020 悪いものじゃない
「私は天の力で動いているので、食事は必要ないのですよ!!」
「だったら注文するな。場所を無駄に使う」
「それでも、私は食べたいのです!」
ミンティとリリスの不毛なやりとりを横目に、コートが静かに言った。
「ルイさんって、前世ではどんなヒトだったんですか?」
「......なんの変哲もない会社員だよ。ブラック企業で、給料は薄く、有給は使えず、毎晩タバコを吸いながら寝るだけの人生だった」
「それは......大変でしたね」
「まぁな。でも、私以上に大変だったヤツなんて腐るほどいる。だから、そこまで同情されることでもない」
「それでも、大変だったと思います」
コートは淡々と言った。その言葉には余計な色がなくて、ルイは悪い気がしなかった。
「オマエは? この世界の生まれなのか?」
「そうです。この街──ウェストAs市の出身です。産まれた場所は、たぶんここから5キロほどのところにある産院だと思います。記録があったので」
「施設にいたんだったな」
「はい。でも、意外とつらくはなかった」コートは少し考えてから続けた。「つらくなったのは、施設がなくなってから。ひとりになって、初めて怖いと分かりました」
「そうか」
「ルイさんは、ひとりが怖かったですか?」
ルイは、少し間を置いた。
「怖い、というより......慣れすぎていたな。ひとりが当たり前になると、誰かと一緒にいることのほうが不思議に感じる」
「今は?」
ルイはミンティたちを見渡した。ミンティはパスタを食べながらスマホを見ている。リリスはオムライスを不満げに突いている。コートはルイを見上げている。
「......まぁ、悪くないかな」
コートはそれを聞いて、小さく笑った。口角がほんの少しだけ上がる程度の、地味な笑みだったが。
*
食事を終えて、ルイたちが定食屋を出たとき、
見知らぬ女が待ち構えていた。
30代くらい、目つきは鋭く、スーツを着こなしたアンゲルス人。黒髪を後ろで束ね、胸元にバッジをつけている。
「立山ルイさん、ですね?」
「そうですが」
「SAsPD、サウスAs市の警察です。少しお話を伺えますか?」
ルイはミンティを横目で見た。ミンティは小さく首を振った。「任意だな。断れる」という意味だろう。
「任意ですか?」
「えぇ、任意同行です」
「なら、今は遠慮しておきます。弁護士もいないので」
女刑事は眉一つ動かさなかった。
「昨夜のサーカス場の件です。貴方の関与が確認されています」
「証拠は?」
「......今のところ、状況証拠だけです」
「なら、お断りします」
ルイはそのまま歩き出した。刑事は止めなかった。ただ、去り際に一言だけ言った。
「転生者だからといって、なんでも許されるわけではありませんよ」
ルイは振り返らず答えた。ニヤッと、口角を上げて。
「全くもって、その通りですな」
*
夜、ホテルの部屋に戻ったルイは、ひとりで窓の外を眺めた。コートはシャワーを浴びている。リリスは早くも夢の中だ。
スマホには、ルーシとミンティとキャメルの連絡先が入っている。転生してまだ2日しか経っていないのに、気がつけばそれなりの人間関係ができていた。
「変な話だ」
ルイは呟いた。
前世では、34年間生きて、友と呼べるヒトがいなかった。名刺交換した相手は何十人もいたが、プライベートで連絡を取り合う相手はゼロだった。
それなのに、ここでは出会って1日も経たないうちに、ミンティにタバコをもらい、ルーシに仕事を振られ、キャメルに学園を薦められている。
「......転生って、案外悪くないな」
声に出して言ってから、自分でも驚いた。
そんな感情を抱くとは、思ってもみなかったからだ。
「ルイさん」
バスルームから出てきたコートが、濡れた黒髪のまま立っていた。




