薬パワーなんてありえない
昔、といっても2年くらい前。
ちょっとした検査で、病院にて採血をした事があったのだけど、容器に溜まっていく血を見ていたら気分が悪くなった訳で。
顔面蒼白のオレを見て看護士のおねーさんが「男性の方が慣れていないから気分を悪くする人が多いのよ、大丈夫?」と言っていたのだけど。
あれはこういう意味だったんだなー、でも2回目だから全然慣れないよ。なんでこんなにドバドバ出るの、絶対おかしい。
現在3日目。今日はゴールデンウィーク真ん中の平日。
朝からトイレで貧血を起こしそうになりつつ登校準備中。生理休暇を要求する……。
ふらふらしながら教室に向かう途中でモブAにからまれた。
昼食ヤキソバパンばかりなのに顔色いいなモブA、頬も赤いし血が多そう。少し血を分けろと言いたい。
「で、そのゲーセンなんだけど店長さんがすごく良い人なのよ」
朝から元気そうだ、足取りもしっかりしているし。こいつにも生理が来ればいいのに。
「――ある程度お金を使っても景品が取れないと、神の手といって、動かしてくれるんだよ! 次のコインで取れる位置まで!」
モブAを見上げていたら少し頭がくらくらしてきた、モブのくせに身長高いんだよな。それにしても貧血気味だ、レバーいっぱい食べたのになあ。
「今度事務所でお茶でもごちそうしようか? とか言われたし。あそこのゲーセンまじおすすめ、キレイだしゲームの種類も豊富だし」
あ、やばい。本当に貧血かも、倒れそう。
頭が真っ白になり、膝からガクッと崩れ落ちそうになるのを、えいやっ、と気合で踏ん張る。
負けてたまるかー!
「だからウィーク最後の日曜あたりに一緒に遊びにいかなゲフゥッ!」
ゴインという鈍い音を立てて、オレの頭がモブAの顔面に直撃した。
へたりこみそうだった所を、根性でジャンプでもするかのごとく立ち上がったら、覗き込んできたモブAにヘッドバッドをする形になった模様。
結構な勢いで当たったので頭が痛い。うー……。
自分でも理不尽な気がしないでもないけどモブAに怒りが。でも生理中の女子は何をしても良いって聞いたしな、文句の一つもつけてやろう。
と思ってモブAを見たら、鼻を押さえて涙目になっていた。
「あ、ごめん……」
「こちらこそすいませんっしたあ!」
どうしよう、モブAの話し方が林田さんに会った時みたいになってる。
「ゲーセンはまたご都合の良さそうな時にでも! では失礼しまっす!!」
しかもヤキソバパンを押し付けていった。
ま、いっか。少し気が紛れたし教室に急ごっと。
歩き始めたら、後ろから会話が。
「……お前、ヘッドバッドくらわされるなんて何しゃべってたの」
「……ゲーセンの話をしてただけなんだけど」
「鼻血どばどば出ているけど、少しうれしそうに見えるのはなんでだ?」
「だって初めて向こうからオレに触れてくれたんだぜ!? 痛かったけど髪の毛からいい匂いが!!」
「……今日からお前とは友達でもなんでも無いからな? いいな?」
モブAの友達が一人減った模様。ごめんね。
休み時間ごとにトイレに行き、戻ったら戻ったで机につっぷしているオレを見て、マツリちゃんが心配そうに話しかけてきた。
「お姉様、大丈夫ですよ?」
「うん……大丈夫…………じゃない」
マツリちゃんはまだ生理来てなさそうでいいなあ、うらやましい。
「なんだかもやもやっとするですよ」
でも小学校高学年くらいで初潮はくるんだっけ、マツリちゃんももうすぐかな。
「なんだかものすごくもやもやっとするですよ」
「……気のせいじゃないかな」
マツリちゃんは幼稚園児だった、だいぶ頭がボーっとしているなー。
「……キリがないので我慢するですよ。お姉様、つらいなら良いお薬あるですよ?」
「……薬パワーはいくないって師匠がゆってた」
「なんのことですよ?」
薬パワーとは通常はパーティでないと倒せないレアモンスターを、エリクサーやハイポーションなど高価な薬品を使いまくって一人で倒す行為。
別に問題はなさそうだけど、お金に物を言わせている感が強いのと、一人なので倒すまで時間がかかり、次に狙っている人の順番が中々回ってこない。
これらの理由で薬パワーは好意的に見られていないが、はっきり言うと生理とは全然関係ないです。
「……エリクサーは一本20000Gもするんだよね」
「お姉様、いいからお薬飲むのですよ」
「うーん……」
頼りすぎるのが良くないってだけで、別に薬が悪いって訳じゃないし素直にもらおうかな……。
「美里さん体調悪いの? 保険室行く? 私が連れて行くわよ? お姫様抱っこでいいわね? お姫様抱っこで行きましょう」
よし、薬パワーに頼ろう。
「マツリちゃん、お薬ちょうだい……」
「何錠にしますよ? 痛み方にもよるのだけど2~3錠くらいが良いと思うのですよ」
「……9錠でいい」
このセリフは昔、謙虚さで有名な伝説の聖騎士がインタビューを受けた時に――
「やっぱり保健室に連れて行った方が良いんじゃないかしら」
「マツリもそう思うのですよ」
失敬な、フロントさんをバカにするな。
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夜。
正直横になっていたいけど、オフ会の話があるというのでログイン。
師匠が荒ぶっていた。
「確かに思いつきでいきなり企画したワイも悪かったけどなあ……」
「なんで予定は無い言うてたネコやサカまで、この日はダメ、あの日は無理とか言い出してるねん!」
むむ、スケジュール調整が上手くできなかったのかな?
「QYK(急に、予定が、出来たので)なのニャー」
「冷静に考えると僕の仕事は、連休は掻き入れ時で丸々休むのは無理だったよ」
「孫が可愛いすぎてのう……」
QYDじゃないかな、と思いつつチャットを眺める。
「ウィーク末ならいける思うたんやけどなあ……なんか皆近くに住んでおったし楽しみやったんけどな」
「みんな住所近いニャ?」
「うむ、一番遠くに住んでいるじーさんさえ、二つ隣の県やしな」
「それは凄い偶然だね」
ふんふん、みんな近くに住んでいるのか。
「ワシ以外は同じ県なのかのう?」
「あとネカマが隣の県やな、ちなみにワイとサカとアキラなんか市まで一緒や」
「ネカマいうニャこのやろぅ」
ほー、師匠とサカポンさんとは市まで一緒なのか。
「しゃあないので今回は延期や、6月二週目の日曜日にやるで! 皆予定あけとくんやで!」
「わかったニャー」
「了解したよ」
「それまでにばあさんのトコに逝ってなければ参加じゃのう」
「わかりました師匠!」
確か中間試験が5月半ばで、体育祭が6月一週目だったかな? たぶんその辺はヒマなはず!
「でもなんで6月の二週目なんニャ?」
「ちょうど学校行事が一段落する頃で、ワイが楽やから」
「そういえば先生やってる言ってたにゃね、生徒もお気の毒様ニャー」
「なんやとこのクソネコ!」
同じ市で、学校行事も一段落……まさか本当に師匠はカッキーなのかも。うーん、確かめたいけど何か怖いな、オフ会に出れば絶対わかるんだけど。
「じゃあ今夜は僕は落ちるよ、明日は早いのでね」
「ワシも孫がおるのでのう」
「おつかれさまです!」
師匠とミーコさんは挨拶にも気付かずケンカをしている、仲が良いなあ。
体調的につらいし、同じくログアウトしよう。
休み明けに師匠がカッキーなのか確かめようかしら。それともオフ会で実際に会うまでは考えないでおこうかな? うーん、悩む……。
「かかってこい! ネカマ!!」
「おまえリアルで会って、うちのぷりちーさに鼻血だすなよこのやろー!」
本当に仲が良いなー、ではおやすみなさい。
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土曜日。
生理もほぼ終わり、体調もだいぶ良くなった。
何気にはぶいたけど、人恋しくなって母さんに抱きついたり、妙にイライラして父さんに八つ当たりをしたりだのは秘密だ。
しかし痛いだの血が出るだのもそうだけど、お風呂に入れない日があるのがキツい。次の生理は三ヵ月後でありますよーに……。
ゴールデンウィークのほとんどを、本当に引きこもって過ごしてしまったので、今日はE-onに、家族で買い物。
「夏物の服を買わないと、あと靴とかバッグとか小物も新しいの欲しいし。アキラのね、アキラの」
「そうですかわかりました!」
オレの名前を連呼しているけど、絶対母さんの分を買うのが目的だと思う。
本日の着せ替えショーは、上はブルーのニット。肩とか丸見えのデザインだし、あちこち透けているけど下にTシャツを着ているので問題はない。今日は暑いしちょうどいいかも?
下はデニム地のミニスカート。USED感がただよう一品だそうだけど、単に破けているだけじゃないかこれ? ま、いっか。それに白のショートソックスに、クリーム色のパンプス。
全般的に涼しげな格好です。
靴も買ってくれるらしいけど、踵の高いヤツは未だに怖い。それでも大分慣れてきたけど……。
服は基本的に母さんが勝手に買うのでオレに決定権はほぼ無い。なのでヒマ。
きょろきょろうろうろしているとファンシーグッズコーナーが。
そういえば女になったのでこういう物を買っても変な目で見られないんだよな。その代わり、少年漫画を買おうとすると心なしか変な目で見られる。
たぬパンダはすっかり落ち着いちゃったなー。みっひぃーはウサギなので却下だ。ジャックスはかわいいのに凶悪だな。お、わんぱいや発見。
危ない、気付いたら両手いっぱいに抱えてた。正気に戻れ、オレ!
一個だけ買い物カゴに紛れ込ませておこう、うん。
ファンシーコーナーは危険なので、ペットコーナーに移動。
父さんが付いて来ようとしたけど、母さんに連れ去られていった。あー、あっちは高級ブランド品コーナーだ……。
トランペットを欲しがる少年のようにショーケースにべったり張り付いて子猫を見ていたら、店員のお姉さんが特別よと言って一匹抱かせてくれた。
どうしようお金払うべきかな? え、タダなんですか貴女は天使ですか。子猫は天使です、ありがとうございます。
帰り際にお礼も兼ねて犬用ブラシを購入。明日の朝にでもビッチ(仮名)をブラッシングしよう。
お食事して帰りましょうという母さんの言葉に、父さんが土下座を始めた。
いくら使わせたのか非常に気になる。
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日曜日。
朝の公園でおばあちゃんに会う。
犬をブラッシング。目を細めて大人しくしている。なにこのかわいい生き物。抜け毛はビニール袋へ。
「孫がやっと退院したのよ」
と、うれしそうに微笑むおばあちゃん。そっか、お孫さん退院したのか。
「何度も言うけど、体は大した事なかったのだけど精神的に色々あったみたいでねぇ……」
「でも、もう大丈夫なんですよね?」
そうでないと殴れないので。
「ええ、落ち着いているし前よりも明るいくらい」
「なら良かったです」
たしか公園に連れて来て紹介してくれるんだったよな……。でもおばあちゃんの前でおおっぴらに殴れないな……。
母さんにワンインチパンチを教えてもらおう、うん。密着状態でも十分なダメージを与えられるというやつ。
「それにしても、事故のショックで金髪になるなんてありえるのかしらねぇ?」
「金髪なんですか?」
「そうなの。元々明るい茶色だったのだけど、病院に行ったら金色になっていたの」
事故の直前に染めたのだろうか? なんにせよ金髪って事は不良だな! ヤンキーってやつだな!
どうしよう、母さんに頼んで奥義っぽい物を教えてもらうべきだろうか? 間に合うかな?
不安そうに見えたのか、おばあちゃんが手を横に振りながら続ける。
「別に不良という訳じゃないから安心してね。おじいさんのおじいさんが、外人さんだったからかしらねぇ?」
「あ、はい。大丈夫です」
それでも茶髪から金髪にはならないと思うけどなあ。
なんにせよこの孫はおばあちゃんを騙して可愛い犬にビッチとかいう名前をつけさせて、かついきなり金髪に染めて心配までさせるという、許せないヤツだと認識した。
「そういえば光泉学院高校に通ってるんですって? 孫もそこの1年生だから仲良くして下さいね」
「そうなんですか」
「ええ、一ヶ月以上も休んじゃったから心配で心配で……」
屋上に呼び出して殴るというのも良いかも。暴力は嫌いだけどこれは正義の制裁だ!
「孫はいい子なんだけど言動がちょっとおかしくてねぇ……」
「落ち着きが無いというか考え無しというか……頭は悪くないはずなんですけどねぇ……」
おばあちゃんが愚痴り始めた。
長くなりそうなので犬と遊んでいよう。前足を持ち上げるとベロを出すんだよね、この子。
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夜。
ベッドの中で。
金髪という単語でアイツの事を思い出していた。
『ところでオレの髪の毛をみてくれこいつをどう思う?』
『すごく茶色だなー』
『うん、じーちゃんのじーちゃんが外人だったから茶色いらしい!』
『へーかっこいいなー』
『でもじーちゃんのじーちゃんは金髪だったらしい!』
ハーフ、クォーター、その次からなんて言うのかな? 手入れなんてしていない、ボサボサの頭をアイツは見せ付けてきてた。
『どうせならオレは金髪になろうと思う!』
『染めるの?』
『オレはおだやかな心を持ってるから、はげしい怒りでかくせいできると思うんだよ!』
『茶イヤ人か!』
やばいくらいおバカだなー、うん。
『だからオレの悪口をゆって怒らせてくれ!』
『えーと、頭が悪い、忘れ物も多い、消火器をいたずらしてオレを巻き込んだ、女子更衣室に忍び込むのにオレを囮にした……』
『なんだとこの野郎ひでぶとかあべしとか言わせるぞ』
『悪口言えっていったからじゃないか!』
当然金髪にはなりませんでした。
『いくらアキラでも忘れ物が多いなんて悪口はゆるせん! お仕置きだ!』
『な、なんだよぅ……暴力をふるうのか?』
『オレがアキラに暴力をふるうなんてありえないぞ!』
『う、うん……そうだよな、今まで一度もそんな事しなかったし』
『だけどお仕置きはするぞ! アキラの苦手な――』
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……いつの間にか寝ちゃってたな。
途中から夢に混ざったような感じで、久しぶりにアイツに会ったみたいだった。
目元をこすると少し濡れている。
寝起きだし。
泣いてなんかいない。
朝食の準備をしないと。
その前に顔を洗ってと。
なんでだろう。
今朝はなぜかドキドキする。