……『に』
雨が降ってる。
僕が知る雨は、あんなに透明ではなかった気がする。そもそも、[雨]は降っていただろうか?
もっともそれを確かめる術は今は持ち合わせていない。
まるで降る雨はカーテンコールのように喧しい。こんな日は誰も外へ出ない。……だろうと思う。
「架空ー」
僕がいる部屋の主、希代美が呼んだ。
希代美は今年十六で、高校受験を辞めてしまい現在フリーターと言う、まだ幼い少女だった。
『幼い』、と言うと彼女は怒るだろうか? しかしやはり彼女は『幼い』と思う。
僕が“年寄り”と言うんでなく、見た目的にも精神的にも彼女は『幼い』。
それが[悪い]とは思わないけど。
それに希代美は、“それ”だけじゃない。
『幼い』反面どこか冷めていて、もしかしたら今日びの老人より老成かもしれない眼をする。
これは希代美だけじゃなく、彼女の従兄で唯一、彼女の他に僕を感知、認知出来る繰須もだけど。
「……架空?」
訝しそうな表情で僕を見る希代美。僕がいつまでも返事しないからだ。
僕は希代美と繰須以外の他は誰にも感知されない。認知されない。
なぜかはわからない。忘れているだけか。だが、だからこそわからないんだ。
[意識体]だから。そう納得することは可能だろう。
けれど、なら“不自然”になってしまう。
希代美たち以外の誰もが、僕を認知しないコトが。
「おーい? 架空? 聞いてる?」
「……聞いてるよ、希代美」
僕が返すと、希代美は少し心配そうだったけどちょっと安堵した表情をした。
「それで? なぁに、希代美」
彼女との付き合いはかれこれ六年程前になる。
僕は今と変わらない姿をし。
希代美はあの頃より成長していた。
でも希代美はやはり希代美だったけども。
「雨、ひどいかなーって。この部屋結構外の音拾うでしょ? んで訊いてみようとね」
「また何でそんなこと?」
「私の母君が“買い物行け”と」
「ああ、成程ね」
簡単で、わかり易い説明だった。
「しかし、……ひどい雨ねぇ。何だかスクリーンみたいよ? ウォータースクリーンだっけ? 水に映像が映すの」
ざんざん降りしきってる雨は、止む気配を見せない。
「あぁ、日本以外で在ったね、そんな出し物の在る国」
「ねー。ここには無いモノを映すなんて、丸きり蜃気楼の実演よね」
そんな抽象的な感想を洩らす希代美を見て、少々自嘲気味に考えた。
『それじゃ、僕みたいじゃないか』、なんて。
「あぁ、でも。───多分すぐ止むよ」
今度は確信に満ちた僕の声に怪訝な顔をして希代美が言った。
「そんな風に見えないけど、何でそんな言えるの?」
僕は至って普通に短絡的に答えた。
「『俄か雨』って、天気予報で」
通り雨。
まるでこの[世界]で起こる“出来事”みたいだ。
起こり、終わり、過ぎ去る。
通り雨。
“僕”も?
この、“僕”も?
僕は、その考えを吹っ切った。
「架空……?」
「……。呼んでるよ、お母さん」
「はっ!」
耳を澄ますと、ドアの向こうから希代美の名を喚く、母親の声が聞こえてきた。
「いっ、今行きまーすって! じゃ、ね、架空っ」
「ん、いってらっしゃい」
慌ただしく退場する希代美に「いってらっしゃい」と手を振りつつ。笑顔に隠して僕は考えていた。
“ヒト”として生きるモノ、それ自体が『俄か雨』だ。
思いを馳せて、未だ幻覚の拍手鳴り止まない窓を眺めた。
“俄か雨、煙る”
【Then,what next?
or end?】