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親友なんてありえない 【その2】

 座り込んだ状態で殴ったからあまり効いてなさそう、鼻っ柱を押さえてはいるけど。

 ゆら~りと立ち上がって、キッと睨みつける。一発じゃ気が済まない……!



「ま、待てアキラ! 落ち着いてくれ! 聞いてくれ!!」


 へ~、何を聞けば良いのかな? すっかり忘れていた以外の言い訳があるなら是非聞きたい。



「女の子がグーパンチは良くないと思うぞ?」


「……そうデスカ」


 ニッコリ笑って、胸ぐらを掴んで立たせて、と。


 パーン!


 この期に及んで本当に面白いなあ、コーイチは。



「いてえ! マジぱなく痛いです!!」


 パーン! パーン! パーン!

 平手打ちって結構いい音するなあ、ちょっと自分の手も痛くなってきたけど。



「わかった! 真面目に話すから聞いてくれ!!」


 腕を掴まれて止められた、でもまだ左手があるぞ!



「まあ座れ、ちゃんと話すからさ」


 左手も掴まれた。く、ふりほどけない……!

 そのままコーイチは座り込み、引きずられるようにオレも地べたに腰を下ろす。



「いてて……某パン型ヒーローみたいな顔になったらどうしてくれるんだ」


 見れば頬が赤くなっている。ちょっと悪い事したかな……。



「で、本当の理由なんだけどさ」


「……うん」


「全部忘れてた、お前だけ忘れていた訳じゃないんで安心してくれ」


「……記憶喪失にでもなってたのか! この鳥頭!」


 よーし、パン型ヒーローの顔にしてやる!



「だから落ち着けって……記憶喪失ってのは大体あってるぞ。あまり面白くないし話したい事でもないけど、ちゃんと説明するから」


 掴まれた腕を振りほどこうと暴れていたら、コーイチが顔を近づけてきた。さっきまでと違い真面目な表情で、真剣な目をしている。

 もがくのを止めて大人しくすると、ポツポツと語り始めた。



「あの日、土曜日だったよな? お前と最後に遊ぶ約束をして別れたのって」


 そうだ。いつも通り遊んで、いつも通り次の日の約束をして別れたんだ。



「帰ったら家の前にパトカーが止まっててさ、何故かじーちゃんもいてさ」


「なんだなんだと思ってたらじーちゃんが駆け寄ってきて」


「おまわりも寄ってきてさ、やべえ、何がバレたんだろ? とかノホホンと考えてたんだけど」


「なんか訳のわかんねえ事言ってんだよ、じーちゃんもおまわりも」


 そこまで話してコーイチは一息ついた。

 こちらをチラリと見てから、一人語りを続ける。



「ま、端的に言うと交通事故でとーちゃんもかーちゃんも死んだって話だった」


 ボソリと。

 無表情で。



「で、パトカーに乗って……。まさかこういう形でパトカーに乗るとは思わなかったなあ」


 肩をすくめながら軽く話す。



「で、病院に着いて。なんか医者に案内されて。ばーちゃんが既に居たけど泣いてて話にならなくて。じーちゃんは親族に連絡すると言って出て行って。」


「オレはオレで医者の話を聞いてたんだけど、なんも頭に入ってなかったな」


「ただ、すぐそこの霊安室? だかにとーちゃんもかーちゃんもいるって聞いたら何も考えずに入っちゃってさ」


「ちゃんと死後化粧だっけ? してない状態を見ちゃったんで」


「悲鳴上げて病院飛び出した、あはははは」


 黙って聞いているけど笑い事じゃない。でもなんて声をかければ良いかわからない。



「悪いな、軽く話そうとしたんだけどな」


 泣きそうな顔のオレを見て、少し乱暴に頭を撫でてきた。



「飛び出した後はよく覚えてないんだけど」


「真夜中すぎにいつもの公園にいた。という訳で訂正する、約束は覚えてたっぽいぞ?」


「0時過ぎてたらしいしな、セフセフ!」


 わかったから。オレなんかに気を使わなくていいから。無理に笑わなくていいから。



「しばらくボーっとしてたら、巡回のおまわりに捕まっ……もとい、保護された」


「こっからがさっきの記憶喪失で大体あってるって意味なんだけど」


 多分だけど、と前置きしてコーイチは続けた。

 両親が死んだという事を悲しすぎて認めたくなかった。

 だから、最初から自分に両親はいない、と強く思い込んだんじゃないかと。

 全部忘れてしまえば苦しくも悲しくもないと。


 保護してくれた警察官への質問にも何も答えられず、自分の名前さえも言えなかったそうだ。

 捜索願が出されていたので、ほどなく迎えに来た祖父の顔を見て、言ったそうだ。

 そうだ、俺はコーイチだ。ずっとじーちゃんに育てられてきたんだ、じーちゃん、早くうちに帰ろう、と。



「都合の良い記憶喪失だけどな、本能的に保護者を求めていたんだと思う」


 駆けつけてきた母方の祖父母にも会ったらしいが、そちらは思い出せなかったそうだ。

 何を尋ねても父方の祖父にじっと縋り付き、じーちゃん早く帰ろうとしか言わないコーイチを見て、母方の祖父母は絶望的な気持ちになっただろう。

 その後すぐに親族会議が開かれ--詳しい内容はコーイチも知らないが--父方の祖父母に引き取られる事になった。



「そんな状態だったんでな、じーちゃんのとこに引き取られる事はあっさり決まったらしい」


 仕事はしている。蓄えもある。不愉快だが保険金も降りるし、息子夫婦の家を処分すれば金銭的な問題はまったくない。

 おじいさんは、一瞬だけど元の学校に通わせれば記憶も戻るかもしれない、と思ったが、すぐにその考えは捨てた。

 この状態の孫に無理に思い出させる必要は無いんじゃないかと、ショックで記憶を失くすほど悲しんでいるのだから。

 記憶の戻ったコーイチに、そう説明したそうだ。



「色々大変だったんじゃねえかな、じーちゃんは」


 連絡、事後処理、手続きなど、コーイチのおじいさんは引き取ると決めたら即動いたらしい。

 当然学校にも事情を説明する事になったが、生徒には内密にしようという流れになった。

 本人は人前に顔を出せる状態じゃなかったし、小学生に説明するには酷すぎる話だと判断されたからだ。



「だから先生は何も話さなかったんだろ」


 引き取られた後、一週間くらいの間、コーイチは何もしなかったらしい。寝る時と食事の時以外は、ひたすら縁側でボーっとしていたとの事だ。

 何を話しかけても生返事しかしないコーイチにおばあさんはひたすら付き添い、おじいさんも時間が許す限り一緒に過ごしたそうだ。

 そのおかげで徐々に徐々にだが、自分からしゃべり、動くようになり、最終的には冬休み明け、3学期から新しい学校に通える状態になったそうだ。



「じーちゃんとばーちゃんがいなかったらどうなっていた事やら、二人には感謝してもしきれないな」


 現実逃避でなったような記憶喪失だから、日常的な事や常識的な事はだいたい覚えていたし、学校に通いだしてからはどんどんと思い出していったそうだ。

 最初こそ変な受け答えをして、ぎごちなかったそうだが一ヶ月もすると普通に馴染めたとの事。

 ただ、家族の事や、前の学校の事に関しての質問には困ったそうだ。



「もうちょっと上手い設定を思いついて記憶喪失、現実逃避すれば良かったんだがな」


 まあ流石の俺も小学生だったし、とりあえず忘れちまえって感じだったんだな、情けないやら恥ずかしいやら……。

 と言った後、コーイチは背筋を伸ばしてこちらに頭を下げた。



「すまなかった、な」


 謝るなんて、謝ることなんてない。

 そんな事情だったなら、そんなに辛い事があったなら。

 こっちこそごめん、ごめんなさい。

 何も知らずに、自分の事しか、自分の想いしか考えてなくって……!



「あ……う……その……ご………めっ…………!」


 言葉が上手く出てこない。謝りたいのに、慰めたいのに!



「あー、その、なんだ」


「うっ……えぐっ…………」


「わりかし気楽にやってたし無駄に気を使わなくていいぞ? つーか泣くな!」


「ひっ……!」


 あう……ごめん……泣き止むから……。

 えぐっ…………やっぱ無理……。



「よーしすいませんでしたあ! 泣き止んで下さいお願いします!」


 土下座をされた。

 ごめんよ、オレが女々しく泣いてるから……。



「土下座も効かないとは流石だな、アキラ……えーと、そうだ面白い話をしてやろう!」


 ひぐっ……面白い話……?



「家族はじーちゃんばーちゃんしかいない、昔の事も覚えていないという俺は、中学に上がったくらいで順調にグレてだなあ--」


「それ……全然面白く……ない……うぐっ…………」


「--速攻で更生した! んでもって街にたむろってるヤンキーを狩ったりしてたぞ! ヤンキーハンターだな! チンピラーノ亜種はたまにヤ○ザだったりするからドキドキだったぞ!」


「ぐすっ……そんな危ない事をしてたの?」


「はい、ウソでしたー! ゾッキーしか狩ってません!」


 だから安心してくれ、と親指を立てて爽やかな笑顔を向けるコーイチ。

 全然安心できないんだけど……。



「おっし泣き止んできたな……落ち着け俺、やればできる俺、そうだ、小学校! お前と別れた直後だな--」


 これならウケが取れるか? いける、面白いはずだ! 等と呟いてからコーイチは満面の笑顔で言った。



「転校先でなんだけど何を聞かれても、わからない、覚えてないしか言わない俺にボケ老人という渾名が付けられてな……」


「うっ……うわぁぁぁん!」


 なんて非道いヤツらなんだ……コーイチはつらかったのに、いっぱいいっぱいつらかったのに……!



「ちがうんだアキラ! 給食を食べた後、クラスのやつらに『給食はまだかのぅ?』ってやると大受けだったんだよ! バナナとかもらえたし!」


「うう……オレだったらプリンもあげたのに…………」


「そうか、アキラはいいヤツだな。ところでいい加減に泣き止んでくれ」


 ぐすっ……とりあえず涙を拭いて鼻をかもう……。

 涙は自分のハンカチで、鼻はコーイチのハンカチで、と。



「ああ、俺のハンカチ……」


 ちゃんと洗って返すってば!



「そのハンカチは友情の証にくれてやろう。まったく……当の本人の俺が気にしてないんだから、お前も気にしないでくれ」


「……でも」


「いやマジで。変に気を使われるより、昔みたくバカだのアホだの言われてる方が気楽でいい」


 うー……そんなにバカだのアホだの言ってたかな?



「ほらほら軽~くバカとか言ってみそ? そうだ、変な顔をしてやろう」


 凄い変な顔をされた。親友の名誉の為にも詳しい描写はしないでおこう、というかしたくない。

 そんなにバカって言われたいのかな……ぐにぐにと指まで使って変顔を作っている。ああ、コーイチの顔がどんどん変に!



「えっと……バカみたいだから止めて欲しい」


「なんだとこのアマひぎぃとからめぇとか言わせるぞ」


 よくわからないけどコーイチから邪悪な気配がした。怖い。

 なんとなく胸とあそこを手で隠してしまった。



「でも本当にバカみたいだった、小学生でもそんな顔しないよ?」


「人が慰めようとしてたのに、言うに事欠いて本当にバカみたいとは……!」


「えっと、コーイチがバカって言えって」


「バカみたいって言ったろ! バカとバカみたいの間にはなあ……とてつもなく厚くて長い壁があるんだよ!」


 ストレートにバカって言わなきゃいけなかったのかな? 

 なんかコーイチは立ち上がってカンフーもどきの変なポーズをとってるし。



「許せん! お仕置きだ!」


「え……暴力をふるうのか?」


「オレがアキラに暴力をふるうなんて昔も今もありえないぞ!」


「うん……そうだよな……そうだったよな…………」


 昔を思い出してひたっていると、コーイチが変なポーズのまま顔を寄せてきた。



「お仕置きナンバー4,可哀想な象のお話」


 !!

 慌てて手で耳を塞ごうとしたけど、それ以上に早くコーイチに腕を掴まれた。くっ、離せ! 



「昔々、とある動物園に花子という可愛い象がおりました--」


「や、やめろ! やめて……!」


「優しい飼育員さんにお世話をされ、毎日楽しく動物園に来たお客さんに芸を見せていました--」


「その話は、その話は本当にやめて……!」


「--楽しい日々がずっと続くと思われましたが、ある日突然……」


 何度止めてとお願いしてもコーイチは淡々と、それでいて感情のこもった語り口で続ける。

 うう、コイツなんでバカのくせに『お話』はこんなに上手いの!



「花子は何度も何度も芸をしました。お客さんはいないけど、飼育員さんの前で何回も--」


 やめてー! やめてー!



「ごめんよ花子、もうエサはあげられないんだ--」


 10分後、オレは高校生にもなって悲しいお話でマジ泣きしていた。うう、花子……。



「ふははははー! 思い知ったかアキラ……ってマジ泣き!?」


「ひっく……ひっく…………」


「ああー! せっかく泣き止ませたのに俺はバカか!!」


「この話は……ひっく、苦手って知ってたじゃないか……ひっく…………」


 コーイチは頭を抱えこんでいる。

 オレはシクシク泣いている。

 こうも涙腺が弱いのは自分でもどうかと思う。チーン!



「……実はその後戦争はすぐ終わって花子もいっぱいエサもらって元気いっぱいになったんだ」


「それはちょっと無理が……グスッ…………」


「とにかく幸せに暮らしたから安心しろ! ……しかしお仕置きナンバー1の、セッコの話をしなくて良かったな」


 それ名前を聞くだけで泣けるからやめてー!



「は~、お前小学生の時と全然変わってないな」


 溜息をつきながらボソリと漏らす。

 失敬な、誰が小学生だ。グスッ……。



「うー、そんな事はないぞ……グスッ」


「いやいやマジで変わってないぞ、まさか未だにあの話で泣くとは思わなかったぜ」


 ぽんぽん、とオレの頭を叩く。



「あ、でも変わってるか」


 そして話題は--



「お前……どうして女なんだ?」

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