親友なんてありえない 【ターボ】
「そういや周りの連中には、アキラが以前は男の娘だった、って事は隠しているのか? 最初は喋り方も女らしかったし」
教室に戻る道すがら、ふと気になったので聞いてみた。
「なんかまた発音が気になるんだけど……女になったのは事実だし、こっちに知り合いは一人もいなかったから、普通に女で通してるよ」
母さんには女の子らしくしないといじめられるって脅されてたし、等とぶつぶつ呟いている。
それは放っとくとして、一応は安心した。
流石に天然なアキラでも「俺は元男で、いきなり女になりました!」なんて周りにしゃべる訳ないか、ヘタすりゃ不思議ちゃん扱いだしな。
あれだけ説明されたので一応は俺も納得したが、昔のアキラは自分の事を男だと思い込んでいたか親に強要されてたかして、男装していただけという疑惑が未だに捨て切れん。
……しつこいようだがちんちんも見てないしな。
「色々うるさくってさ、料理とか洗濯とか色々やらされるんだ。それはまあ、お手伝いだと思えば別に構わないんだけど、立ち振る舞いがどうのとか、言葉遣いがこうのとか無理矢理指導されて--」
なんだかアキラが愚痴り始めた。
「--あぐらかいてただけで怒るし。パンツは見せないようにしろ、風呂上りに裸でうろうろするなと、か」
そりゃ怒られるだろ、あとお前パンツ見せてたからな。
「言葉遣いの方は、学校ではちゃんとすれば良いって許してもらったんだけど、髪の毛は切らせてくれないし、なにかあるとすぐ着せ替え人形にしようとするし--」
愚痴が長えな、何時の間にか足も止まってるし。マジでそろそろ時間やべえんじゃねえか、プリント写す余裕あるのか?
「--はつらいし。知ってる? すっごい血がドバドバ出るんだよ、初めて来た時は気絶しそうになった」
そんな話を聞かされる俺が気絶しそうなんだがって……時計みたらあと20分もねえじゃんか!
「わかったアキラ、愚痴はあとでいくらでも聞いてやるから、まずは教室に戻ろうな、な?」
「あ、うん」
よし、後はこれだけ本人に確認をとっておくか。
「それとだ……しつこく確認して悪いが、お前は学校ではちゃんと女って事で通してるんだな?」
「うん、一応女だし……母さんのおかげでボロは出てないと思う、多分」
「わかった。じゃあ俺も気を使って、アキラの事は普通の女の子らしく扱う事にするぜ」
ちなみに俺は普通に女の子にパンツ見せてとか言う男だけどな。
とにかくだ、昔みたいに男同士だ的な扱いをしたら色々と問題になりそうだし……ってアキラがめっちゃ暗くなってる!?
「そんな……親友なのに……他人行儀に……気を使うだなんて…………」
ちょっと待て、何でそういう受け取り方をするんだ。
「普通のって……その辺の女生徒みたいに扱うって事? ひどい…………」
アキラがヤンデレ女かメルヘン女みたいな理屈をこね始めた。
「男でも女でも親友だって言ったのに……信じてたのに…………」
ああああああ、こいつちょっとめんどくせえ!!
「誤解だ! 俺とお前はちゃんとマブダチだぞ! 気を使うって言ったのはあれだ、お前は女の子になって言葉遣いとか態度も女らしくしてんだろ? そこで俺が昔みたいに男扱いしたら変じゃねえか」
「ん……確かに……」
「そういう意味で気を使うって言ったんだ、わかったな?」
「うん、わかった! オレがもっと男らしくすればいいんだな!」
全然わかってねえぞコイツ……そのナリでどうやって男らしくするんだよ。
ニコニコしながらガッツポーズらしき物までとってやがる。
「それにしてもコーイチが気を使うなんて……やっぱり事故の後遺症が……」
どういう意味だそれは。
「俺は正気だからな?」
「え、コーイチ正気だった事あるの?」
よし、お前が俺をどういう人間だと思っていたのか良くわかった。将来絶対アヘ顔ダブルピースをさせてやるからな。
怒りと邪悪な妄想を籠めた視線を送ってやると、アキラが慌てて言い訳を始めた。
「ごめんごめん、正気だった時もあるよね。でもそんなに深刻に考えないでいいよ? ちょっと女になっただけだし」
「だった時もあるってどういう意味だ……あと、深刻な顔をして大泣きしてたのはお前だからな?」
「えー……」
えーじゃねえよちくしょう、アキラが余計な真似するから時間が更にやばくなってるし。
「お前はいつか調教するとして教室に戻るぞ、俺を留年させたくなければ急げ」
「あ、うん。留年しても親友だから安心していいよ?」
そういう話じゃねえ。
つっこみを入れるとまた無駄話が続きそうだったので我慢し、小走りで階段を降りる。
繰り返し説明するが、俺の出席日数は一ヶ月も入院していたせいで早くもやばい。
たかが自習のプリントでも、きっちり提出して少しでも点数稼ぎをしたい訳だ。
委員長、たしか田中だっけ--が自習時間の終わりに集めて、サクっと全員分まとめて提出しちまうよな。
後から一人で出すとサボってたようで印象が悪い気がするし、田中に写させてもらうか。アキラが終わってから写すんじゃ絶対間に合わないしな。
「あーアキラ、プリントは田中に見せてもらう事にするわ」
「えっ」
田中なら絶対終わってるだろうしな、そうすれば時間中に提出できる。昼休みくらいは落ち着いて過ごしたいしな。
そういえば昼飯どうすっかな、金を借りるのはイヤだしクラス全員からちょっとずつもらうってのはどうかな。アキラに頼むと全部寄越しそうだし。
と、プリントは既に終わったつもりで昼飯の事を考えていると、アキラがまた何かぶつぶつ呟いているのが耳に入った。
「また田中と……なんで田中ばっかり……許せない、田中許せない……!」
またヤンデレっぽくなってるぞ。
でも時間も無いし放っておこう、もうすぐ教室だしな。
「コーイチ!」
「うお、廊下で大声出すなよアキラ」
「やっぱりプリントは自分でやらないと良くないと思う、田中のを写したら先生にチクる!」
「はははコヤツめ、あまりその冗談は面白くないぞ?」
「本気で言ってるぞ!」
本気なのかよ。
この期に及んでマブダチに裏切られるとはどういう事だ。
アキラはすっげー睨んでくるし、俺がいったい何をしたってんだ……。
ちょっと待て俺、よく考えろ俺。
「……やっぱアキラのプリントを写させてもらおうかな、マブダチだし」
「あ、うん、すぐ終わらせるから待っててね」
「……ああ、なるべく早く頼む」
提出が遅れた理由は田中が持っていき忘れた、にしておこう。
アキラの友情が重くて辛い。
つーか暴走してないか? コイツ。
まあいい、とっとと教室に入ろう。ガラガラっと。
「話は聞かせてもらった! 人類は滅亡する!」
引き戸を開けて入る時はこのセリフを言いたくなるよな。
反応するヤツはゼロか、俺が生まれる前に出たマンガのセリフだししょうがねえか。
……にしてもやけに静かだな? なんか全員の視線が異様に冷たいっつーか厳しい。
「話を聞かせてもらうのは私で、滅亡するのはアンタよ」
その声は林田か? 相変わらずキツい返しだな、と思いながら声の方を見ると、林田が人殺しみたいな目付きをしながら立ち上がり、近づいてくる。
他の連中、クラスの半分くらいか? もガタガタと続いて立ち上がり、俺とアキラを取り囲んだ。
「で、美里さんとはどういう関係なの? なんで一緒に出て行ったの? やけに長かったけど変な事してないでしょうね? 可及的速やかに答えないと殺すわよ? 答えても殺すけどね?」
どっちにしろ殺すのかよ。
あとさっきから消しゴムのカスみたいな物が顔に向けて飛んできてうざったいのだが。
あれか、こいつら全員アキラのファンか何かか? 女もいくらか混ざっているのだが……アキラもてもてだな爆発しろ。
ちょっと林田とアキラのレズシーンを思い浮かべてみる。
悪くないな、少しでいいから見物させてくれんかな。
「なにいやらしい顔してるの? 変態なの? 発情期なの? 色情狂なの? どういう関係か、さっさと答えなさい!」
何故か考えている事がバレたらしい。殴られる前に答えるか。
「どういう関係つっても……「オレとコーイチは友達だ!」」
そうだな友達だな……っておい!?
友達発言は良いとして、アキラのオレ発言に取り囲んでいるヤツらがざわつき始めた。
「ちょっと待てアキラ! それは違うだろ!?」
ネコかぶって女っぽくしゃべらなきゃダメだろうが!
「あ、ごめん……」
うむ……なんとかごまかせアキラ。
「オレとコーイチは親友だ! 小学生の時からの!」
満面の笑顔で言うアキラ。更にざわつくクラスの連中。
「美里さんがオレ……?」「一人称がオレ……これがギャップ萌えってやつですか」「晶ちゃんがオレっ娘……有りだな」「……可愛い」「美里さんのあんな笑顔、初めて見たわ」「なあ、写メ解禁でいいだろ?この笑顔は永久保存物だぞ」「そんな! マツリを差し置いてそんな人と親友ですよ!?」
何故か概ね好意的だ。
「殺す殺す殺す……」「なんでこんなのと親友なんだよ」「金髪か? 金髪が美里さんの好みなのか!?」「おーい逃げられないように何人か後ろ回れ」「退院してすぐ入院かー、全然気の毒じゃねえからな? 八神ぃ……」「顔はダメよ? ボディーを狙うのよ? 鳩尾を狙うのよ? 肝臓もいいわね?」
そして俺には概ね否定的だ。
「これで良いんだよね? ね、コーイチ!」
「ああ……そうだな……俺とお前はマブダチだ」
「もう、わざわざ言い直させるなんてコーイチも子供っぽいなあ」
照れながらくねくねと体をよじるアキラ。
囲んでいるヤツらの大半は呆然としつつも、そんなアキラを蕩けそうな表情で見つめている。
で、我に返った後は、俺を親の仇でもあるかのような表情で睨んでくる訳だ。
これ以上アキラをしゃべらせると危険だ。
加速的に充満する殺気の中、空気を読まないアキラが俺に擦り寄ってくる。
勘弁してくれ、マジで。
小さい人はなんか鉛筆まで投げてきたし。
とりあえずアキラを戻らせよう。
「あー、アキラ。そろそろプリントやってきてくれないか」
「あ、うん、わかった」
「ゆっくりでいいからな、俺はちょっとコイツらとお話してっから」
「む……」
何故か不満そうに俺と男共、特に田中を交互に見やり、「すぐ終わらせてくる!」と叫んでアキラは走り去って行った。
小さい人や何人かの女子達も追っかけていったな。
残ったのは、俺を殺す気満々の林田他十数名。
説明しても無駄な気がしてならんが、一応言い訳はしておくか……アキラのフォローもしなきゃならんしな。
神経を逆撫でしないように、かつ適当にごまかす。変に突っ込まれる前にしゃべるだけしゃべって知らんぷりすっか。
「聞いての通り俺とアキラは親友だ、小学校の時のな。長話していたのは数年振りに会って積もる話がいっぱいあったからだ。変な事なぞしとらん、どっちかというと俺がアキラに変な事をされそうになってた。ちなみにアキラは子供の頃は男っぽくて、俺も男だと思っていた。多分親御さんあたりが男の子が欲しくて、そういう育て方をしてたんだろうな。今さっき男言葉になっていたのも数年振りに俺に会って昔に戻っちゃってるんだろ。しばらく経てば戻ると思うので余り心配するな。アキラとは本当にマブダチだったしな、そこで久しぶりに会えば子供時代に戻るのもしょうがないだろ。ところで子供時代の男の娘っぽいアキラも可愛かったからな? 今は更に可愛いけどな。屋上で今でもマブダチだって言ったら凄い喜んでたぞ? 大好きだとか言われたし。ははは、うらやましいか? うらやましいだろう」
説明の途中から惚気になって、最後に何故か挑発していた。
「じゃ、そーゆう事だから」
で済むはずもなく、当然のように俺は襲いかかられた。
全員無言だから怖ええ。
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「12人の副委員長が5分で全滅!? 化物ね……」
「……14人ですよ林田さん」
「わかってたけど12人って言った方がかっこいい気がしたのよ」
「……それは負けフラグですから」
良い運動になった、何気にストレス溜まってたしな。
床には田中を除く男子生徒全員が倒れ込んでいる。俺を倒したかったら女の子連れてこい、でもって是非とも押し倒して欲しい。
「こんな有象無象で、象さんも小さそうなヤツラに俺がやられると思ったか?」
「アンタまた強くなった? バカだから体力だけはあったけど……バカだけどね? バーカ!」
「林田もやるか? この狭さじゃお前の機動力は生かせないだろうけどな。やさしく寝技で勝負してやるぞ? 俺はペシミストだからな」
「……フェミニストでは?」
そうとも言うな。
林田は悔しそうに拳を震わせてこちらを睨んでいるが、かかってくる様子はなさそうだ。
田中はもちろん静観。アイツは頭がいいし俺の事も良く知ってるしな、勝てない勝負はせんだろ。
「やらないようだな? じゃあ俺は少しでもプリントやって写す量を減らしたいから、変なちょっかいだしてくんなよ」
「く……! 月の出てない夜には気をつけなさいよ!?」
林田の負け惜しみが心地良いな、はーはっはっは!
「……流石ですね八神くん、今のでファンができたようですよ? 女の子の」
なんだと。
田中が指さした方を向くと確かに女の子が3人いて、熱い視線を送ってきている。
目が合うとトコトコと寄ってきて口々に俺を褒め称えた。
「八神さんって」
「強くて」
「かっこいいですね」
中々可愛い子達だが喋り方がちっとうっとおしいな、なんで3人ひとつなぎなんだ。
「是非とも私達と」
「一緒に写メって欲しいです」
「お願いします!」
「おーい田中、カメラマンお願いカメラマン」
すまんなアキラ、写メるだけだからな。
「……了解、じゃあ君は右手をこう組んで下さい……そっちの方は左手をこう胸に抱えて……」
わかってるじゃないか田中! おっぱい! おっぱい! おっぱい!
「……ここをこう押さえると動けなくなりますから、そうそう逆関節に。あとは上から肩と首を……」
おいおい、女の子にのしかかられるのは良いがこれじゃ身動き取れんぞ? なんか痛えし。
「……できたましたよ林田さん」
「流石ね田中。蘭ちゃん達もごめんなさいね? 気持ち悪いでしょう? すぐ制裁するから少しだけ我慢してね?」
どういう事だ。
いや判ってるけどな。
これは浮気しようとした罰か、すまんアキラ許してくれ、ほんの出来心だったんだ。
違う違う、そうじゃない。
「田中あああ!! 裏切りやがったな!?」
俺の怒声を受けて、こそこそと林田の背中に隠れる田中。
そして林田がサディスティックな笑みを浮かべて近寄ってくる。
こういう時は……。
「アキラああああああ!!」
お前の親友がピンチだぞ!
俺の助けを求める叫びを受けて、アキラが振り向く。
じっとこちらを見つめた後……。
「あと半分くらいで終わるー!」
にこやかに答えて、ひらひらと手を振ってまた机に向かった。
ちげーよ助けてくれよ。
もう一回叫ぼうと息を大きく吸った所で、林田が気になる事を呟いた。
「……なんでアンタなんかと友達なのよ……美里さん、友達なんかいらないって言ってたのに」
「あん? なんだそれ」
「友達なんていらないって言ってたのよ! 初めての挨拶の時に!」
ひねくれたいじめられっ子か、アイツは。
「だから嫌われないように、じっくりゆっくり仲良くなろうとしてたのに!」
「俺としてはアイツがイジメの対象にならなかったのが不思議だよ」
「この私がイジメなんてする訳ないでしょう!?」
お前が今俺にしている事はイジメだと思うのだが。まあどうでもいいが。いや良くない。
「なんて言うか、その……寂しそうだったし、目もちょっとうるうるしてたし、それがとても可愛かったし、話かけたらちゃんと応えてくれるし……」
林田が頬を赤く染めるなんて初めて見たぞ。
「ちょっと過剰なスキンシップを取った時は、まずい!って思ったけど許してくれたし……」
そこんとこ詳しく。過剰なスキンシップってトコ。
「とにかく! きっと彼女は色々あって少しだけ心を閉ざしていたに違いないのよ! でも本当は寂しがり屋なのに違いないの! そう思ったからクラス全員でゆっくり温かく見守もろうって決めたのよ! そうして少しづつ解きほぐして、往々は深い関係になって……」
深い関係のトコ詳しく。つーかこいつレズなのか?
「それを……いきなり出てきたアンタなんかに……ずるいわ! ずるくない? ずるいでしょ? この卑怯者!!」
「お前らバカだろ?」
「なんですって!?」
「寂しそうに見えたってんなら、本気で言ってた訳じゃないって理解してたんだろ? じゃあ普通に友達になりゃいいじゃんか」
アキラがそんなバカな発言をした理由は大体察しがつくけどな。まったくあのガキは……。
「そ、そんな簡単な事じゃ……」
「簡単な事だろうがよ、友達になるなんて」
ぱっと見て気に入るか、話してみて楽しいか、合うか合わないか、単純なこった。
「それをゆっくり見守るとかアホらしい。大体友達なんてな、なろうじゃなくて、なってた、が正しいんだよ」
良い事を言ってるな俺。ドヤぁぁぁぁぁぁ。これがSEKKYOUってヤツだな、うん。
それでも林田はうだうだと「そんなにすぐ上手くいく訳ないわ」だのなんだのぶちぶち言っている。
面倒くせえなおい。
「なんなら俺がアキラに言ってやろうか?」
「なにを?」
「俺以外にも友達作れって。こんな事、口に出して言うのもアホらしいけどな」
林田が考え込み始めた。話を聞いていた田中や3人組も興味津々の様子だ。
「上手くいくかは知らんけどな。でもお前ら嫌われてる訳じゃないんだろ? だったら変な壁を作るなとアキラには言っておく……どうだ?」
纏わりついていた小さい人の様子を見る限りコイツらの考えすぎな気がするけどな。アキラはなんだかんだで緩いし。天然だし。
「友達に……なれるかしら?」
「お前らとアキラ次第だろ。きっかけは作ってやるけど」
繰り返すがきっかけだけだ。
アキラが俺だけにひたすら懷いてくれるってのも捨てがたいが、それはそれで良くない気がするしな。
「深い仲になれるかしら?」
「深い仲ってなんだ」
「恋人的な仲よ。レズ的な……いえ、格調高く百合。愛しあうって言うのかしら? 身も心も一つになるって言うのかしら? タチとネコなら私がタチで」
「是非混ぜて下さいお願いします」
「イヤよ」
ちくしょうこの俺が丁寧に頼んでいるのに!
……まあいい。
多少グダったが話は綺麗にまとまった。アキラと林田のレズシーンは覗き見で我慢しておこう。
「じゃあ話はこれで終わりだな? そろそろ開放してくれ」
「わかったわ、美里さんによろしくね? それはさておき、まだ終わってないわよ」
「まだ何かあるのか?」
「ええ」
なんだ? もしかしてお礼にパンツでも見せてくれるのか? ありがとう林田、お前結構いいヤツだったんだな。
「アンタをボコるのがね」
前言撤回だ。
「アンタら何時まで寝てるの? 美里さんが来る前にボコるわよ? 顔はダメよ? 制服も汚さないようにね? それでいてきっちり締めるのよ?」
林田が次々と有象無象で象さんの小さそうな屍共を起こしている。
俺の方は、女の子相手とはいえど関節を取られているのでほとんど身動きができない。
復活した男連中が無言で俺を取り囲んできた。
ゾンビ映画の主人公の気分がよく判ったよ。
5秒後。
俺はボコられた。
スィーツ(笑)
ってスィーツな訳ねえだろクソが! 覚えてろお前ら!
くっ……意識……が…………。
ーーーーーーーーーーーー
「いい加減に起きてよー!」
む……なんか揺れてるな……気のせいかアキラの声がする。
「美里さん、この辺を……3番と4番の間あたりに貫手を差し込めば一発で起きるわよ?」
「へー」
なんか不穏な会話が聞こえるな。
「お手本を見せてあげるわね? せーの……」
ぐおっ!?
「あ、起きた!」
「良かったわね美里さん」
激痛に身悶えして目を覚ますと、アキラと林田がいた。
そうか、俺は林田達にボコられて……。
怒りを込めた視線を向けてみるが、そしらぬ風にアキラにベタベタしてやがる。その腰に回している手はなんだ。
「全然起きないからプリント写すのもオレがやっておいたよ? コーイチの字を真似るのはちょっと大変だったけど」
「このバカの汚い字を真似るなんて大変だったわね? 苦行だったわね? 可哀想な美里さん!」
可哀想なのは俺だ。それと肩に回した手はなんだ。
「そんなに待たせなかったのに、何ですぐ寝ちゃうかなー」
「バカだから机に向かうと寝る習性があるのよ。バカだから。大事な事なので2回言ったわ」
このクソアマ……アキラにバレないように、ボコった後気絶した俺を椅子に座らせて居眠りに見せかけやがったな。
心の中で林田もひぎぃらめぇリストに載せる。お前は2番だけどな。
「邪悪な気配がするわね」
「気のせいだ」
「それよりもコーイチ、お昼行こうお昼!」
「あーそういやメシ……」
全員から少しづつ分けてもらおうと思ってたが予定変更だ、適当に目についたヤツをボコり返して弁当奪い取ってやる。
そう思って教室を見渡すと男子生徒が一人も残っていない。
「俺の昼飯達はどこだ」
「なんとなくわかったから答えるけど、男子は全員逃げたわよ?」
大人しく弁当を差し出せば半殺しで済ませてやったのに!
林田は一応女だし、逃げ足速いしな。他の女子は……目が合ったとたんに弁当を隠された。
「オレのを分けるよ、だから早く行こうよ」
しょうがない、アキラに甘えるか。平気で半分とかくれそうだが、そこは自重しよう。
オカズの一切二切れじゃ却って腹が減りそうだが……。
「美里さん、甘やかすのは良くないわよ? 全部食べられちゃうかもしれないわよ? 野良犬にエサを与えるとしつこいって言うし?」
「うるせえぞ林田、んじゃ行くかアキラ」
「うん、お弁当とってくる!」
腰まで届きそうな長い髪を揺らしながら、小走りで自分の席に戻るアキラ。昔のショートも良かったが今のロングも良いな、うん。
ふと隣の林田を見る。こいつも三つ編みだけど髪の毛長いなんだよな。そしてアキラには負けるが外見もそこそこ良い。
だが性格が最悪だ……主に俺に対して。
「失礼な事を考えてるわね?」
「気のせいだ。それより、林田も一緒にメシ食うか? 少し分けてくれれば俺の好感度がダダ上がりだぞ?」
「アンタの好感度を上げて何の意味があるの? バカなの? バカよね? ごめんなさいバカだったわね?」
誘った俺がバカだった。
「……美里さんとは一緒に行きたいけど、今日は我慢するわ。さっきの話は覚えているわね?」
「おう……」
アキラには林田以外と仲良くしろと言っておきたいが我慢してやろう。
気に入らない女だが、よっぽどアキラと仲良くなりたいらしく、凄い切実な表情だ……そんな顔されるとな。
「じゃあよろしくね? あと美里さんに変な事をしたら殺すわよ? 潰すわよ? 捩じ切るわよ?」
俺の大きな象さんが縮こまるような事を吐き捨てて林田は立ち去っていった。
入れ替わりでアキラが来たので、そのまま教室を出る。
「屋上でいいかなー、最近は結構混んでいるんだけど。あ、お弁当は半分こでいいかな? 足りないかな?」
「んー……」
弁当箱を見ると、どうみても女の子サイズだ。仮に全部もらっても空腹だろうな……。
「半分でも足りないかな? コーイチ昔からよく食べてたしねえ……」
「正直に言うと足りないが、気持ちだけで十分だ。それに半分ももらったらお前が足りないだろ?」
オカズを少しくれればいい、水でもガブ飲みしてごまかすわと伝えると、アキラは少しだけ考え込んだ後、ポンっと手を叩いた。
「ちょっと待ってて、良い事思い出した!」
そう言って少し進んだ先の教室に入っていった。C組か? B組か? あそこは。
「お待たせー」
ほどなく戻ってきたアキラの手には、大量のヤキソバパンが。
どうしたんだコレ。
「ちょっと前に、唐揚げ一個あげたらヤキソバパン3個くれたヤツがいたんだ、今回はミートボールだけどオッケーだった!」
「それは随分気前の良いヤツだな、名前は?」
「んー知らない」
そうか。是非友達になって俺もトレードしてもらいたかったんだが、名前も知らないんじゃしょうがないな。
早速、もらったヤキソバパンをパクつきつつ屋上へ。
「行儀悪いなあ……あ、ベンチ空いてる!」
俺にはアキラが来たからベンチを空けたように見えたが。
「はい、ここ! 隣、隣!」
手を引っ張られアキラと並んでベンチへ。
気のせいか周りの視線が痛い。
「パンだけじゃ飽きるよね? はい、オカズ! これオレが作ったんだよ」
もぐ……美味いなコレ。
そしてはっきりと殺気を感じる。
「喉渇くよね? はい、お茶!」
ゴク……至れり尽くせりだな。
グシャっという空き缶を潰す音とか、ざけんなゴラぁ等の怒声が聞こえる。
「えーっと、えーっと、他には……コーイチなにかして欲しい事ない?」
「十分だ、むしろこれ以上俺にサービスするな」
金属バットやバールみたいな物を素振りしてるヤツらがいるんだよ。
「えー……」
「お前はそんなに俺を殺したいのか」
「?」
理解ってないようだし諦めよう。
しかしここまで懐かれると個人的にはうれしいが、アキラの為には良くない気がするな。
これでまた俺が消えたりしたら今度こそヤバいんじゃないか?
……消える気は無いけどな。
「あー、そういやアキラ」
「ん?」
「俺が転校した後、他の連中はどうしてた? ケンイチとかシンヤとか」
その質問をしたとたん、アキラが不機嫌な顔になった。
「……知らない」
「知らないって……同じクラスの友達だろ?」
「あんなヤツら……! コーイチがいなくなって一月も経たない内に、いつも通りになるヤツらなんて!」
吐き捨てるように叫んだ後、同意を求めるように俺を見つめてくる。
バカかコイツは。
「いつも通りになって何が悪いんだ?」
「何が悪いって……冷たいじゃないか、あんなに仲良しだったのに、ちょっと経ったらコーイチなんて居なかったみたいにヘラヘラするなんて……」
「居なくなったのは事実だしな、じゃあ何か? 一年ぐらいずーっとメソメソしていたら満足だったのか?」
うっ、とアキラが息を詰らす。
「悪いのは黙って消えた俺だろ? それにアイツらだって少しは悲しんでくれてたんだろ?」
「それは……そうだった……けど……」
しどろもどろになりつつ答えるアキラ。
「新しい環境、俺がいなくなった環境に早く慣れようとしただけじゃないのか? お前が思ってたよりも悲しんでくれてたかもしれんぞ、表に出さなかっただけで」
「そ、そんな事はっ……!」
「わかんねえけどな、実際には俺の事なんかどうでも良かったかもしれない、でもそうじゃないかもしれない。ただ少なくとも一月はお前と同じ様に落ち込んでくれてたんだろ?」
それだけでも十分うれしいけどな、俺は。
「それをお前が悪く言うのは感心しないな」
言い切ってアキラを見つめる。
「だって……だって…………」
ヤバい、アキラが涙目になった。
「ま、まあ一番仲が良かったのはアキラだし、お前がそこまで引きずる事になったのも俺のせいだからな」
ひっくひっくとしゃくりあげてるのだが。
「えーとだな、うん、逆の立場だったら俺も一年くらいメソメソしてたかもしれん」
ぐすんぐすんとすすり泣いているのだが。
「すみませんでした、俺が悪かったので泣き止んで下さい」
俺は土下座をした。どうしてこうなった。
「う゛ー……」
「要するにだ、あまり引きずるのは良くないって事だ。お前その後ちゃんと友達とかできたか?」
「でぎでないー……」
「中学でもか?」
「うん……」
予想通りだな、まったく……。
「今はどうだ? ぱっと見た感じ、クラスのヤツラは皆、お前の事好きみたいだけど」
「ん……悪くはない……みんな優しい……変に構ってくるけど」
「おう、良かったじゃないか。俺なんか半日でクラス中が敵になったぞ?」
「え……そうなの?」
いかん、話がそれた。
「気にするな、それよりもだ……お前、俺以外でも友達作ったらどうだ?」
「……どういう事?」
なんでそこで警戒心剥き出しで睨むんだよ。
「深い意味はねえよ、ただ友達が沢山いれば楽しいだろ? 俺だってなんだかんだでいっぱいいるんだぜ」
「むー……」
泣き止んだと思ったら物凄く不機嫌になってきた。
「……もちろんアキラが一番の友達だけどな」
「そ、そうか……!」
とてもご機嫌になってくれた。
「とにかく! せっかくまた同じ学校で同じクラスになったんだ、昔みたいに仲間集めてワイワイやろうぜ」
「うーん……」
「クラスの連中の事、嫌いじゃないんだろ?」
そう訊ねるとアキラはコクリと頷いた。
「じゃあ問題ないな? 林田とか……小さい人とか……田中とか竹村も悪いヤツじゃないぞ?」
「また田中っ……!」
なんでそこで怒る。
「とにかく適当に仲良くしてみろよ」
「まあそこまでコーイチが言うなら……マツリちゃんや林田さんは、普段から結構しゃべるし」
「そうか。ちなみに林田には気をつけろ、貞操の危機を感じたら大声を出すんだぞ」
ヤツはガチレズだからな。
「よくわからないけど、頑張ってみる」
「おう、どうしても合わなければ無理する事もねーし。何かあっても俺がいるからな」
「う、うん!」
ここまで言ってやっと安心してくれたのか、ようやくアキラが笑顔を見せる。
よし、俺の説教タイムもこれにて終了だ。
ドヤぁぁぁぁぁぁぁって顔ができるほど格好良くなかったがな。
「じゃ、先に戻って顔でも洗って来い。お前ホントすぐ泣くよなあ」
「だってコーイチがー」
ちょっと拗ねた感じで唇を尖らすアキラも可愛いな。
やっぱり男は排除すっかな……田中はさっきの恨みもあるしな。
「冗談だよ、俺もすぐ教室に行くからさ」
「ん、わかった。でも何で一緒に戻らないの?」
「……お話があるからな」
鈍いアキラは気付いてないけど、さっきから俺とお話したがってるヤツラがいっぱいいるんだ。
食後の運動にはちょうどいいけどな。
「じゃあまた教室で! すぐ戻ってきてよー!」
「おう」
屋上の出入り口でアキラが振り返ったので、軽く手を振ってやる。
同じように手を振り返した後、やっとアキラが戻っていった。
ちゃんと顔洗ってくれよな、涙の跡なんか見られるとまた林田達にボコられる。
なんて事を考えながらゆっくりと立ち上がると、お話したがっていた連中が一斉に取り囲んできた。
しかしアキラは大人気だな。友達100人とか簡単にできるんじゃねえか、これ。
いじめられたりは絶対無さそうなので何よりだ。
さて、と……。
「お前らにも説明してやる。俺とアキラはマブダチだ、うらやましいか?」