彼氏がいっぱいなんてありえない
寝不足なので誤字脱字の嵐な予感……。
むにゃ……。なんか狭い、背中がスースーする……。
掛け布団の中をもそもそする。体に、何か大きい物が触れる。
抱き枕かな? そんな物持ってたっけ。ぎゅっと抱きついてみる。ちょっとごつごつしてるな。
抱き枕? も抱きついてきた。ふわー……、あったかい。抱き心地は悪いけど。Zzzzz……。
ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!
うに……、今日は目覚ましに負けたな、と思いつつ手を伸ばしたら、勝手に止まった。むぅ?
目を開けた。なんか胸板があった。顔をあげた。父さんの顔があった。
「おはようアキラちゃん! 今日はいい天気になりそうですよ」
そっか、父さんが目覚ましを止めたのか。ふあ~……。体を起こして、目をごしごし。んー?
「ああ、せっかく抱きつかれてたのに! でも寝起きのアキラちゃんもハァハァハァ」
だんだん覚醒してきた。なんで父さんがいるの?
「桜花さんに許可をもらって、添い寝しました!」
ノルマが5回に増えたけど、男らしくこなしたとの事。なにそれ全然わかんない。
「ところでアキラちゃんは、弟と妹どっちが欲しいですか?」
どうでもいい。いい年をして、父親と添い寝なんて。恥ずかしさと、怒りがドンドンこみ上げてきた。
突き飛ばして転がし、上にまたがる。俗に言うマウントポジションね。『ああ! アキラちゃんのやわらかい重みが!!』五月蝿い。さて、殴ろう。
父さんを軽くパンチドランカーにして放置し、母さんに抗議。
なんかボーッとしてるな、ちゃんと聞いてるの?
「ごめんなさい、ちょっと昨夜を思い出しちゃって。でも良かったわ……」
なにが良かったんだろう? またボーっとしだした。話にならない。
もういい。カギを買って付けよう。最低でもドアチェーンは付けてやる、と決心した。
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一人で出かけると言うと、案の定、父さんが騒ぎ出した。ジョギングで何も言わないのに、街に行くのはダメなのか。腰にしがみつくな、歩けないだろ!
「せ、せめて護身用具を! でないと認めません!」
そこまで心配するなら、防犯ブザーくらいなら持ってもいいかな? 治安の良い地域だからいらないと思うけどなあ。
5分ほど待つと、父さんが戻ってきた。結構いっぱいあるぞ?
「はい、スタンガン。改造してあるので20万ボルトは出ますからね、扱いには気をつけて下さい」
え、それって違法じゃないかな。それ以前にスタンガンの所持自体が、違法だった気がする……。
「これは桜花さんの愛用品だったカイザーナックル、もといメリケンサックです。思い出の品ですよ」
なんか指にはめるゴツゴツしたの。こんなの付けて母さんが殴ったら、相手死んでたんじゃ……。
「桜花さんは、学生時代は、付近の猛者どもに恐れられていましたねえ……。その名にふさわしく、特攻の桜花と呼ばれてまして」
懐かしそうに回想してるけど、なにそれ怖い。
「楓さん、やめてちょうだい」
「パーフェクトソルジャーという二つ名もありましたね、あの頃の桜花さんは、まるでキリングマシーンのように……」
父さんが体をくの字にして、ブーメランのように飛んでいった。今でもキリングマシーンじゃないか。
「ちなみに僕はゾンビと呼ばれてました、ははは」
何事も無かったかのように戻ってきた。もういい。これ以上バイオレンスな話は聞きたくない。
母さんが防犯ブザーをくれた。何かあったら鳴らして、走って逃げ回りなさいとの事。出かける前から疲れた。
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途中で犬のおばあちゃんに会った。飴玉もらった。梅味。おいしい。
駅前に到着。ちなみに西口に抜けて、南に10分程度で、4月から通う光泉学院高校だ。家からだいたい30分かからないくらいかー。
カギってどこに売ってるのかな。駅前広場できょろきょろ。日曜日で人が多いせいか、結構な人数にじろじろ見られた。そんなに変な格好じゃないと思うんだけど。
たしか母さんの説明によると……。ネックウォーマ付きのニットシャツ?首の周りがもふもふしてて、あったかい。
ピンクのチュールスカート?なんか透けてる生地と普通の生地を重ねてあって、カーテンみたいになってる。当然短い。
肌色のストッキング。太腿をこすりあわせると、スベスベしてちょっと楽しい。白の短めルーズソックス。引っ張りあげてもルーズにもどる、だらしのないヤツだ。
靴もいくつか買ってあり、今日は明るい茶色の、もこもこした長靴もどきだ。かかとの高い靴はまだ怖いからなー。
長々と説明しちゃったが、とにかく普通の女の子? の格好なはずだ。これでダメならどうしろと言いたい。
まあいいや。とにかく移動だ。まずは右の方へ行ってみよう。スーパーマーケットがある方だけど、そこで売ってないかな。
コンビニでたむろっている、光泉学院の生徒達を発見。部活にでも行く途中なのかな? たむろっていると言ったが、ちゃんと立ってるし、出入りの邪魔にならない位置にいる。
これを見る限り、評判通り品の良い、平穏な学校なんだろうな。そうでありますように。
でもジロジロ見られた。うー、なんだよう……。俯きながら通過。3人分の視線はきつい。
ベーカリーが見えた。焼きたてパンだそうな。ちょっと小腹が空いたな。お、更に先にンドゥールコーヒー発見。某、水のスタンド使いみたいな店名だが、全国チェーンの喫茶店だ。
高校生になるんだし、喫茶店デビューとかしてもいいだろう。よし、入ってみよう。
先にカウンターで注文しするのか、なんかヤックみたいだな。どれがいいんだろう? 結構メニュー多いな……。ええい、一番上に書いてあるのでいいや。
お姉さんの前に行ってと。
「ミ、ミラノサンドαとブレンドをお願いしましゅ!」
噛んだ。泣きたい。笑いをこらえた表情のお姉さんにお会計。隣のお姉さんはクスクス笑ってる。出来たらお持ちしますとの事なので、席に避難だ。うう……。
『今の子、かわいいわねえ』と背中から聞こえた。ええ、注文で噛むようなお子様はかわいいですよね。
窓際の小さな席を確保。オレの喫茶店デビューはなんとなく失敗風味だ。それほど待たずに商品はきた。ミルクと砂糖も付いている。
男は黙ってブラックだ! えぅ……。にがい。ミルクと砂糖を投入。なんとか飲めるようになった。
サンドをひとかじり。おいしい。なんかハムがいっぱい挟まっている。大きいので両手で持って食べる。気分はリスかハムスターだ。
ふう、意外とボリュームあったな。トレイを返して、ごちそうさまでしたと言って、逃げるように退店。クスクスのお姉さんが、『また来てねー』と。フランクだな!
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結局、スーパーマーケットと、その近辺には売っていなかった。駅前にもどり、またキョロキョロ。TATUYA方面は、ぱっと見なさそうだなあ。あ、携帯ショップ発見。
冷静に考えると、今時カギ屋なんてないよなー。やっぱりホームセンターとかに行かないとダメかな。駅の大きな時計を見ると、いつの間にか3時半だ。
まだねばるか、それとも諦めて帰るか、と時計を眺めながら考えていると、ポンポンと肩を叩かれた。ん?
「ね、ね。どうしたの? 待ち合わせか何かしてるの?」
なんか若者って感じの茶髪が、ニコニコしながら話しかけてきた。こんな知り合い、いたかな……。うーん、記憶にないな。
「時計じっと見てたからさ。ね、ね、待ち合わせなの?」
「……違う」
馴れ馴れしいな。なんだろう? 昔、流行ったキャッチセールスってやつだろうか? この辺、なんだかんだで田舎だから、まだそういうのが残ってるのかも。
「違うのかー!ね、ね、何か用事とかある?」
ね、ね、が多いなこの人。キャッチってこんな感じなのかな? とりあえず、さっさとどっか行こう。というか帰ろう。
「……ない。もう帰る」
「あ、あ、あ! そんなに警戒しないでよ~。えっとね、正直に言うとナンパなの! よかったら少し遊びにいかない?」
はあ? ナンパ? なんでオレに? 思わず目を丸くしてしまった。なに考えてるんだ、こいつ……。うわっ、いつの間にか近い! よ、寄るな!
「やだ! それにオレは男だ!」
と言ったら、今度は茶髪のほうが目を丸くしていた。
「あはは、何いってるの。それともニューハーフなの? ちょっとさわっていい?」
手をわきわきさせながら、にじり寄ってきた。そうだ今は女だった……。怖い。視線が気持ち悪い。思わず手で胸を隠して、後ずさる。
「ごめんごめん、冗談だから怖がらないで? 変な事はしないから、ちょっとだけオレに付き合わない?」
「やだ。オレは男……じゃなくて、精神的には男みたいなもんなんだ。だから絶対やだ!」
「だからそんな変なしゃべり方してるの? オレなんて言っちゃってかわいー。ね、ね、ホントちょっとだけでいいからさ」
ううー、しつこいなこいつ。それに変なしゃべり方なんて失礼な。かわいーって何だよ。ああ、もうめんどくさいなあ……。今度は名前を教えてくれとか。やだよ。
無視して立ち去ろうとしたら手首を掴まれた。なんだよこいつ。くっ……、ふりほどけない。チャラいくせに結構力強いな。
痛い! 離せバカ!
殴ってやる、と空いてる手をふりあげようとした瞬間、肩をポンと叩かれた。んー?
「待たせたな、エリカ。じゃあ行こうか」
なんかスポーツマンって感じの短髪が、ニコニコしながら肩を抱いてきた。また変なのが増えたのか? オレはエリカじゃないぞ。
あ、でも茶髪が手を放した。『ち、男いたのかよ』とかぶつぶつ呟いてる。そのまま去り始めた。茶髪め、次に会ったら絶対殴ってやる。
あとは肩だな。指の感触がなんかいやらしい。妙に鼻息も荒いし。早く離して欲しい。
それなのに、茶髪に向かって『悪いな、勘違いさせて。エリカ行こう』とか言ってるし。なんか密着してきた。思わず顔をしかめてしまう。
「えっと、オレはエリカじゃないです」
一応は助かったので、丁寧に人違いを指摘して、腕から抜け出そうとする。が、なにやら慌てた様子で、更に強く肩を抱いてきた。痛い。でも振りほどけない。もうやだ……。
「ちょ、何言ってるんだエリカ、ほらさっさと行くぞ」
「だからエリカじゃない……! 苦しいっ、離せ!」
「ちょっと待てお前どういう事だこらあ!」
あ、茶髪がもどってきた。そのまま短髪を突き飛ばす。
オレは開放された!
よろけたけど。
「ああもう! キミを助けようとして、一芝居打とうとしたのに!」
そうなのか? 悪いけど、感謝する気はおきない。下心的な物を、凄く感じたし。だいたいなんで胸を見てるの?
茶髪と短髪が、激しく言い争いをしている。彼女がしつこくされて困ってたから、だの、お前こそ肩を抱いて下心丸出しだった、だの。
うん、はっきり言って二人ともイヤだよ。あと、オレを挟んで怒鳴り合うのは止めて欲しいなあ……。
どうしようかな、と考えてると、ポンポンポンと肩を叩かれた。ん?
「だいじょぶですかお嬢さん!?」
「僕達、近くの高校の者です!」
「良かったら後で、名前教えて下さい!」
コンビニでたむろってた先輩達がいた。こいつらからも微妙な下心を感じるな……。
「なんだお前らこらあ!」
「オレは彼女を助けようとしただけだ!」
うん、無理。なんか取っ組み合いが始まったし。お、先輩達つよいな。茶髪がやられてる、いい気味だ。
人も集まってきたし逃げちゃおう。ありがとう先輩達。でも名前は教えません。
もう男はヤダ!
さよならー!
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夕食の時に、この出来事を話したら
「そのバカどもの詳しい特徴は? まだ駅前にいると良いのですが。ああ、安心して下さい。草の根分けても見つけますし、証拠は絶対残しません」
と言って外に出て行こうとしたので、必死に引き止めた。父さん怖いよ!
「そういうのを、さらっと流すのも必要なスキルよ」
とは母さんの弁。
具体的には? と訊ねると、『横隔膜と肝臓の中間を強打してやると、10分は動けなくなるからおすすめね』との事。なんか違う。
ところでオレのしゃべり方って変? と聞いたら『女の子としては変ね』と言われた。そうか、やっぱり変だよな……。
「そろそろ、そういうのも治させようと思ってたのよ、ちょうど良い機会ね。」
地雷踏んだっぽい!
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結局カギは買えなかったので、ドアの前に画鋲をまいておいた。朝、忘れて自分で踏まないようにしなければ。
電気を消して就寝。
今日のナンパの件はさっさと忘れたい。
腕力でかなわなかったのもショックだったが、胸とか腰に感じた視線が本当に怖かった。
肩を抱かれた時も、なんというか、父さんに抱きつかれるのと違って、すごいイヤだった。
うまく言葉にできない。
寝よう。
ぎゅっと丸まって、膝を抱きかかえて、オレは眠りに落ちた。
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起床。今日は目覚ましに買った。父さんは来なかった模様。画鋲を片付ける。
洗面所でゾンビを発見。
「ノルマ7回は……さすがに無理………です…………」
よろけて倒れそうになった父さんを、体で支える。あ、やっぱりイヤじゃない。ところでなにがあったんだろ?
母さんと朝食の準備。なんかつやつやしてるぞ? 父さんと正反対だ。
「案外早く、弟か妹ができそうよ、一緒に名前考える?」
もうそのネタはいいよ! どれだけ引っ張るの!
……ネタだよね?