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寄せて上げるなんてありえない

 目を覚ましたら男に戻っていた。やったー!



 という夢を見た。ちょっと期待してたんだけどな。

『戦わなきゃ、現実と』と、頭の中で青いタヌキもどきが囁いた。うるさいよ!


 目覚め自体は快適だった。寝る前に筋トレとストレッチをたっぷりしたし。

 特にトレーニングには熱が入った。オレもいつか空中コンボができるようになりたい。努力しよう。



 顔を洗ってダイニングに行くと、父さんはもう食事を終える所だった。着替えも終わっており、すぐにでも出かけられる格好だ。早いな、会社も近くなったはずなのに。

 挨拶をした後、その事を訊ねると、絶対に定時であがりたいので、早めに出社するだそうな。残業させられればいいのに。

 ちなみに昨夜の一件で、デジカメは奪っておいた。ガチ泣きしてたが、しったこっちゃない。


「出社前に、朝のアキラちゃんを一枚」


 パシャリ。

 以前のデジカメだった。速攻で取り上げた。涙目になってるな。『またカメラ買ってきたら、来月のお小遣いは無しよ』と母さん。泣きだしたよ、いい大人が。そのまま出て行った。いってらっしゃい。

 このデジカメどうしよう、2台もいらないな。母さんにあげよう。



「ごちそうさま」


 今朝は、ご飯に味噌汁にノリにベーコンエッグにお漬物だった。お昼は夕べのカレーだろうな、楽しみだ。一晩たったカレーウマー。

 歯磨きして、トイレにいって、着替え。んー、スエットでいいか。ゆったりしてて楽でいい、パーカーでも羽織れば、外に出てもおかしくないしな。引きこもる予定だけど。

 グレーのスエットに着替えた。本当なら軽くジョギングでもしてきたい所だけど、まだ外を出歩く気がおきない。勉強するかなー。



 うーん、学校指定の教科書が無い状態だと効率悪いな……。適当に買った参考書や問題集だけじゃいまいちノリが悪い。中学の復習メインに切り替えるかな。

 仕方ない、明日お願いして教科書だけは買いに行こう。たしか送られてきた書類にどこで売っているか載ってたしな。ついで新刊もチェックしたいし。


 カリカリカリ……。歴史の勉強と称して、時代小説でも読もうかな。っと集中集中。基本的にオレは勉強ができるので、授業の予習復習+αでそれなりに良い成績が取れるのだが、積み重ねが大事だしね。

 成績が落ちると、せっかく勝ち取った『ゲームは一日2時間』の権利が無くなってしまうのだ。ああ、ネット早く繋がらないかなー。



 しばらくコツコツ頑張っていると、『そろそろお昼よ」と階下から呼ばれた。もうそんな時間か。


 とてとて降りる。うん、カレーの良い匂い。急にお腹が空いてきたYO!


「ちょっと買い物に行って来るから、お留守番お願いね」


 こくこく。カレーを食べてるので頷いて返事。


「今日は来ないと思うけど、もし宅配便がきたらこれで払っておいてね」


 ……あれか。例のゴスロリか。受け取り拒否したらおばあちゃん泣くかな。宅配便爆発しないかな。

 黒い顔をしているオレを気にもとめず、母さんお出かけ。あれだな。どうせすぐバレるだろうけど、受け取ったら部屋の押入れにでも隠しておこう。





 ーーーーーーーーーーーー





 ごろごろごろー。ソファを転がりながらテレビを眺める。おもしろくないなー。笑ってもいいんじゃよ?だけはしっかり見てしまったが。タモルさんはまったく老けないよな、不老不死なのかもしれん。


 ごろごろごろー。流行の漢流ドラマとやらは、よくわからないな……。このヒゲモジャの男がヒロインなんだろうか?スカートはいてるし。なんか『兄者ー!!』とか叫んでるんだけど。


 ごろごろごろー。チャンネルをNKHにしてみた。ちなみにNihon Kyousei Housouの略らしい。見てない人からでも強制的に視聴料を取るからだそうな。うちは結構見るけどね。

 子犬と子猫がじゃれあっている映像が流れていた。かわいい。これはボリュームも上げてじっくり見なければ。


 子犬『へっへっへ、いい毛並みじゃねえかよう』

 子猫『いやー!近寄らないでこのケダモノ!』

 子犬『シッポの毛をそんなにふくらませて、いいのか?ここがいいのか?』

 子猫『うう、こんなにモフモフされたらアタシもうお嫁にいけない……』


 なんだこのアフレコは。

 明らかに映像に合ってないセリフが、声優さんによって当てられていた。あなどれないなNKH……。つか頭おかしい。


 アフレコはアレだが子犬と子猫は非常に愛らしいので、見入っていたら母さんが帰ってきた。おかえりー。


 ただいま、と言いながら後ろで母さんがガサゴソやっている。包み紙でも開けてるのかな?

 テレビでは、子猫が反撃を開始していた。『この貧弱な犬やろぅ! アタシの肉球をお舐め!』やっぱりこの番組作っているヤツは頭おかしい。


 子猫の肉球パンチに、しばし和んでいると母さんが隣にやってきた。



「アキラ、脱ぎなさい」


 手にブラジャーと、女物のパンツらしき物が見えた。

 さっと腰を浮かし、脱兎のごとく逃げ出すオレ。だが3歩もいかないうちに、見えない手で投げられるような感触と供に、何故かソファーに座っていた。え? なにこれ?


「真空投げって言うのよ。さ、脱ぎなさい」


 力だけじゃなく技まで充実してるのか……。だがこれしきの事で! もういっかい! もういっかい! 空中で一回転させられた。そしてソファーに座っていた。


「次は痛くするわよ?」


 抵抗する意思は、完全に失せた。戦闘力が違いすぎる。心折られるってこういう事を言うのか……。





 ーーーーーーーーーーーー





 心折られたオレは、母さんの部屋で上半身裸のままブラジャーの付け方を教わり中なぅ。

 ちなみにパンツは既に履かされてる。トランクスの開放感とは正反対の、ピンク色の小さな布切れ。

 なんかライラック系のラダーリボンなんたらと言うそうだが、どうでもいい。思ったよりきつくないのは、ナニがないからか。うぅ……。

 ブラジャーは3/4カップ?タイプ。細かいフリルっぽい装飾に、カップとカップの間にリボン。さらにどうでもいい。


「肩ヒモを通した後、腰を90度に曲げて、カップを胸にあてて……」


 母さんの部屋は和室。障子のおかげで外からは見られない。大きな3面の鏡台には色々と化粧品? が並べてあるな。


「ぐっと持ち上げたら、そのまま手を背中にすべらせて、まずはホックを……」


 ちなみに父さんの部屋は書斎っぽくなっている。でっかい机に、でっかい本棚。それとは別にPCデスクもあったな。あと観葉植物も置いてあった気がする。


「左手で持ち上げながら、隙間に右手を入れて、脇のお肉を集めて……。アキラ、ちゃんと聞いてるの?」


 それとは別に、二人が一緒に寝るだけのベッドルームもある。2階も、オレの部屋とは別にもう一部屋あるし、何気に凄いなこの家。


「アキラ?」


 いてててててて! 一応聞いていましたが、現実逃避してました! 頭蓋骨割れる、割れるうううううう!



「聞いてました! ごめんなさい! 脇のお肉なんて余ってません!」


「なにそれ嫌味?」


 うわ、こわっ。なんでそんなに怖い顔するの母さん。確かにちゃんと話は聞いてなかったけど、体は動かしてたから、大体言う通りにやってたはずだけど……。


「まあいいわ。あとは肩紐を引っ張りながら、体を起こして……」


「背中のアンダーベルトをきゅっと下げる」


 こんな感じかな?ん、ぴっと締まった感じだ。意外と悪くないな。実は結構揺れて痛かったりしてたからな。

 肩をぐるぐる回したり、軽くぴょんっと跳ねてみたりする。おおー、ブラジャーいいな!



「サイズやカップは問題なさそうね。でも一応チェックと」


「ひぅっ!?」


 胸を鷲掴みにされて、乳首を指で押された。まさか実の母親にもセクハラされるとは。変な声出しちゃったじゃないか!


「な、なにすんだよ母さん!?」


「乳首がちゃんとバストの真ん中にきてないといけないのよ。問題なさそうね」


 そ、そうなのか。奥が深いなブラジャー。別にそうでもないか。ところで、何でまだ揉んでるんだろう?くすぐったい。


「母さん……?」


「これで勝ったとか思わない事よ?背中のお肉を駆使すれば私だって……」


 聞こえない! 聞こえないぞ! 思わず顔が火照る。だいたい好きで大きくなった訳でもないし、勝手にライバル心を持たれてもなあ。



「まあいいわ、次はこれね。あまり買えなかったけど、明日明後日には私のお古が届くでしょうし」


 はいはい、ここまで来たら何でも着ますよ。とりあえずドレスとかじゃなきゃいいや。えーとブラウスにカーディガンにスカートにハイソックス、か?



「タイつきブラウスね。マジックタイプだから取り外しも楽だし、胸元がオシャレでしょ」


 そうですか。


「カーディガンはベージュ色で。白のブラウスに良く合うはずだわ」


 んー、よくわかんない。


「スカートは悩んだけど、ライトグリーン地に小花柄で。わざと短いの買ってきたから、動いてもパンツを見せないように練習するのよ」


 練習が必要なんですか。


「あとはニーハイ。慣れないうちは脚が寒いでしょうしね。まあ寒いのは基本的に我慢するのだけど」


 あ、やっぱ寒いのを我慢するんだ。ズボンでいいじゃんかよ……。



 黙々と着るオレ。そう、オレはお人形。着せ替え人形。人形は何も感じない、考えない……。



「まあかわいい。ってアキラ大丈夫?なんだか目の光がないわよ」


「大丈夫デス。ワタシは。お人形さん。デスから」


「まあアキラが壊れたわ」


 え? 壊れてないデス。次はどのお洋服を着ればよいデスか?



「まあいいわ。そうだ、いまのうちに写真でも撮らせてもらいましょう」


「心配してよ! 少しは!」


 オレは人形から人間に戻った。早かったな。というか写真って。どれだけ撮影好きなの、ウチの親は。


「一昨日まで男だったんだよ!? 少しは気を使ってよ! あと写真はやめて!」


「下着は百歩譲ってもいいよ!? でも服なんて今までのでいいじゃない!? この服も母さんが着れば!」


 人間に戻ったら感情が爆発した。なんだよこの服! これでパンツ見せるなとか無理に決まってんじゃん! 無駄にフリフリしてるし! かわいいな! 服!



「これ以上ギャーギャー騒ぐなら、こっちのセクシー下着を履かせるわよ?」


 黙りました。ごめんなさいお母さん。もう騒ぎません。なんか黒とか紫色が見えた。



「それにいじわるしてる訳じゃないのよ」


「慣れるなら早い方が良いと思って。仕方ないじゃないの、女の子になっちゃったんだから」


 うー……。確かにそうかもしれないけどさ。考え込んでいるオレをやさしく撫でながら、そっと肩を抱いて、鏡のほうに向ける。


「かわいいわね、男のアキラもかわいかったけど。ほら、見てみなさい」


 確かによく似合ってる。ちゃんと選んでくれたのかサイズもぴったりだし、なんというか愛情を感じる。ってちょっと恥ずかしいな。


「色々大変だと思うけど、私達はちゃんと受け入れるから、アキラも早く受け入れて。お願いだから。」


 なんか昨日も同じような感じで慰められたな。ごめんなさい母さん、何度も大騒ぎしちゃって。そうだよな、仕方ないよな、受け入れよう。受け入れる努力をしよう。



「……ごめんなさい、母さん。頑張ってみる。すぐには無理だろうけど」


「私も手伝うから、ね」


 ぎゅっと抱きしめられる。ふわっとした、どこか懐かしい感じの甘い香りがした。


「だから、部屋にある男物の服は、全部捨てましょうね」


 無理。頑張れない。





 ーーーーーーーーーーーー





 捨てるのだけは勘弁してくれと泣きついた結果、スエット等の一部を残してダンボールに入れて保管、という形に落ちついた。

 どこにしまうの?と聞いたら、寝室の押入れに余裕があるので、そこに仕舞うとの事。

 二人でダンボールに服をたたみながら入れていく。さらばオレのトランクス。未来でも頑張れよ!



 寝室はちょっとだけ狭い。大きなダブルベッドのせいかな。枕元のティッシュの箱に、意味もなくドキドキしてしまう。

 しかしこの部屋……。


「なんでオレの写真があちこちに貼ってあるの?」


「楓さんの趣味よ」


 きもい。早くも、女のオレ写真が貼られてる。比率としては男3女1ってトコか。


「書斎はもっとすごいわよ?天井まで貼ってるから」


 なんだそれは。オレはアイドルか。デジカメ早めに取り上げて正解だったなー。



「枕元にまで貼ってある……。寝る時に気にならない?」


「見られてるみたいで興奮するわ」


 そういう意味で聞いたんじゃないよ! 生々しいなもう! 母さんも変態なのか!?




「アキラ、弟と妹どっちが欲しい?ちょっと年が離れるけど美人姉妹もいいわね。私も入れたら美人三姉妹ね」


「好きにすれば!?」



 乱暴にダンボールを放り込んで寝室から逃げ出した。

疲れたよ、もう。

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