元から女なんてありえない
リビングに親子三人集合中。
ふかふかのソファーの上にあぐらをかいてゆらゆらと落ち着かないオレ。隣にはのほほんと、いつもと変わらない様子でお茶をすする母さん。向かいには腕と脚を組んで、目を閉じて深刻な顔をしている父さん。
いきなり息子が娘になってしまったからショックを受けるのは当然だけど、父さんそろそろ何かしゃべってくれないかなあ。当の本人が一番ショックを受けてるんだから。
ああ、でも母さんは落ち着いてたな。ぐしゅぐしゅ泣きながら洗面所にへたり込んでいるオレを見て、冷静に『アキラなの?』と確認をし、大丈夫だから安心しなさいと優しく背中を叩いてくれた。さっぱり要領を得ないであろう、オレの説明を辛抱強く聞いてくれた。
そして父さんを呼んで軽く説明、皆にお茶を出して今に至るといった訳。
ちなみに今日は月曜日。引越し後の手続きの為に休みをとったので父さんも家にいるという訳。同僚の事情により格安で建築中の家を手に入れられるという幸運が舞い込んだのが昨年12月。
それじゃあ受験もこっちの高校で、と合格したのが2月。幸いにしてオレの学力は高く、新居の近くにレベルの高い高校があったのもラッキーだった。アホの子が多い学校だと揉め事も多いし。
会社での手続き関係で3月頭には住んでいたという状況にする為に卒業を待たずに引っ越し。母さんと二人で卒業式まで残るという選択肢もあったのだが、特に中学の人間関係に思い入れはなかったのでサックリとこちらに来た訳で。まさか目を覚ましたら女になるなんて夢にも思わなかったけど……。
「アキラくん」
うおっ、父さんがしゃべった。銀縁の眼鏡を指でくいっと持ち上げつつ、こちらを見つめている。外資系の結構良い所?のサラリーマンである父さんがそういうポーズを取ると、かなりエリートっぽく見えるな。
「いや、アキラちゃんか。僕の大好きなアキラくんが、こんな愛らしいアキラちゃんになってしまうなんて……」
うあっ、父さんきもい。エリート風のクールで知的な顔が、どんどんだらしなくなっている。ロリータ風のシュールで痴的な顔だな。って身の危険を感じる!
「桜花さん、僕本格的についてきたのかな!?アキラくんがアキラちゃんなんだよ!?ああ、もう我慢できない!!」
ガバっとテーブルを乗り越え、抱きしめてきた。ぎゃああああああああ!く、苦しい!きもい!助けて母さん!父さんは男の時からオレに過剰なスキンシップをはかってきたちょっと危ない人だから嫌な予感はしてたけど案の定このざまだよっ!
「楓さん落ち着いて」
ドゴォ!!と派手に音を立てて父さんがふっとんだ。あれ?母さん今グーで殴った?しかもふっとんだ?
見なかった事にしよう。優しい母さんがグーパンチなんてする訳ないし、父さんも何事も無かったように立ち上がったしな。
「すまない、つい興奮してしまったよ。女の子のアキラちゃんが可愛すぎてついね…」
「あなた、それじゃ男の子のアキラが可愛くなかったように聞こえますよ」
「ああああああああああ!そんな事は無い!そんな事は無いですよ!男の子でも女の子でもアキラちゃんは僕の大好きで愛してて人生そのものでうおおおおおおおおおお!!」
ガバッと再度抱きしめてくる痛い苦しいきもい助けt
「楓さん同じネタは連続でやっちゃダメでしょう?」
ドガンッ!!と豪快な音と供に父さんが吹き飛んだ。あれ?母さん今のは回し蹴り?ほぼ水平に飛んだ気がする。
気のせいだな。おしとやかな母さんが回し蹴りなんてする訳ないし、父さんも何事も無かったように立ち上がって座ったしな。
……眼鏡が割れているのは気のせいだ。
「アキラが女の子になっちゃったのは良いとして」
「よくないよ!」
「ああ、声もかわいいよアキラちゃんハァハァ……」
うあ、父さんマジきもいな……。っていうかオレ一言もしゃべってなかったな。そんなことより身の危険を感じるから母さんに引っ付いていよう。
「あら、甘えん坊ね。で、アキラが女の子になったのは良いとして」
「よくないよ!全然よくないよ!」
「桜花さんに擦り寄る甘えん坊のアキラちゃんもかわいいよかわいいよハァハァ」
「話が進まないから二人とも少し黙りなさい、ね?」
あれ父さんがふっとんでる。何も見えなかったぞ?母さんがやさしく頭を撫でてくる。でもなんか怖い。なんか手のひらから出てるよ!うん、黙っておこう。そうしよう。
「学校とか戸籍はどうしましょう?」
そうだ。当たり前だけど美里 晶は男だ。当然戸籍から住民票から保険証まで男で登録されている。受験の時も当然男だし。実際どうなるんだろう?戸籍がない?存在しない扱い?それ以前に元々の男だった美里 晶はどうなるんだろう、失踪扱い?父さんと母さんがオレを見捨てる事なんてありえないと思うけど、実際問題どうしようもないのでは?実は性別を間違って書類をだしてましたー、で通るような問題でもないだろうし、親戚や顔見知りにはどう説明したらいいんだろう?
なんか気持ち悪くなってきた……。血の気が引き、なんかくらくらする。ふら~っと母さんにもたれかかってしまった。
「だいじょうぶよ、何があっても私達はアキラの事はちゃんと守るから」
「うん、安心しなさい。アキラちゃんは今まで通りで何事もないから、父さんに任せておきなさい」
10分くらいだろうか。二人がやさしく頭を撫で続けてくれたので何とか落ち着けた。父さんもこうしているとまともなのになあ、母さんはやっぱり優しいなあ、でもそろそろ恥ずかしいな……。
「ありがとう、落ち着いた。でも実際どうしよう?」
「そうね、楓さん?」
「役所に忍び込んで書類を改竄するのはどうかな?」
小学生が脊髄反射で答えたようなアイディアが出てきた。あ、なんか涙も出てきた。
「じょ、冗談ですよ!?待ってください、今から真面目に考えるので!」
「楓さん……アキラが大変なのに空気を読まない冗談なんて」
「待ってください桜花さん!?何気にダメージが蓄積してるんです、勘弁して下さい!」
あ、やっぱり痛かったんだ。って気のせいでも見間違いでもなかったのか、母さんが父さんをぶっとばしてたのは……。15年生きてきて初めて知る夫婦の真実。ガクガクブルブル……。
「今日住民票や本籍の変更やらをするつもりだったから書類は手元にあるのですよ、それでも見ながら少し考えます」
そう言って父さんが書類をガサガサあさっている。『私も一緒に見て考えます』と母さん。う~ん、やっぱり無理なんじゃないだろうか。女のオレは養子にしてもらうとか?でもそうなると元々のオレは…。う~んう~ん。脚をぷらぷらとふりつつ、取り止めも無い事を考えていると『あれ!?』と二人がすっとんきょうな声をあげた。ん、どうしたんだろう?
「アキラ、ちょっとこれ見てみなさい」
「どういう事なんだろうね~、ある意味楽でいいんだけど」
なんだろう?二人に手渡された書類を見る。住民票だ。前の住所に家族構成、世帯主、同居している人間の名前、年齢、性別。そこには……
美里 晶 15歳 女
と書かれていた。