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お天道様のいいね

作者: kkeman
掲載日:2026/02/28

 鈴木は若くしてSNSでインフルエンサーと呼ばれるものになりつつあった。

海でゴミを拾ったり、衰弱している動物を助けている動画などがバズっていた。

ある日、外食をしていた彼は、席まで小走りで来た店員に、誰かが彼のお代を支払っていった旨を告げられた。

急いで店の外に出ると、車に乗ろうとしているその女性は、彼の高校時代の担任の教師であった。

彼はお礼を言って店に戻ったが、その教師の何も告げずに去ろうとしたその行為を愚かな事だと思い、ろくに感謝もしなかった。

店員が知らせなければ永遠にわからなくなるというのに何故、何の得もない事をするのかと。


 一方、山本という男はSNSでバズるある種の動画、そしてインフルエンサーというものを苦々しく思っていた。

特に動物などを助ける動画に対して、何故それを録画するのだと。

普通に助ければいいだろうと。

わざわざ自分で知らせるという事に卑しさを感じないのかと。

それに、こういう動画の再生数が伸びるという事がいかに危険を孕んでいるかわかっているのかと。

世の中には酷い人間がいて、これで再生数が伸びるのなら、自分で川に犬を突き落として、それを助ける動画を撮るというようなことを思いつき、それを実際にやる輩がいるのだと。

犬も馬鹿じゃないから突き落とした本人には怯えや怒りを示すので、複数人でやるだけの事だ。

山本は誰にも知られない状況での正しい行い、本当の善行というものについて考えていた。


そんなある日、偶然見つけたのである。

ドブ川で溺れている猫をヘドロにまみれながら助けている女性を見かけたのだ。

遠くから見ていた山本以外に人はいなかった。

そこは酷く汚いドブ川で、服も靴も洗ったところで二度と使えない事は明らかだった。

彼女に興味を持った山本は、悪い事とは知りながら、それからしばらく彼女にバレないようにこっそりと尾行し、観察し、録画することにした。

さらに、いろいろな仕掛けもした。

「近くの山で最近ゴミが増えている」などと嘘のチラシを自作し、彼女の自宅のポストに放り込んでその反応を窺ったり、彼女がスーパーに入った時などには、店の前に止めてある誰のかもわからない自転車をわざと倒しておいて、それをどうするのか観察したりした。


 ある日、動画編集などで酷使された目を癒しに、森林浴でもしようかと山に来ていた鈴木は、子供の叫び声を聞いた。

急いでその場に駆け寄ると、子供が崖っぷちにしがみついて今にも落ちそうになっていた。

落ちたら死ぬという高さであった。

しかも、それを助けようとした場合、自分の身も危うくなるような難しい場所であった。

さらに、そこは彼ら以外誰もいないうえに、その後も誰も寄り付かなそうな、ひとけのない場所のように思えた。

この期に及んで最初に彼の頭に浮かんだのは

「誰も見ていないのか」

という事であった。

それならば......

助けるところを動画にすればすごい再生数になると考えた。

しかし、普段、録画を担当している友人はいない。

一人で子供を助けながらそれを録画するのは、スマホを手に持つにしても、離れた場所に置くにしても、見ている側からすると不自然な動画になるので無理だ。

誰かが見ているならまだしも、リスクがありすぎて何の得もないと判断し、彼は子供を見捨ててその場から去った。

しかし、しばらく歩いたところで、ある事に気づいた。

もしこの後、誰かが通りかかってあの子を助けたとしたら、自分はあの子に顔を見られている......

SNSで自分の事をすでに知っているか、あるいは後で知った時に、この人は自分の事を見捨てて逃げた人だと言うだろう。

彼は引き返した。

いくつかの選択肢、その中に恐ろしい考えをも頭に浮かべながら......


子供がいた崖が遠くに見える位置まで来た時、彼は驚いた。

誰かが子供を助けようとしていた。

彼が少し離れた間に誰かが通りかかったのだ。

まずいと思いながらも、それがよく見えるところまで相手に気づかれる事のないよう近づき、木陰に隠れて様子をうかがった。

するとそれはあの教師だった。

次の瞬間、教師が足を滑らせた。

その時、何故か体が自然に動いた。

彼は急いで駆け寄った。

できるだけの事をすることしか頭になかった。

落ちたかのように思われたが、なんとか二人でしがみついていた。

しかし、あらためて見てみると、二人がしがみついているところまでは、安全な平地から1メートルほど離れていて斜面になっている。

やはり自分も足を滑らせる可能性が高い。

足元にはおそらく近くの大木の根であろうものの一部が土から露出していて、ちょうど取っ手のようになっており、何とか手を食い込ませ握ることができるが、その状態で手を伸ばしてもあと20cmほど届かない。

その時そばに、前に来た時には無かった大きなトートバッグが目に入った。

彼はその持ち手の片側を素早く、根と地面の隙間に

通し、両方の持ち手を重ねて吊り革のようにして握り、手を伸ばすと二人に届いた。

奇跡的に二人とも助けることができた。


教師は彼の咄嗟の判断に感嘆しながら礼を言った。

その時、子供が言った。

「この人、さっき僕をおいて逃げた」

鈴木はただ下を向いているしかなかった。

それを見て全てを理解した教師が言った。

「彼は何か使えるものとかを探しに行ってたのよ」

子供は納得したようで、彼に「ありがとう」と言った。

大きなトートバッグを手に帰ろうとする教師を見て、鈴木は言った。

「それ、先生のバッグだったんですか、何でそんな大きなものを、しかも何も入ってないし」

「いや、なんか山のゴミが増えてるらしいんで、見に来たんだけど、全然そんなことなかった」

と少し恥ずかしそうに笑いながら教師は答えた。


 帰宅した鈴木は考えていた。

先生は日頃から誰にも知られることのない状況で、正しい事や善い事をしていた。

それが意識的かどうかに関わらず、訓練になっていて、いつしか習慣となり、今日のような場合に自然に正しい行動ができたのだろうと。

自分の場合は正しい事、善い事をするにしても、常に誰かにわからせるという状況でやってきた。

そうすると今日のように誰も見ていない状況になった時に、逃げるという選択肢があまりにも簡単に浮かび上がってくるのだと。

いやそれどころではなかった。

引き返したあの時、頭をよぎったもの、そのおぞましさ、もし先生が現れてなかったら......

彼はそれまでのSNSでの活動をやめ、アカウントを消した。


 その頃、SNSではオンリーマウスというアカウントがアップした、女性が子供を助けようとし、鈴木がその女性と子供を助けようと奮闘している動画が徐々に再生数を伸ばし始めていた。


山本のSNSでのアカウント名は

──普通に助けろ、撮るな──

と言っていた自分が、教師を尾行していた山で木陰に隠れ

──助けずに、撮り続けた──

事への自戒の念から「口だけ」を適当に英語にしたものであるという。

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