018 平和な一幕
『死にたい目』
ルイは鼻の頭をかいた。図星だったからだ。
コートはじっとルイを見つめていた。嘘をつく気配もないし、からかっている様子でもない。ただただ真剣に、銀髪の獣娘を見ている。
「......私は今、死にたくはないけどな」
「でも、前は死にたかったでしょ」
「まぁ、そうだな」
ルイは適当にごまかす気が起きなかった。なぜなら、コートの目が、かつての自分に似ていたからだ。覇気がなく、ただ底だけが深くて、なにを見てもなにも映らない目。
「オマエは、死にたかったのか?」
「そうです。いっそ値札をつけて売られていく方が、ずっとマシだと思ってた」
とんでもない言葉を、少年は平然と言った。
「なんで?」
「売られた先でも、僕はどうせ〝使い捨て〟だから。だったら値段がついているほうが、まだ価値があるじゃないですか」
ルイは返答に詰まった。
(なるほど。価値がない、か)
34歳だったルイが考えていたことと、本質的には同じだった。代わりはいくらでもいる。自分の死に誰も気づかない。だったら、いっそ。
「なんで、そんなふうになった?」
「捨てられたからです」コートは膝を抱える。「親に。理由なんて知りません。生まれたときから、施設にいた。施設の職員は優しかったけど、ある日施設ごとなくなりました。それからはずっと、この街でひとりで生きてきた」
「年齢は?」
「14歳です」
14年間、ほとんどひとりで生きてきたことになる。ルイは天井を仰いだ。
「そうか。なら、まぁ......しばらく一緒にいてやる」
「え?」
「頼る人間がいないのは知ってるし、魔術も使えるようだしな。ちょうど人手が欲しかった」
嘘だった。
本当は、コートの目が気になったからだ。放っておけなかった。
コートは目を丸くして、それからふにゃっと眉尻を下げた。
「......ありがとうございます」
「礼はいらない。腹減ったんだろ? ルームサービスを頼んでやるから」
「あの、ルイさん」
「なんだ」
「好きって言ったの、まだ答えてもらってないです」
「......オマエ、けっこう鬱陶しいな」
「よく言われます」
ルイは軽く頭を抱えた。
*
翌朝10時。約束通り、ミンティがホテル前に現れた。
「よう。スマホ、契約しに行くぞ──」
ミンティは言いかけて、ルイの隣に立つコートを見て眉をひそめた。
「そのガキは誰だ?」
「コートだ。しばらく一緒にいる」
「拾ったのか」
「まぁ、そんなところ」
コートはミンティを見て、小さく頭を下げた。ミンティはしばらく彼を観察してから、「ふぅん」と鼻を鳴らした。
「魔術、使えるのか?」
「音を破裂させる術式なら」
「〝音爆〟か。なかなかだな」
ミンティは興味深そうに言った。コートは表情を変えなかったが、耳が少しだけ赤くなっていた。
「ルイ、コイツも連れていくのか?」
「あぁ」
「なら仕方ない。行くぞ」
ミンティは歩き出した。ルイとコートはそれに続く。
後ろから、ドタドタと足音が追いかけてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんで誰も起こしてくれないんですか!?」
リリスだった。寝癖のついた髪のまま、翼を広げてルイたちに追いつこうとしている。ミンティはその姿を見て、「相変わらず間抜けな天使だな」と呟いた。
「うるさいですよ、ミンティさん!」
「おれはただ事実を言っただけだが」
「......、」
リリスは口をへの字に曲げて黙った。コートは、そのやりとりを不思議そうに眺めていた。




