親友なんてありえない 【その3】
「俺の記憶だと、お前は男だったはずなんだが……」
そうだった、コーイチは何故かオレが男だった事を覚えているんだっけ。
流石親友だな! でもなんて説明しようかな……。
「俺の記憶違いか? いやでも初対面の時に男だって言ってたしな……」
うーん説明といっても、ある日、目を覚ましたら女になってました、だしなー。
「もしかして男装を強要されていた美少女だったのか? それなら納得できるな……」
そういやなんでコーイチはオレが男だった事を覚えているのかな? 父さん母さん以外は皆、元からオレの事を女だと思ってるのに。
「そうだそうに違いない、だいたいアキラのちんちんさえ見た事なかったしな」
役所の書類まで何事もなかったかのように女になってたしなー、理由があるならオレが教えて欲しいよ。
「良かった、本当に良かった……! あの当時、俺はホモなのかと小学生ながら本気で悩んでいたしな!」
でもコーイチが覚えていたのはやっぱりアレかな、友情のおかげかな。ちょっと、いやかなりうれしいかも。
「アキラ!!」
ん?
「昔は無理矢理男装させられてつらかっただろ? 良かったな、今は普通の女の子になれて」
「……なにそれどういう事?」
「はっはっは、本当は女の子だったのに男のふりをしてたんだろ?」
考え込んでいたらコーイチが訳の分からない事を言い出した。
「お前の親父さんもお袋さんもひどいよな、息子が欲しければもう一人作れってんだ」
「なんか勘違いをしているみたいだけど、オレは男だぞ?」
ちなみに弟か妹かわからないけど、もう一人作ろうとしてるよ、父さんと母さんは。
「え?」
「コーイチ、オレの事覚えてたじゃないか、ちゃんと男だっただろ?」
「……………………」
何故黙るんだ。
「またまたご冗談を」
「冗談じゃないぞ」
「……そんなバカな」
バカはお前だ。
「だいたいプールとかで一緒に遊んだろ?」
「……………………」
また黙りこくってる、なんなんだいったい。
「だがオレはアキラのちんちんを見ていない!!」
「でっかい声でちんちん叫ぶな!!」
パーン!
やべ、また引っ叩いちゃった。
「お前いっつもタオルで隠して着替えていたじゃないか! 本当は女の子だったからに違いないんだ!!」
「普通隠すだろ! 小学5年生にもなってすっぽんぽんで着替えてたのなんて、コーイチくらいだ!」
何かというとすぐ脱ぐから裸族って呼ばれてたな、コーイチは。
「じゃあ女装なのか!? とてもそうは見えないぞ!? 線だって細いし! 出るトコはいっぱい出てるし! 声も高くてキレいだし、すごい可愛いじゃないかこんちくしょう!!」
「え、あ、うん、ありがとう? えーっと女装じゃなくて、確かに今は女なんだけど」
「やっぱり女の子だったんじゃないか! ありがとう神様、ロリ神様万歳!」
なんか面倒くさくなってきた。なにがありがとう神様なんだ、そしてなんでロリなんだ。
「えーっと、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「おう、落ち着くぞ」
本当に落ち着いた、流石だなコーイチ……。
んーっと、自分でもよくわからないから正直に端的に言うかな。
「春先にこっちに引っ越してきたんだけど」
「うむ」
どうでもいいけど腕組みしてて、ちょっと偉そう。
「引越しの翌日、目を覚ましたら何故か女になってた」
「へ?」
コーイチは訳がわからないといった、きょとんとした顔をしている。
「信じてもらえないかもしれないけど、本当なんだ。父さんや母さんはオレが男だった事を覚えていたし、家には男物の服だって残ってるし」
オレだってどうしてこうなったか判らないから、本当に説明に困る。
一生懸命、身振り手振りまで交えて、いきなり女になった事、学校や役所の書類まで女になっていた事、親戚も最初からオレを女だと思っている事などを必死になって話した。
父さん母さん以外で、オレが男だった事を覚えていたのはコーイチだけだった事まで一気にしゃべった所で、コーイチがボソリと言った。
「わかった、理由は判らないけどいきなり女になったんだな?」
「!! そうなんだ……信じてくれるか?」
「アキラの言う事だしな、俺は信じるぜ」
良かった……やっと判ってくれた。自分でも理由になってない理由だったけど、コーイチは信じてくれたんだ……。
「で、いつ頃まで男装させられてたんだ? 中学2年くらいまでか?」
ダメだ……全然判ってない。
「あのなコーイチ、出席簿でも男の方だったし、身体検査の時もちゃんと男の方で受けていただろ? ちゃんと思い出してくれ」
「………………」
顎に手を当てて考え込んでいる。ちゃんと思い出してくれれば良いんだけど。
「だがオレはアキラのちん--」
パーン!
あー、手が痛い。
「俺が悪かった、アキラは男の娘だった、すまん」
やっと理解してもらえた。なんだかとても疲れた。男の子って発音の部分が何故か気になったけど面倒だからほっておこう。
つっこんだり怒ったりですっかり忘れていたけど、今まで男だった友達が急に女になっちゃって、実際コーイチはどう思ってるのかな?
こうやって話すまでは、そこが一番気掛かりだったんだけど。
その事を考えたら急に不安になってきた。胃がキューッする。やっぱり気持ち悪いって思うかな……。
しばし物思いに耽っていたらコーイチが唐突に言った。
「それにしても春先に突然、ね……そういや俺が轢き逃げされたのも春先だったな」
「え!? コーイチの事故って轢き逃げだったの?」
「おう、親子2代で轢き逃げされた事になるな。俺は丈夫だったので死ななかったけど」
「そんな……」
しかも親御さんまで轢き逃げだったのか……。
「あー泣くな泣くな、そのおかげで記憶戻ったんだから」
「……そうなの?」
「おう。走馬灯が体感で2時間くらい、3Dサラウンドで全米ナンバーワンな感じだった」
そんなに長い物なのかな? コーイチだからありえそうだけど。
「体の怪我は脚が一本ポッキリ逝っただけで済んだんだけど、いきなり戻った記憶のせいで正直混乱してな。それで入院が長引いたんだよ」
「あう……」
「泣くなよ? 泣くなよ? お前が泣いたら俺はもっと泣くからな?」
荒ぶる鷹のポーズを取ってコーイチが脅してきた。
「おかげでお前の事も思い出せたし、母方のじーちゃんばーちゃんや他の親戚にも会って安心してもらったし、墓参りもして、心の整理はできたからさ」
「そ、そっか……ちょっとだけ安心した」
色々と複雑だけど本人が泣くなって言うし、ちょっと落ち着こう。
「でも、もうサッカーはできないかもな、俺の黄金の右脚が……」
「えっ……」
そんな……サッカーできないの? 右脚を怪我したせいで?
「折ったのは左脚で、しかもキレイに折れてたから全然問題ないって医者にはお墨付きをもらってるけどな……だから泣くな!」
「あ、うん、わかった……」
そっか、怪我は深刻じゃなくて良かった。
「体よりも心がな……エセ記憶喪失が治ったら、今度はその後……小学5年の冬以降の記憶が無くなっちゃってさ。見舞いに来た連中には悪い事をしちまった」
「うそ!? それじゃ今のコーイチの記憶は小学校5年生までしか無いの?」
それはそれで大変なんじゃ……。
「まあ一週間でだいたい思い出したし、見舞い客も会って5秒後には普通に話しができた……って泣くなあ!」
……どうもさっきからおかしい。
「そんな事よりアキラに引っ叩かれた事の方がショックだな。痛いぜ、主に心がな……」
「………………」
コイツわざとオレを泣かそうとしてるんじゃ……。
「……なんで泣かないんだアキラ!」
どうしよう、あと2~3発くらい引っ叩くべきだろうか。
「俺が悪かったから、その振り上げた右手を下ろしてくれるとうれしい」
「話が進まないから真面目に話そうよ、ね? それで本当に体とかは大丈夫なの?」
「うむ、いきなり金髪になったくらいで問題ない」
「……それはそれで凄く不思議だけど」
事故のショックで金髪になるなんてありえないと思うんだけどな、白髪になるとかならまだありえそうだけど。
「確かに不思議っちゃ不思議だけどな、アキラが突然女になったってのも不思議だけど」
「うんうん、本当に訳がわからないんだよ」
「……もしかしたら覚えていないだけで、ロリ神に会ったのかもしれんな」
いきなり何を言い出すのだろう。
「そうだ! そうに違いない! アキラがいきなり女になった原因もこれだ!」
どうしよう、コーイチがおかしくなった。
「いいかアキラ、そういった不可解な現象の原因は大概、ロリ神の仕業なんだ」
「う、うん……」
これまでにない凄い真面目な顔をしている、でも内容はロリ神。
どうしよう本当にバカだったのかな……それとも事故の後遺症かなにかなのかな……。
「アキラ、なんでそんな可哀想な人を見る目をするんだ?」
「なんでもないよ、コーイチ退院したばっかりだもんね……」
「待て! お前は勘違いをしている!」
いいんだコーイチ、ごめんね、きっと心の整理も本当はまだ付いていなくて、そこにオレが変な話をしちゃったから錯乱してるんだな……。
ここは親友のオレが支えなきゃいけない。少し悲しいけど、気持ちを強く持って、それでいて温かく接しなくっちゃ。
「今度は優しい目で!? ちょっと待て、俺は正気だ!!」
真剣に言っているなら尚更コーイチの頭の中身が心配だ、精密検査を受けたほうが良いんじゃないのかな。
「お前ロリ神を甘く見てるな? ヤツらはちょっとしたミスで人をぽんぽん死なせては、転生させたりチート能力を与えたりするんだぞ? 本当に救いが必要な難民とか紛争地域の人達には見向きもしないでな」
コイツ本当はロリ神が嫌いなのかな?
「で、コーイチはそのロリ神様に会ったの?」
「覚えてないけど会ったんじゃないかなと」
「なんでロリ神様がオレを女にして、コーイチを金髪にするの?」
「なんとなくじゃねえかな」
どどっと疲れが……なんでオレこんなのと友達なんだろう……。
いきなり別れて、凄く悲しくて、その後友達も作る気になれなくて。
家と学校を往復するだけの中学3年間が終わったと思ったら、いきなり女になっちゃうし。
それでも段々慣れてきて、落ち着いてきたかなと思ったら、突然またコーイチが現れて。
うれしい気持ちと、悔しい気持ちと、悲しい気持ちでごちゃごちゃになって。
色々と事情を聞いて、コーイチが大変だったのは分かった。
突然女になったという、オレの事情が理解しずらいのも分かる。
でも、それを……。
「はぁ~~~~~」
それをロリ神って……バカにされているのかな? なんだかまた涙出てきた。
「アキラ泣いてるのか?」
「……泣きたくもなるよ、人が真面目に話そうとしているのに」
「うぇ!? 茶化してたつもりはないぞ!? ただお前がやけに深刻な顔だったんで場を和まそうかと--」
再会できたのは良いけど、女になっちゃってて、気持ち悪がられたらどうしよう、とか悩んだのに。
何回も説明したのに、男装がどうとか言ってたし。
変な事言って泣かそうとしたし。
「深刻にもなるよ……いきなり女になっちゃってて……誰も覚えてなく……て…………」
「待て待て! 俺は覚えてたぞ!? それになんだっけ、親父さんやお袋さんも覚えてたんだろ!?」
「父さんも母さんも……何事もなかったかのように女扱いするし……変なのに絡まれたり……告白されたりするし……」
「女扱いはしょうがないとして、絡んできた奴と告白してきた奴は俺が半殺しにしてやるから安心しろ!」
なんでしょうがないんだ。あとケンカとかはしないで欲しい。
「コーイチまでバカにしてくるし……」
「よーし今から俺が俺を半殺しにする!」
コーイチが自分で自分を殴りだした。バカみたい。
「気持ち悪がられるかもって、怖かったのに……」
「え? なんで気持ち悪い?」
なんでって……。
冷静に考えれば普通気持ち悪いだろう? 昔一緒に遊んでいた友達が、いきなり女になって現れたんだぞ。
「昔はもちろん、ついこの前まで男だったんだぞ? それがスカートとか履いて……自分でも慣れちゃってたけど……」
「似合ってるぞ?」
それで済む問題なんだろうか……。
「絶対変だろ? 一緒に遊んでた頃は男だったのに、何故か女になってるんだ。えっと、正直に、気持ち悪いって言ってもいいんだぞ……?」
「んー……」
コーイチは天を仰いで唸っている。
本当に気持ち悪いって言われたら、それはそれでショックかな。
でもしょうがないかな。
だけど周りにまで元男とか言いふらされたら、ちょっと困るかな。
……どうでもいいか。
そんな事を考えながら、目線を逸らし空を眺めてたら、ちょっとだけ間を置いて、コーイチがきっぱりと言った。
「男だろうと女だろうと、アキラは俺の親友だしな」
と。
本当は、そう言ってくれるのを期待していたけど。
「えっと、その、本当に?」
「おう」
コーイチならそう言ってくれるんじゃないかと思ってたけど。
「気持ち悪くない?」
「どこが?」
実際に、そう言ってもらえると。
「どこってその、今のオレ、女だし」
「アキラはアキラだろ?」
とてもとてもうれしくて。
「オレ、変じゃないか?」
「俺の方が変だから安心しろ」
もう何も考えられなくて。
「えっと--」
「おう」
続く言葉が出て来ない。
「改めて言うのもなんだけど、な」
黙りこくってしまったオレの代わりにコーイチが続ける。
「久しぶりだな、アキラ」
うん。
3年振りかな? 4年振りかな?
やっと会えた。
やっと、本当に会えた気がする。
コーイチの一言。
久しぶりだな、の一言がうれしすぎて。
頭が真っ白になってしまって。
まともに返事も出来ない。
あ……う……としか言えず、おろおろしているオレの頭をポンポンと叩き、コーイチが昔のようにニカッと笑った。
「それにしても――」
真っ直ぐオレを見つめて言う。
「かわいくなったなアキラ、パンツ見せてくれ」