学級委員なんてありえない
だらだらまったりと……。
今回は短めです。
あ、教科書忘れた。
授業だけならちゃんと聞いて、ノートをきっちり取れば問題ないんだけど、教科書を読めとか言われたら困るな。古典の先生は淡々としてるけど何気に厳しいんだよな。
「教科書忘れたですよ?」
うーんどうしようとか思っていたら、村野さんが小声で聞いてきた。こくりと頷いて返事をしたら、見せてくれるとの事。
「先生! 教科書を忘れたので、お隣に見せてもらうですよ」
ガタガタガタッ、っと机を寄せてくる。むむ、教科書を忘れたのはオレなのに……。
ありがとう、ごめんなさいとお礼を言ったら、気にしないで、との事。うーん、やっぱり村野さんは優しいな。
あくびが出る、まではいかないが、退屈な時間が流れる。村野さんは妙に楽しそうだが。この授業に、そんなニコニコする要素があるのかなあ。
どうでもいいけど教科書のイラストに落書きがしてある。リボンやらシュシュで飾られた紀貫之はシュールだな……。
思わずじーっと眺めていたら村野さんが話しかけてきた。
「マツリは実はお裁縫が得意なのですよ」
「結構色々作ったのですよ? このリボンもお手製なのですよ」
へー、見た目通り女の子っぽいな。オレも裁縫はやらされたけど、せいぜいボタンをとめるくらいだな。
「お姉さ……、美里さんのリボンもシンプルでかわいいけど、今度マツリが作ったリボンをつけて欲しいですよ」
んー、似合うかどうか……。無駄に長いだけの髪だしなー。
「そんな事はないですよ! まったく痛んでないキレいな黒髪なのですよ、マツリはまとまりのない赤毛だから、うらやましいのですよ」
そうかな? ふわふわでかわいいと思うけど。こっちなんてところどころ内に跳ねちゃってるし、真っ直ぐって訳じゃないしね。
「そこがまた良いのですよ! 完全なストレートじゃなくて、ちょっと自己主張してるのがキュートなのですよ!」
ところで、賢明な人はおわかりだろうが、オレは小声でボソボソ答えている。対して、村野さんはだんだん声が大きくなってきている。
やばいな、先生こっちにらんでるぞ。注意しておくか、と思っていたら……。
「今度マツリが作ったリボンをあげるのですよ! 是非とも付けて欲しいのですよ!」
「村野、立ってなさい」
あちゃー、間に合わなかった。
「あと、教科書は反対側の人に見せてもらうように」
「えぅ……」
半泣きになりながらガタゴトと机ごと移動する村野さん。教科書は置いていってくれた。悪い事しちゃったなあ……。
授業が終わった後、お礼とお詫び。
「ごめんなさい、村野さん。あと教科書ありがとう」
「いえ、マツリが悪かったのですよ……」
「ところで、マツリの事は村野さんじゃなくて、マツリと呼んで欲しいのですよ?」
むむ、女の子を名前で呼ぶなんて馴れ馴れしくないかな? それにちょっと恥ずかしいな。
逡巡していたが、村野さんは是非マツリと呼んで欲しい、と繰り返し頼んでくる。
「えーっと、マツリちゃん?」
なんで疑問形なんだオレ。それにしても恥ずかしいな、頬があつい。きっと顔が真っ赤になってるんだろうな。
「はぅっ」
「マツリちゃんマツリちゃんマツリちゃん……。その呼び方でよろしくですよ。お願いしますですよ、お願いしますですよ」
何度もペコペコと頭を下げ、その後スキップをしながら教室を出て行った。呼び方を変えるだけで、あんなに喜ぶなら慣れるしかないかな。
それはさておき、周りの人達がうらやましそうにマツリちゃんを見ていた。
なんだろう? もしかして他の人も、ちゃん付けで呼んで欲しいのだろうか?
さすがにそれは無いか、あはははは。
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「んじゃ、そろそろ学級委員とか決めよか」
帰りのホームルームでカッキーがいつものように軽く言った。
まずは、委員長と副委員長を選出するとの事。
「なに、大した仕事じゃあらへん。ホームルームの司会進行とか、体育祭文化祭とか学校行事の取り纏めとか、毎週水曜日の放課後に、ちょっと委員会に出席したりとか……」
「……始業・終業の号令とか、提出物を集めたりとか、備品の管理とか、ああ、観葉植物の世話もやな、あと、たまにでええから先生の肩を揉んだりとか」
「という、簡単な仕事や。じゃ、立候補おる?」
めちゃくちゃ大変そうじゃないか、それに最後の仕事は明らかに委員の仕事と関係ない。当然誰も立候補しないな。
「推薦とかおる?」
ここで推薦されたらお互いに人間関係悪くなるだろうなー。当然誰も推薦しない。
「んじゃ、学力試験で一番だった田中でええか、眼鏡だし。田中が委員長で決定。ほな、副委員長決めといてや」
田中乙。つかカッキーひどいな! でも全員ほっとした顔をしているな、オレも含めて。ごめんね、なるべく協力はするから。
わかりましたとクールに答えて、つかつかと教壇にあがる田中。男前だな! 選ばれなくて良かったと喜んだ自分が恥ずかしい……。
「……では副委員長は、ボクが指名させて頂きます」
「副委員長は美里さんにお願いしたいと思いますが、宜しいですね?」
えー……。
ここで自分に来るとは想定外だよ。もしかしてオレが試験で2番だったのかな。って田中君がわかる訳ないか。
正直すっごくイヤだけど、さっき自分で自分が恥ずかしかったしなあ。仕方ない、頑張ろう……。
と、覚悟を決めて返事をしようとしたが、他のクラスメートの大ブーイングによって、オレの声はかき消された。
「ふざけんなお前モラァ!」「下心丸出しじゃない、このスケベ眼鏡!」
「全然宜しくねえぞこらー!」「はんたーい!」
「美里さんがかわいそうでしょー」「オレ様が立候補してやんよ」
むむ、何故か皆大反対してる。
確かに学級委員なんて柄じゃないし、本音はやりたくはないけど、こうも反対されるとヘコむなあ。
やっぱり初日に友達いらない発言なんてした人間には、まかせたくないのかな……。
なんか物まで投げられてる。ちょ! やめ! と田中君。ちなみにカッキーは携帯ゲームで遊んでる。ダメな担任だなあ……。
「わかりました、肝心の美里さんの意見を聞いてみましょう! 物を投げるのは止めて下さい!」
こっちにふられた。
指名されたからには頑張ってみたいと思う。
このクラスはマツリちゃんを始め、良い人が多いみたいだし。
「えっと……」
「初日に変な事を、言ったので、ワタシの事は、信用できないでしょうケド……」
「……頑張ります、やらせて下サイ」
うう、緊張した。終始下を向いてボソボソとしかしゃべれなかったけど、なんとか伝わったかな?
しかしなんで自分からやりたいような発言になったのだろう? 冷静に考えるとおかしいような気が……。
「違うのよ! 美里さんが信用できないとかじゃなくって!」「大変そうだから! そんな仕事は田中だけで十分だから!」
「このエロ眼鏡、ドヤ顔してんじゃねえぞモラァ!」「絶対下心で指名したんだから真面目に考えちゃダメだよ!」
「晶ちゃんを副委員長にしてもいいけど、仕事は全部お前がやれー!」「晶ちゃんかわいー!」
んー、どうやらオレが考えているような理由で反対してる訳じゃないのかな?
どうでもいいけど変な発言が混ざっていたような……。
また物が飛び交い始めた。
なんかどうでもよくなってきたな、うん。
最終的に副委員長の仕事は、登校して教室に入る時、ニコっと笑って挨拶をする事、になった。
無いに等しい仕事だが、何気にハードル高いな。笑顔、笑顔……。
流石に一人では無理と泣きを入れた委員長の提案で、副委員長代理という役職が設けられた。
内容は、笑顔で挨拶以外の副委員長の仕事だそうな。
これ副委員長いらないんじゃ……。
なお、田中くんの『副委員長代理になれば、副委員長との接点が増えると思います』という発言により、副委員長代理には立候補が殺到した。
殴り合いが始まりそうになったので、更に役職が増えた。副委員長代理、副委員長補佐、副委員長見習い。
しつこいけど、これ副委員長いらないんじゃ……。
壮絶なクジ引き合戦により三役が決定した後、ずっと遊んでいたカッキーが爽やかな笑顔で言った。
「んじゃ代理は図書委員、補佐は美化委員、見習いは保険委員を兼任で頼むわ」
そして、携帯ゲーム機からレベルアップのファンファーレを鳴らしつつ教室を出て行った。
今度校長にチクっておこうと思う。
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マツリちゃんはホームルーム中ひたすらチクチクと裁縫をしていた。
あの騒ぎにも気付かないくらい集中してたとの事。何気にマイペースだな、この子。
ちなみにリボンを作ってたぽい。明るめの紫にチェック柄。
なんか母さんの好みと似てるな。嫌いじゃないからいいけど。
「明日までには完成させるですよ。楽しみにして下さいですよ、おねえさ……美里さん」
うん、それはわかったけど、何でマツリちゃんはオレの事をお姉様って呼ぼうとするのかな。
姉が欲しいのだろうか?
オレが名前をちゃん付けで、向こうが苗字をさん付けで、と言うのもアレだしな。
ちょっと変だけど、好きなようにオレの事も呼んでもらっても構わないだろう。
「マツリちゃん、お姉様って呼んでもよろしくってよ」
何故かこういうしゃべり方をしないといけない気がした。
「!! お姉様……!!」
「ごめん、やっぱりアキラって呼んで」
すごい地雷を踏んだ気がしたので訂正させてもらった。
思わず素の口調でしゃべっちゃったよ。
「じゃあアキラちゃんって呼ぶですよ、お姉様……」
凄く残念そう。あとお姉様禁止で!
「じゃあ晶さん、やっぱり最初の委員会は一緒に来て欲しいのですが……」
いつのまにか委員長がいた。ちょっとびっくり。
そして5秒で袋叩きにされていた。かなりびっくり。