女子更衣室なんてありえない
コスメって化粧品の事なんだそうな。
オレの女子力が5上がった!
基礎化粧品ってのはあれだ、顔洗った後にペタペタ塗るやつ。
オレの女子力が3上がった!
「お母さんのを使ってマス」
「塗ってないデス」
「わかりまセン」
「…………………………」
登校中に、クラスの女子に遭遇した。オレはキレいな肌でうらやましいとの事。そうかな、別に大して変わらないんじゃ?
そう思って、じっと見つめたら頬を染められた。その後、肌の手入れや前述のコスメ? の話になったのだが、正直わかりません。
やばいな、ほとんど答えられない。最後の方はほぼ沈黙。だって何言ってるのかわかんないんだもん。
うーん、早速ボロがでそうだ。クラスに派手な子はほとんどいないし、この子も特に化粧なんてしてないっぽいのにな。
やはり女子はこういう話題が好きなのだろうか? ヤンヤンでも買って勉強するべきか?
思わず考え込んで、しばらく黙りこくっていたら、女の子は勘違いしたようだ。
「ごめんなさい困らせるつもりはなかったの! 嫌わないで!」
嫌わないで? さすがにこれくらいで怒ったり嫌ったりしないけど。こっちこそ、化粧品の事をなにもしらなくて変だと思われてそうだ。
「ん、大丈夫デス。ごめんなさい、よくわからなくて」
そう答えると、安心した顔をして足早に去っていった。
『危ない危ない、ゆっくりゆっくり警戒心を解いて……』とつぶやくのが聞こえた。むう?
下駄箱を開けるとラブレターが入っていた。いい加減にして欲しい。捨てるに捨てれないし本当に困る。
ここはポストではありませんって貼り紙するべきだろうか……。
微妙に鬱になりつつ教室へ。
また村野さんの机が侵食してきている。本人はいないが、荷物はあるからトイレかな?
別に構わないけど、なんとなく机は元の位置に戻しておく。
ほどなくして村野さんが戻ってきた。にっこり笑って挨拶のあと、戻された机に気付いた模様。
「うう……、お姉様はマツリの事が嫌いなんですよ?」
しょげかえってる村野さんは犬っぽくて可愛いな。ちなみにフルネームは村野 祭と言うらしい。
どうでもいいけど、お姉様ってなんだ。
ーーーーーーーーーーーー
男子あこがれの桃色空間が、オレの目の前で展開中。
本日は身体測定なので、更衣室で着替え中。うらやましい?
母さん以外の女の子を見れば興奮とかするのかなーとか思っていたが、残念ながらそうならなかった。
正常な男子だったら絶対喜ぶシチュエーションなのにな。うーん、女になったせいか特にうれしくもなんともない。
男に言い寄られても全然うれしくなかったし、オレは将来どうすればいいんだ。やっぱり犬と結婚するしかないのか……。
狭い空間に女の子が密集してるというのに、出てくる感想はこれか。あーなんか甘ったるい匂いでくらくらする。香水でもつけてる子いるのかな?
ちなみにうちのクラスは、女子が15人、男子が17人。
フォークダンスは男が余るな。余ったという理由で、女子の列に入れられた過去を思い出した。どうでもいい。
うーん、なんか可愛い下着が多いな。特に胸の小さい子はやたらフリフリした物を付けている。
そう言えば母さんが『アキラのサイズで可愛いのを探すと、高くて困る』と愚痴ってたが、そういう物なんだろうか? 布の使用量で値段が変わるのかな。
あの肩紐がないタイプのヤツ、シンプルでいいな。あっちのあれはフルカップだな、すごい装飾で高そう。なんとなくベルサイユって単語が浮かんだ。
あ、オレよりおっぱい大きい子発見! 男はこっちのおっぱいを見ろと言いたい。あ、でもお腹が少し……、よく見ると全体的にぽっちゃり……。
ごめんなさいと頭の中で謝りつつ、他の子を物色。今朝話しかけてきた子を発見。ライトグリーンと黒が半々のブラか、決して派手じゃないのに色っぽく見えるなー。
パンツは基本的にブラジャーとお揃いだよな。あ、生理用ショーツ。ご愁傷様です。
お、今度こそオレより胸がでかい女子発見! なんか詰め物っぽい物が見えた。元々そういう物で、バストトップ高くブラ、というらしい。後で悲しそうに教えてくれた。
って、オレは何やってるんだ。さっさと着替えないとな。よいしょ、よいしょと……。よし、脱げた。
ん? なんか村野さんがふらふら近づいてきた。つか小さくてまた気付かなかったな。下着チェック。えーっと、ブラジャーは必要ないんじゃないかな?
ホントちっちゃいなー、オレより頭一つ低い。130センチちょい? ところで少し離れてくれないかな、着替えづらい。
なにか用かな? と思ってじっと見てみると、何やら顔が上気している。視線もさだかでなく、体もゆらゆらしてる。風邪? いや朝みた時は普通だったけどな。
どうしたのかな? 大丈夫かな? 声をかけようとしたら、いきなりおっぱいを鷲掴みされた。
「ほわー……」
いや、ほわーじゃないって。なに揉んでるの、くすぐったいよ!
女の子だから突き飛ばす訳にもいかず、なすがままにされていると、村野さんはそのまま胸の谷間に顔をうずめて、抱きついてきた。
「はわー……」
えー……。これどうすればいいの。別にイヤじゃないけどなんだかなあ。小柄とは言え、女の子の体温を感じて少しだけドキドキした。
お、これは男として正常な反応か? 違うな、小動物になつかれた時と同じ感覚だ。それはさておき着替えらない……。
「ちょっと村野さんなにしてるの!」
「ずるい! 私もさわるのー!」
「ウエスト! そのウエストをちょっとだけ!」
「あたしはお尻でいいわ。つんとしてて引き締まっててそれでいて柔らかくて……」
ぎゃああああああああああああああああ!?
なんかいっぱい群がってきた!
ちょ、やめ、うあ、なにするの!?
実際にはもみくちゃにされて声もあげられず、小さく悲鳴を漏らすだけだったが。
止めようとしてくれる子も何人かいたが、多勢に無勢。触られるは触っちゃうわで、オレも絶賛混乱中。
うわ、誰だホック外したの! ホントにやめて、ちょっと、そこは、ひゃん! ぎゃーーーー!!!!
5分後、オレは手で胸を隠しながら、力なく床に座り込んでいた。
疲れた。きっと今のオレの瞳は、マンガ風に表現するとハイライトが消えている状態だな。
オレの人生で女の子にもみくちゃにされる日が来るとはなー。
口には出せないような所まで、色々とされちゃったなー。
もうお嫁にいけないな、いく気なかったけどなー。
あははー。
「「「「「ごめんなさい」」」」」
「……ブラジャー返して下サイ」
「ごめんなさいですよ……」
犯人は村野さんか、オレのサイズじゃ絶対合わないだろうに……。
「……着替えたいので、出ていってもらえマスカ?」
皆、口々にごめんなさいだの、申し訳ないだの、良かっただの言いながら、素直に出て行った。
……良かったってなんだ。
今度からトイレで着替えよう。そう誓いながら、オレはノロノロと着替えを再開した。
ーーーーーーーーーーーー
身体測定というよりは、どちらかというと体力測定だな。
身長体重その他を量ったあとは、握力だの、反復横跳びだの、50メートル走だの。
着替えで大幅にヒットポイントを減らされたが、ここは元男の身体能力を見せ付けてやる!
そう思っていた時期もオレにはありました。
おかしい。
ちゃんと筋トレもしてるし、ジョギングもしてるのに。女子15人中、おそらくだが総合で6~7番目くらいだ。
持久走くらいしか今の所、上位に入れていない。えー、なんでー……。
何故だ。鍛え方が足りていないのだろうか? 男子に混ざってもいけるだろ、とか思っていたが、女子の中でもここまで低いとは……。
ちなみに村野さんが見た目に反して、非常にハイスペックだった。今も目の前で50メートルを6秒切って走ったしな。
次はオレの番だ。うう、プレッシャーが。6秒台、いや7秒台、なんとか8秒台か? ハードル低いな!
元々運動は得意じゃなかったしなー。こんなものなのかなー。いいやもうどうでも……。
いやいや、諦めたらそこで試合終了だし。頭の中でデヴいヒゲのおじいさんが応援してくれるし。頑張ろう、うん。
そういや髪の毛がいつものままだな。きっと空気抵抗のせいで成績が悪かったに違いない。
毛先のリボンをほどいて、ポニーにしてキュっと結ぶ。引っ張られる感じがイヤだが、しかたがない。
「ポニーもかわいい!」
「凛々しい!」
「……似合ってますね」
「隣のクラス! こっち見てんじゃねえぞモラァ!」
ありがとう、本当はバッサリと切りたい。
クラウチングスタートの姿勢をとる。ホイッスルを待つ。鳴った。
全力で走る。手を大きく振って。歩幅を広くとって。跳ねるように。ちょっと胸が揺れて痛い。気にしない。走れ!
自分なりに頑張った。へたりこみそうになるのを我慢し、はあはあと息をつきながら、先生を見る。
「7.95!」
「えぅ……」
思わず変な声だしちゃったよ。うー、へこむ。
父さんも母さんも運動できそうなのになあ。血の封印とかを解かないとダメなんだろうか。
力なく、待機場所に戻って座り込む。体育座りはこういう気分の時だと、更に落ち込ませてくれるなあ。
膝に頬をのっけて溜息をついていると、村野さんが心配そうな表情で話しかけてきた。
「どうしたですか?」
「……タイムが遅かったので、ちょっと、落ち込んでしまいマシタ」
自分でも素直に理由を話してしまった。珍しいな。
「でもでも、持久走はよかったですよ!」
「村野さんの方がすごいデス。5秒台なんて男子でもあまりいないデス」
「マツリは足が短いから、回転数大目になるので、速いのですよ!」
その理屈はおかしい。ちょっと笑ってしまった。
「でも、もう少し速く、走りたかったデス」
「じゃあ、次に頑張ればいいだけですよ?」
「でも、好きな事や得意な事を頑張った方が、楽しいと思うですよ」
「好きじゃない事や、つらい事は、それなりに出来ればいいですよ?」
「ワタシは、つらそうな顔を、していましたか?」
「はいですよ」
ちょっとだけ考える。
オレは元々運動は得意じゃないし、そんなに好きでもない。体を鍛えていたとはいえ、しょせん中の中~下程度だった。
なのになんでこんなにへこんだんだろう?
そうだ。男から女になったから、根拠もなく運動も多少できるようになるだろうと思ったからか。
バカだな。だいたい女になった時、あからさまに筋肉も落ちてたじゃないか。
それに運動していると言っても、真面目に鍛えてる人よりは全然だしな。
『戦わなきゃ、現実と』また青いタヌキもどきが頭の中で囁いた。五月蝿い。
無意識に女性全般を軽く見てたのかな。女になった時は、いやだいやだ大騒ぎしてたし。ま、これは勘弁して欲しい。だって男だったし。
しかしオレはバカだな。だいたい村野さんは男の時のオレより速いじゃないか。勘違いして無駄に落ち込んでしまった。
村野さんが不安そうにこっちを見ている。おっと、ちょっとのはずが長く考えすぎちゃった。
「わかりました、もう大丈夫デス」
ほっとした顔でコクコクと何度も頷く。かわいい生き物だなあ。
「ありがとう」
「いえいえいえ! たいしたこと言ってないですよ! 余計なお世話者ですよ!」
「本当にありがとう。なにかお礼をあげたいくらいですよ?」
口調を真似してみた。顔を真っ赤にしてる。村野さんはいい子だなあ、それに言動がいちいち可愛いし。
「じゃあマツリはブラジャーが欲しいですよ」
「あげまセン」
なんでそんなもん欲しがるんだよ。どうもオレの周りは変人が多いな……。
ーーーーーーーーーーーー
身体測定を終えて、着替え。
オレは先ほど誓ったとおり、トイレで着替えようとし、制服を持って更衣室を出ようとした。
女子が全員で土下座を始めた。まるで父さんのようだ。
「「「「「もう絶対あんな事はしないので、ここで着替えて下さい!!」」」」」
村野さんは他の人に後頭部を手で押さえ付けられ、カエルみたいになっている。
ま、この子が発端だったしなあ。でも可哀そうだから離してやって欲しい。
「わかりマシタ、もういいですカラ……」
非常に不安だけど。
着替えの最中ずーっとジロジロ見られた。
普通逆だろうと言いたい。
やっぱり不安だ……。