子供のような反応を見せる……なかなか楽しいお姉ちゃん。


 少なくともメイリにとってはそんな印象だった。



 ――あの日。

 初めてお姉ちゃんの笑顔を見た日以来、メイリはお姉ちゃんと一緒にいる時間が増えた。それこそ毎日、ほとんどの時間はお姉ちゃんと一緒。


 お父さんとお母さんはよく外に出かけるけれど、お姉ちゃんは一日のほとんど家の中にいる。長いあいだ、自分の部屋のテーブルに向かって難しそうな本を開いていた。


 その合間には、色んな話をしてくれる。

 楽しいことやおかしなこと。他にも、自分の知らなかったことを沢山。

 メイリも興味津々で聞き、色んな知識を身につけていった。


 そしていつしか、メイリは自ら率先して新しいことを知りたがるようになっていた。

 そうして多くのことを知る時間は、メイリとって夢のように楽しいひとときだった。




 まったりゆったりと流れる日常。


「な、何よこれ……! ちょっと、お母さーんっ」


 そんな数ヶ月を過ごしたのちの、ある日のこと。

 うららかな春の朝日差し込むリビングで、お姉ちゃんは何やら顔を赤らめながら慌てていた。


「んー? どうしたのよ、そんなにうろたえて」

「こ、これって、お母さんのよね? なんでこんないかがわしい本読んでるのっ?」


 お姉ちゃんが指さすは、リビングのテーブルの上にある本。開きっぱなしの雑誌。女性週刊誌のようだ。窓からの風に吹かれ、ピラピラと数ページ間を行ったり来たりと忙しい。


「ああ、それね。ちょっと興味本位で買ってみたんだけど、思ったよりハードだったのよね、うふふ。よかったらあなたにあげるわ」

「うふふじゃないから。こんなのいらないよ……」


 のんきなテンポで話すお母さんに容赦なくツッコむも、お姉ちゃんの視線は知らず雑誌の内容に一直線。やはりお姉ちゃんもお年頃。好奇心が理性を追い越す時もあるようだ。


「う……ベッドヤクザて。こんな情報知っててどうすんのよ……」

「あなたが社会に出た時にいい男選びの参考になるかもよ?」

「い、嫌だ、そんな「淡い恋心」とか「ときめき」とか皆無なの……」


 訝しげにも雑誌をパラパラめくり、やがて再びテーブルに返却。偶然開いていたページの内容を、メイリはちらりと見た。


『いつもは優しいカレ……夜は野獣になっちゃった!? そんなベッドヤクザを見分ける方法』


 メイリはまたひとつ物知りになった。


「でもほんと、最近明るくなったわねぇ……」


 メイリがいかがわしいインプットに勤しんでいると、ふいに聞こえたお母さんの呟き。

 なんだろう。と顔を上げると、お母さんはお姉ちゃんに一つの提案をしていた。


「ねえ、久しぶりにさ。お母さんと出かけてみない? 今日は、そうね……メイリちゃんも一緒に!」

「え……?」


 メイリとお姉ちゃんは同時に首を傾げ、笑顔のお母さんを見つめた。






「ちょっとお話聞いてくるから、待っててね」


 二人がポカンとしてるあいだに連れてこられたのは、とあるカフェだった。


 お母さんがお店の人と話をしているうしろで、メイリはお姉ちゃんの腕の中。

 お姉ちゃんのメイリを抱く手はいつもよりぎこちなくて、ほんの少し震えている。

 ……そんな様子を気にしながらも、メイリはその空間を見回さずにはいられなかった。首と目があちらこちらへキョロキョロ動く。



 明るくて落ち着きのある店内。少し苦そうな豆の香りと、甘くて香ばしいお菓子の匂いが入り交じっている。

 入ってすぐはフローリングだが、奥には少し広めなスペースがあって、そっちはカーペットが敷いてある。そのさらに奥、置かれたソファの上や足元にはやたら興味をそそる丸い物体、フサフサした物体が転がっている。


「お待たせ。せっかくだしあっちに行く?」


 お母さんの声に、メイリは目を輝かせ、お姉ちゃんもおずおずと頷いた。




「へぇ、キレイな子ですね」


 カーペットの敷かれたスペースの上。

 メイリがさっそくフサフサの物体と格闘していると、若い店員さんがお姉ちゃんに話しかけていた。


「あ……は、はいぃ……」


 返事をするお姉ちゃん。その声は硬く、すぐ側にいるメイリでさえ聞き取れない大きさだった。

 でも、お店の雰囲気か、優しい店員さんのおかげか……時間が経つにつれてお姉ちゃんの強張りも解けてくる。メイリが物体に飽きた頃には笑顔も咲いていた。

 お菓子に夢中で話の内容は聞いていなかったが、メイリはその笑顔を見られただけで、なぜかホッとしたような気持ちになる。


 その後、吹っ切れたように再び“フサフサ”と戦っているうち、あっというまに時間は過ぎていった。




「ありがとうございましたー。また来てね」

「はい。こちらこそ、楽しかったです。また来ます」


 帰り際。和気あいあいと手を振り合ってお店を出ると、夕焼け模様が町の上空に広がっていた。


 なかなかにいいお店だった。落ち着けてマッタリできた。そして“フサフサ”もやっつけてやった。

 今度は丸い物体と勝負しようと、メイリは密かに次回の計画を練る。


「お母さん」

「ん~?」

「今日はありがとう、すごく楽しかったっ」

「そう、うふふ。よかったわぁ」


 お姉ちゃんの一言に声を弾ませるお母さん。

 夕焼けを反射してか、お母さんの瞳はゆったりと優しく揺れている。


「メイリちゃんも、また来ようね」


 頭を撫でてくれるお姉ちゃんに、頷いて返す。


 そうして三人それぞれ、満たされた気分を胸に家路を辿った。




「メイリちゃん。ちょっとこれ着けてみてくれない?」


 家に帰るとすぐ、お姉ちゃんは何やら細長いものを袋から取り出してみせた。

 どうやらさっきのお店で買ったものらしい。白みがかった青色のそれを、そっとメイリの首元にあてがう。


「あ、可愛い! 似合うと思ってたんだよ、うんうん」


 首輪だと思った。

 でもお姉ちゃん曰くそれは“ちょーかー”というものらしい。

 着けて最初はくすぐったかった。けれど、しばらくするとだんだん首に馴染んできて、日が沈んだ頃にはもうすっかり慣れた。むしろ着けていて不思議な安心感がある。


「私のはブレスレットだけど、おそろいだよ。ほら」


 そうして見せてくれたお姉ちゃんの左手首には、メイリと同じ水色の輪っか。


「これですぐ、私とあなたは姉妹だってわかるよね?」


 ニッコリと笑うお姉ちゃんは、家を出る前に比べて明らかに何か・・を吹っ切っていた。

 少しだけ寂しいような、そんな予感めいたものがあったけど、その時は自分を姉妹だと言ってくれたことの方が、心を占める割合としては大きかった。


 ――わたしたちは、ずっと繋がっているんだ。


 上手く言葉にできないけれど……。

 もしかしたら、今も感じるこの安心は、そういうことなのかもしれない。

 きっとそう。

 そう思うと、嬉しくて仕方がなかった。


「私と出会ってくれて、ありがとうね。メイリちゃん」


 出会った瞬間のような憂いの表情は、もうお姉ちゃんにはない。

 代わりに満面の笑みで頭を撫でてくれる。


 ――わたしも、ありがとう。あなたと一緒にいられて、幸せ。


 そんな気持ちを伝えるように、



「にゃあ」



 メイリはそっと一言、声を出した。



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