001 すこし不思議な異世界
駅から帰宅したルイは、友人からの招待状を見た。
「また、結婚か」
そう呟くしかなかった。
34歳。もう二十年近く、誰とも約束をしたことがない男だ。
そりゃ、この年で独身なのは珍しい。むしろ、異常だと思われてもおかしくない。
そんなことは分かっている。分かっているが、ただただ虚しい。
ルイは生涯の伴侶も見つけられず、安月給のブラックな職場でただ時間を浪費している。
だから余計に思う。
──これが、選び取った人生なのか、と。
「……10代のとき、周りが馬鹿に見えて仕方なかった」
階段を降りながら、ルイは呟く。
「20代のうちは、いつか必ず人生大逆転できると思ってた。けど、34歳にもなれば分かるよ。おれの人生には、全く価値がないってことを」
いくらでも代わりがいる存在。それがルイだ。
きょう死んだところで、すぐ代替要員がルイの居場所を奪うだろう。
ただただ虚しい。34年間生きてきた末に、なにも手に入れられなかった。
「……それでも生きなきゃならない。今死んだら、負けだ」
ルイは処方されている睡眠薬を飲んだ。
タバコの煙に巻かれながら、覇気のない顔で眠りに落ちるのを待つ。
「タバコがないな」
一本吸い終えた後、ルイはタバコがないことに気づいた。
あす朝も早く出勤するので、コンビニに買いに行くことにした。
アパートから冷え込む街へ出て、階段を降りていく最中──
ルイはこう思った。
(転生したいな。おれという存在をなかったことにしたい)
そんな世迷い言を考えていた時だった。
ルイは結露している階段に足を滑らせた。
その身体は転げ落ちていき、地面に叩きつけられた。
*
「……ハッ!」
ルイの目の前には、公園が広がっていた。
ベンチをベッド代わりに寝転がっていたようだ。
「いったい、何が……?」
ルイはひとまず起き上がった。
吹き荒れる風と、そのせいで起こる頭痛から、ここが夢世界ではないと悟った。
起き上がったルイは、心を落ち着かせるためにタバコを吸おうとするが──
「買いに行く最中だったんだな……」
ルイはどこにもタバコがないのを知った。
仕方ないので、コンビニ探しに街を歩く。
街には、英語かフランス語かわからない看板が大量にあった。
英語には強いルイは、看板に書かれている言語をそれとなく理解する。
そして、コンビニ的な役割を果たしていそうな売店を見つけた。
財布には、タバコを買うのに充分なお金が入っている。
ルイは英語で言ってみた。
「125番ください」
すると、店員は露骨に怪訝な顔になった。
「嬢ちゃん、10歳くらいの女の子にタバコは売れないぞ」
「10歳くらい?」
「なんだ? 転生者か?」
「転生者?」
「まあともかく、自分の顔を見てみろ」
店主は、鏡をルイに渡した。
そこには──
銀髪。整った顔立ち。猫のような耳。
13歳くらいのあどけない少女が映っていた。
「ここには、大量の転生者がやってくる。姿形を変えるのも珍しくない」
店主は淡々と伝えた。
「だからきっと、嬢ちゃんは転生者だろうな。しかも成人済みの」
彼は硬直するルイへ続ける。
「ただ、獣娘に転生するのは珍しいな」
「獣人は頭脳明晰で、魔術の腕も秀でてる」
「とりあえず、役所に行って届け出を出したらどうだ? そうすりゃ、タバコも買えるからな」
何がなんだか、さっぱり分からない。
分かることは、ルイが猫の獣人の美少女になってしまった、という現実だけだった。
「……」
ルイはそのまま力なく、売店から去っていった。
ベンチに座り、ぼんやり空を眺める。
(ここは、いわゆる異世界か。でも、車やバイク、飛行機が走っている。ラノベで見かける、中世ヨーロッパ風の世界とは違うのか)
慌てたところで、美形獣人になってしまった現実は変わらない。
しかし、何かアクションを起こさないと、ホームレスになってしまう。
そんな最中、ルイは背中を叩かれた。
「覇気のない顔してたら、せっかくの美人が台無しだと思うぞ」
振り返った先には、同じく獣人の少年がいた。




