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 得意先を廻りながら八時過ぎに帰社すると、一人残ってパソコンに向かっていた沢村が慌てたように立ち上がった。

「里見先輩!」

「お疲れ」

 恵也は自分のデスクに歩み寄ると、その上にドサリと書類鞄を置く。

「今日はすまなかったな。社長は?」

 先に帰ったことを謝りながら社長の在室を問うと、沢村はキュッと口元を引き結んでから答えた。

「帰りました。今日は俺が鍵を預かってますので……」

「そうか」

 一応報告をと思ったのだが、今日は特にこれといった収穫も無い。溜息をつきながら椅子に腰を下ろすと、その様子をじっと見詰めていた沢村がおもむろに口を開いた。

「先輩……先輩が乗ってった車って橘のですよね」

「え……」

 不意に問われた恵也は、狼狽えて後輩を見る。かなり離れていたし、橘とは気付かないだろうと思っていたのだが、沢村は意外と視力が良かったらしい。

「見てたのか」

 視線を外し、ノートパソコンを開けながら言うと、沢村が硬い声音で「はい」と答えた。

「先輩……あいつとはどういう関係なんですか?」

「どういうって……」

 問われても自分には何と答えればいいのかわからない。パソコンを起動させ、パスワードを打ち込みながら考えていると、再び沢村が言った。

「あの夜も……先輩、本当は橘を助けに戻ったんですよね。違いますか?」

「え……」

 その言葉に恵也の指がピクリと震える。『あの夜』とは橘が暴行を受けていた時のことだろう。関わり合いになることを避けて通報だけして帰ろうとした沢村に、恵也は「用がある」と嘘をついて橘の元へ戻った。しかし、それを今ここで肯定すれば沢村はきっと怒るだろう。

「あれは私用だ。橘は関係ない」

 若干の後ろめたさを覚えながらパソコンの画面を見詰めて答えると、沈黙でそれを受け止めた沢村が再び静かに口を開いた。

「先輩……あいつとはどういう関係なんですか?」

 再び同じ質問をされて、恵也はどうにも誤魔化せなくなる。

「あいつは……」

 恵也は小さく答えると、遂に諦めて溜息をついた。

「実は父親の知り合いの息子なんだ。とは言っても幼い頃に一度だけ会っただけで、父親に言われるまで全く気付かなかったんだけどな」

「えっ?」

 途端に沢村が驚いたように目を丸くする。

「知り合いだったんですかッ?」

 そして素っ頓狂な声を上げると、ホッとしたように口元を綻ばせた。

「なんだ、良かった。じゃあ、別にあいつのことが好きとかじゃないんですね?」

 確認するように問われて、恵也は露骨に顔をしかめて苦い顔で返す。

「気持ち悪いこと言うなよ。俺もあいつも男だぞ」

「すみません」

 沢村はペコッと頭を下げて笑顔で返すと、でも、と言って言葉を継いだ。

「『好き』って気持ちに男も女も無いと思いますよ。それが真剣な気持ちなら、俺は相手が同性でも全然構いませんけどね」

 沢村の思い掛けない言葉に恵也は驚いて視線を向ける。耳の奥に蘇ったのは橘の真剣な声音だった。

 『俺、姫が好きだ。俺と真剣に付き合ってくれ』

 途端に恵也はカアッと顔を赤くする。

(真剣に好き? 橘が俺を?)

 橘も自分も男である。しかし、胸の奥にジワリと浮かんだのは嫌悪感ではなく、こそばゆいような恥ずかしさだった。

「そ、そんなこと急に言われても……」

 同性どころか異性とさえ付き合ったことの無い恵也にとって、恋愛事は未知の領域で想像することすら出来ない。狼狽えて耳まで赤くなりながら視線を逸らすと、それを見た沢村が躊躇うように言った。

「先輩……『それ』ってもう気付いてるってことですか?」

 恵也の赤くなった顔を目で示し、沢村が尋ねる。

「う……」

 恵也は狼狽えて俯くと、キーボードに視線を落として固まった。

(そうか……)

 何故こんなにも橘のことが気になってしまうのか、恵也はその理由に遂に気付いて呆然とする。と同時に、別のことも思い出した。

 『俺はアイツ一筋って決めたんだからな』

 駅まで送って貰った時の、橘の決意したような言葉が耳の奥に蘇る。

(でも、あいつが選んだのは『姫』なんだ……俺じゃなく)

 もちろん『姫』という通り名のライダーも恵也のもう一つの顔なのだが、橘の中の『姫』は高校生だ。ついでに綺麗で可愛くて『ツンデレ』らしい。地味なサラリーマンの自分とは全く違うのだろうと考え、恵也は複雑な思いで溜息をつく。すると、その溜息を聞きつけたらしい沢村が再び口を開いた。

「やっぱり気付いてたんですね。すみません、言うつもりは無かったんですけど……」

「え?」

 すっかり物思いに沈んでいた恵也は、沢村の言葉に我に返って顔を上げる。

「悪い。何か言ったか?」

 視線を向けて尋ねると、沢村が躊躇ように瞳を揺らした。

「だから……俺の気持ちに気付いてたんでしょう?」

「お前の気持ちに?」

 恵也には沢村が何を言いたいのかが全くさっぱりわからない。首を傾げて問い返すと、沢村はグッと唇を引き結んで真剣な眼差しで恵也を見返した。

「俺、先輩のことが好きです。真剣です。付き合ってください」

 突然改まった口調で言われ、恵也はそのことに驚いて目を見開く。そして、次の瞬間その言葉の意味を理解すると、ガシャンと椅子を鳴らして大慌てで立ち上がった。

「ええッ?」

「『ええッ?』って……」

 沢村が恵也の反応に驚いたように、口をポカンと開けて呆然と呟く。それから急にカアッと赤くなると、狼狽えたように視線を外した。

「気付いてたんじゃなかったんですか? 先輩……」

 問われた恵也は無言でブンブンと首を激しく横に振る。

「全く? 全然?」

 沢村はチラと恵也を見ながら尋ねると、ハァ、と大きな溜息をついた。

「結構アプローチしてたつもりだったんですけどねぇ……ショックだなぁ」

 ショックなのは恵也の方である。せっかくの人生最大のモテ期なのに、何故男ばかりに告られるのか。

「悪いけど……」

 再び椅子に腰を下ろしながら断ろうとすると、沢村がそれを遮った。

「俺が男だからですか?」

 真剣な眼差しで問われた恵也は、嘘で誤魔化すことも出来ずにジッと後輩を見詰める。やがて覚悟を決めると、いや、と答えた。

「好きな奴がいるんだ……」

 小声だがきっぱりとした恵也の言葉に、沢村が、ハア、と大きく息を吐いて肩を落とす。そして椅子の背に寄りかかって天井を振り仰ぐと、再び視線を下ろして恵也を見た。

「付き合ってるんですか?」

 尋ねられて、恵也は再び、いや、と答える。

「たぶん……ずっと俺の片想いだ」

「諦めないんですね」

 恵也の言葉に沢村は笑顔で言うと、再びキーボードに指を載せた。

「じゃあ、俺も諦めません」

「え?」

 軽快なキータッチの音と共に言われて、恵也は驚いて沢村を見る。沢村は再び手を止めて恵也を見ると、いつもの人好きのする顔でニッと笑った。

「『勝負は最後の最後まで諦めるな』、俺は先輩にそう教わりましたので」

 それは沢村が新人の頃に恵也が言った言葉だった。

「そうか……」

 恵也は思わず笑みを浮かべると、勤務日報の画面を開く。

(そうか……)

 恵也は胸の内でもう一度呟くと、沢村の言葉に感謝した。

(では、俺も諦めない……)

 少なくとも橘は自分を『好み』だと言ったのだ。

 『まぁ……もしあんたがオッケーって言うなら試しに付き合ってみるのもアリかなー、とも思うんだけどさ?』

 橘のとぼけた言葉と照れ臭そうな顔を思い出し、恵也は胸の内で決意した。

(だったら『姫』から奪うまでだ……!)

「よし!」

 恵也は今日廻った得意先の名前をダダダッと一気に勤務日報に羅列すると、素早くシャットダウンをかけて立ち上がる。

「鍵、頼むな。あまり遅くならないうちに帰れよ」

 急いで帰り支度をしながら言うと、それを見た沢村が情け無さそうに笑った。

「飯も誘わせてくれないんですか? 先輩」

 苦笑交じりに問われて、恵也は慌てて「すまない!」と謝る。

「ちょっと急いでて……メシはまた今度な!」

 鞄を掴んで急ぎ足で戸口に向かいながら言うと、沢村が笑顔でヒラヒラと手を振りながら「はいはい」と答えた。

「急ぐと危いですから気を付けて下さいね、先輩!」

 ドアを開けようとするその背に、常と変わらぬ沢村の明るい声が掛けられる。恵也は沢村のその優しさに感謝しながら、大急ぎで事務所を後にした。



 ライダースーツに着替えて愛車に跨り、エンジンを噴かして通い慣れた道を急ぐ。夜の国道は仕事帰りの車や大型トラックで混んでいたが、それなりに流れていて、程無くコンビニエンスストアの灯りが見えて来た。何も無い荒地の只中にポツンと建っている店舗は、まるで砂漠の真ん中にあるオアシスのように見える。その駐車場の隅に二台のバイクが駐まっているのを見つけた恵也は、その色を確認して口元を緩めた。

(橘だ……)

 だとすると、並んで駐まっているバイクは副官のものだろう。スピードを緩めて駐車場に乗り入れると、バイク脇の車止めに腰を下ろしていた男が立ち上がった。やはり副官だ。どうやら店内に挨拶に行ったヘッドを待っていたらしい。

「よお」

 ボソリと挨拶されて、ども、と答える。

「橘は?」

 少し離れた場所にバイクを駐め、ヘルメットを脱ぎながら尋ねると、金色の長髪を後ろに流したV系ロックバンドみたいな副官が口の端を上げて笑った。

「世界広しと言えど、ウチのヘッドを呼び捨てにして無事でいられるのはお前くらいだろうな」

「ああ、そうか」

 確かに、関東でも名の知れた暴走族のカリスマヘッドが若い金髪男に呼び捨てにされていたのでは周りに示しが付かないだろう。思わず謝ろうとした恵也は、しかし、そのカリスマヘッドが大喜びで追い掛けているのがその金髪男の尻なのを思い出してアホらしくなる。

「おっ、姫!」

 と、そこへ当の本人が店から出て来る。恵也の姿を見とめると、嬉しそうに声を上げて破顔した。

「今日も可愛いなあ。元気だったか?」

 その顔と声を聞いた途端に恵也の心臓がドキンと跳ねる。途端に鼓動がドキドキと騒ぎ出し、カアァッと顔に血が昇った。

「え?」

 自分の顔を見た途端に真っ赤になった恵也を見て、橘が驚いたように目を見開く。恵也は慌てて視線を逸らすと、ども、と小さく答えて唇を引き結んだ。

(ダメだ……!)

 自分の気持ちに気付いた途端、ポーカーフェイスが作れなくなる。心なしか目もウルウルと力が入らなくなってきて、これでは全身から『好き好きオーラ』を発しているようなものだった。

(どうしよう……!)

 恵也の変化に気付いた橘が、俄かには信じられないように恵也を見詰める。その顔が、やがてフワリと嬉しそうに綻んだ。

「夢じゃないよな。嬉しいぜ、姫!」

 言葉と同時に両腕で勢いよく抱き締められそうになり、恵也は慌ててバイクの後ろに回り込んで逃げる。

「か、勘違いするな!」

 大慌てで否定したが、橘は「何がだよ」と言うと嬉しそうに笑った。

「その真っ赤な顔が何よりの証拠だろ? 俺に惚れてくれたんだろ? 姫」

 橘はそう言うと、「諦めなくて良かったぜ。これで相思相愛だな!」と嬉しそうに続ける。

「違うから!」

 恵也は真っ赤な顔でムキになって否定すると、ギュッと目を閉じて叫んだ。

「お前なんか好きじゃないから!」

 相思相愛は嬉しいが、しかし『姫』にフラれなければ橘は自分の方を向いてはくれない。するとそこへブオンブオンブオンとエンジン音を響かせながら、数台のバイクが駐車場に乗り込んで来た。

「姫から離れろ! 橘あああッ!」

(ああ、また面倒なのが来た……)

 恵也は剛田の怒鳴り声に額を押さえて俯くと、ハア、と大きな溜息をつく。剛田は橘のすぐ後ろでバイクを停めると、ドカドカと恋敵に歩み寄ってその肩を掴んだ。

「姫は俺のだ! 手を出すな!」

「うるさい! 姫は俺に惚れてんだよ!」

 剛田の怒声に橘が声高に返す。そして、自分の肩を掴んでいる手を振り払うと「見ろ!」と言って恵也を自信満々で指差した。

「俺を見たら真っ赤になった。あの潤んだ瞳が何よりの証拠だ!」

 その言葉に、恵也は更に耳まで真っ赤になって狼狽える。職場ではクールビューティと呼ばれている恵也も、こと恋に関しては形無しだった。

「嘘だろ、姫!」

「そうだよな、姫!」

 剛田と橘が交互に叫んでバイク越しに恵也に詰め寄る。

「違うから!」

 恵也は必死になって声を張り上げると、左手を上げてまっすぐ真横を指差した。

「俺、こいつと付き合ってるんだ!」

 人差し指の先にはクレイジータイガーの副官が立っている。副官は無言で恵也を見ると、次に橘をチラと見た。

「はあッ? 環とッ?」

(た、環って言うのか……)

 副官の名前さえ知らなかった恵也は、冷や汗を掻きながら「そうそう」と答える。

「な……たまき?」

 長身の男を見上げ、救いを求めるように恐る恐る尋ねると、無言で三人のやり取りを眺めていた副官がおもむろに口を開いた。

「姫……別にヘッドの前でもいつものように『京夜』って呼んでいいんだぞ。そう言ったろ?」

「きょう、や……?」

 副官の言葉に、『環』が名字だと気付いた恵也は再びドッと冷や汗を掻く。

「そ、そうか。悪い……」

 しかし、その言葉から察するに、どうやら環は自分のことを助けてくれるつもりらしい。ホッとして思わず笑みを浮かべると、それを見た橘が眦を険しくして副官を睨んだ。

「ちょっと待て! どういうことだ、環!」

「いや、ヘッドの代わりに挨拶に来た時にうっかり瞬殺で落としちまいまして……」

「瞬殺でッ?」

 橘が環の言葉に愕然として声を張り上げる。

「本当なのか、姫!」

 瞬殺はちょっとイヤだなあ、と思っていた恵也は凄い勢いで詰め寄られると、慌ててコクコクと頷いた。

「瞬殺でオトサレマシタ……」

 こめかみから血が噴き出しそうな羞恥をグッと堪えて言うと、橘と剛田が同時に「マジでか!」と叫んで凍り付く。

「嘘だろ、姫!」

 橘が叫びながら手を伸ばして恵也の肩を掴もうとすると、一瞬早く環の手が伸びて恵也の頭をグイと自分の方に引き寄せた。

「というわけで、コレはもう俺のネコなんで手を出さないでくださいね。ヘッド」

 そしてそう言うと、引き寄せた恵也の頭にチュッと音を立てて口付ける。

「うわッ……!」

「ナニしやがる、環!」

「汚い手を離せ、この野郎!」

 途端に恵也の叫び声と、橘と剛田の怒声が重なる。環はフッと口の端を上げて笑うと、やにわに恵也の腰を掴んで小柄な体をヒョイと肩に担ぎ上げた。

「わあッ!」

 いきなり俵担ぎされた恵也は、慌ててジタバタと足をバタつかせる。環は恵也を担いだまま自分のバイクに歩み寄ると、他の二名が呆然と見詰める中、恵也をシートに座らせて頭にスッポリとヘルメットを被せた。

「んじゃ、俺らこれからデートなんで、また明日」

 そしてそう言うと、自分もヘルメットを被って恵也の後ろからハンドルを掴む。長い足をヒョイと上げてアンダーテールの付け根に腰掛けると、ブルンと勢いよくエンジンをかけた。

「ちゃんと掴まってろよ、姫」

「ちょっ……ちょっと待て……!」

 慌てて止めようとした途端、グンと体が後ろに引かれてバイクが飛び出す。

「どうするんだよ、俺のバイクーーーッ!」

 大声で叫んだが、環は無言でバイクを走らせると、そのまま国道へと乗り出した。


「……どこへ行くんだ、環」

 バイクは国道を南下すると、間もなく脇道に逸れた。畑の真ん中の道を進むと、間もなく雑木林の陰に入る。ここまで来れば橘が後を追って来ても見つかることはないだろう。そう思って尋ねると、環が「京夜」とボソリと答えた。

「そう呼べって言っただろ?」

「……怒ってるのか?」

 恵也の嘘に合わせたのは環の意思だが、結果的にヘッドを裏切らせる形になってしまったのは事実である。恐る恐る尋ねると、環が口の端を上げて笑う。

「なんだ、妙にシオらしいな」

 面白そうに問われて、恵也はムゥと唇を尖らせる。

「悪かったと思って……ありがとうな。助かったよ」

 謝りついでに礼を言うと、環が再び口角を上げてフッと笑った。

「別に。面白そうだと思ったから合わせただけだ」

 そしてそう言うと、瓢箪から駒ってこともあるしな、と付け加える。

「あそこでいいか」

 言われて視線を向けた先には、煌びやかなネオンで縁取られたラブホテルの看板が見える。

「ちょっと待った、環!」

 慌てて叫ぶと、環が「京夜だ」と再び訂正してから鼻先で笑った。

「何もしねえよ。このバイクだとどこにいても見つかっちまうから、ちょっと避難するだけだ。DVDでも見ようぜ」

「ほ、本当だろうな……」

 ゴクリと喉を嚥下させながら問う間にも、バイクはあっという間にラブホテルの駐車場に滑り込んでしまう。

「ホント、ホント」

 環は軽い口調で返すと、車用の駐車スペースの真ん中に愛車を駐めて、目隠しのバーをバイクのナンバープレートの前に立てた。

「泊まれないぞ。明日、仕事だし」

 前を行く長身を追い掛けながら言うと、その言葉に環がちょっと目を見開いて恵也を振り返る。

「高校生じゃなかったのか?」

 あくまで面白そうに問われて、恵也はムゥと唇を尖らせた。

「社会人だよ」

「いくつなんだ?」

 歳を聞かれて、恵也は言い淀む。

「あんたは?」

 反対に尋ねると、環は「いくつに見える?」と同じように尋ね返しながらホテルの自動ドアをくぐった。

「どこがいい?」

 部屋の写真が並んだパネルの前で問われて、物珍しそうに周囲を眺めていた恵也はそれを見上げる。

「一番安い部屋でいいよ」

 答えると、環は一階で一つだけ明かりの付いている部屋のボタンを押した。

「管理人室の隣はたいてい安い」

「へえ」

 管理人室の隣なら何かされそうになっても叫べば助けて貰えそうである。ちょっと安心しながら後に続いて部屋に入ると、環がおもむろにライダースーツを脱ぎ出した。

「ちょっと待った、環!」

 慌てて叫んで戸口へ逃げようとすると、環が薄く笑いながら面白そうに恵也を見る。

「こんなもん着てたらくつろげないだろ。お前も脱げよ」

 そしてそう言うと、脱いだライダースーツをバサリとソファの背に放り投げ、ボクサーパンツ一枚でテレビ脇にあるラックを物色し始めた。ラックの中にはたくさんのDVDが並んでおり、環は本気で映画を観るつもりらしい。

「何があるんだ?」

 実は映画好きな恵也は、興味を覚えて歩み寄る。

「何がいい? AVもあるぞ」

 揶揄うように問われて、恵也は再びムゥと唇を尖らせると、手を伸ばしてラックの中を指差した。

「これが観たい」

「これか?」

 環は恵也が指差したDVDを手に取ると、意外とロマンチストなんだな、と言って笑う。かなり昔に撮られた外国映画はいまだに不朽の名作で、恵也は不機嫌な顔で「悪いか」と返すと自分もライダースーツの前をくつろげた。

 DVDをデッキに挿し込むと、すぐに見慣れたオープニングが始まる。環が冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を飲みながらソファにゴロリと横になり、それを目の端で確認した恵也は自分も同じようにベッドの上に横になると、いつしかトロリと目を閉じた。

「おいおい……」

 少しして、呆れたような環の呟きが恵也の意識を微かに撫でる。

「信用されてるんだか危機感が無いんだか……」

「信用してるよ……六時に起こしてくれ」

 苦笑交じりの言葉に夢うつつで答えると、遠くで環がクスリと笑うのが聞こえた。


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