……『し』
どこか《世界》に取り残されてる。
私は、《世界》の片隅で、膝を抱えて息を潜めてる。
“童話作家になりたい”
“だから受験したくない”
正座して正面の父と母にそう言って、高校受験を蹴ったのは去年の暮れ。
なのに。
私は一回も童話を描いたコトが無い。今はもう十月半ばになる。
「……“童話作家になりたい”、なんて言うから、高校行かないの許したけど」
夕飯時。母の小言もかなり増えた。
「……」
私はズル賢く、黙りを決め込む。こうして口答えしなければ母は言うだけ言って気が済むから。
「だいたい、その童話とやらは描いてるの? お母さん見たコト無いわよ、あんたが真剣に机に向かってるトコ。もう半年以上になるのに。あんた、いつも部屋の隅かベッドの前に座ってボーッとしてるじゃない」
意外に専業主婦な母は見てないようで見てるらしい。
確かに日がな起きてはそうしている。…でも。
「そんなボケッとしてるの、時間が勿体なくないの?」
別に何も考えてない訳じゃない。
「ねぇ。そんなコトしてるくらいなら学校行けば? 定時制なら来年からだって遅くないわよ? 普通の高校行くより気兼ねも無いだろうし」
「……」
最近の母は、小言に混じってそんな勧誘もしてくるようになった。
私は嫌なのだ。
学校が嫌い。
あんな箱みたいな四角い建物の中じゃ窮屈過ぎて────退屈過ぎる。
私は、学校が、嫌い。
「子供だなぁ、希代美は」
私のこんな愚痴を、決まってこんな台詞で返すのは二人の知り合い。
一人は、従兄妹の繰須兄ちゃん。現在大学一年の一浪生。自分は一浪して友人の漫画家に手伝いをしてやってたくせに私のコトはそう貶す。
もう一人は、今目の前にいる青年だ。
名前を『架空』と言う。
私のそばに気が付くといる、不思議なヒトだ。
いつもあらゆるトコにいるのだが、なぜか私以外のヒトには、先に紹介した繰須兄ちゃんにしか見えていないらしい。
幽霊かと最初思ったのだけど、どうも彼は生きた[人間]だと主張する。
しかし見えているのは前から説明している通り私と繰須兄ちゃんだけなのだ。
「架空…。そんな笑って済まさないでよねー」
無気力丸出しで、私は笑いながらいつものように返事する架空に抗議した。
今は自室。母にも架空は見えてないと思うので、早々引っ込んで、架空に淡々と母の小言についての説明と、私のその時の心情を話していたのに。
「それは、さ。希代美を想ってのことじゃないか」
「そうだけど」
「可愛い一人娘だから、心配なんだよ」
「余計なお世話」
架空は笑う。苦笑いではなく、ひたすらにやさしい柔らかな笑み。
私に兄がいたらこー言うタイプなんだろか。
そんな他愛ないコトを思った。
「…そもそも。何で希代美は童話作家になりたいんだい?」
「じゃあ、何で架空は他の人には見えないの?」
「……」
「───」
「…さぁ?」
架空は、悪戯っぽく笑ってはぐらかした。
「何、それ」
「さぁね。でも先に言っておくよ、希代美。希代美は“自分は《世界》に置き忘れられたんだ”、みたいに言うけどね」
「本当のコトじゃん」
「違うよ」
架空は表情を変えるコト無くそのままに、首を横に振った。
「それは違うよ、希代美。きみは《世界》に忘れられても、いない。今は外れてしまってるかもしれないけど」
架空は、言う。
「きみは、置き忘れられてなんかない。真意に《世界》に忘れられた[存在]は─────『僕』のようなモノを指すのさ」
『確信』を持っての宣言。
それを裏付けるのは、目の前の発言者そのモノ。
「……確かにね」
目前に微笑む青年は、周りに忘れられながら。
《世界》の忘却の彼方を漂いながら。
今も待ち続けている。
ヒトリ帰らぬ愛しい人を。
“幸せは、脆くも”。
【Then,what next?】