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映画ならハッピーエンドだったのに。〜少女が砕けた理由を俺はまだ認めない〜  作者: oo78


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第4話・新しい日常

午前中の講義は昨夜の出来事のせいで集中できなかったが、午後は意外な程に平静に過ごせた。

時間が解決してくれるというのは本当のようだ、とリアムは思った。


不安が消えたからだろうか。

階段を上る時、いつもより足取りが軽かった。


大学が終わると、今日も配送センターのアルバイトが待っていた。

この頃には、今朝の不安はすっかり無くなっていた。

むしろ、すこぶる調子がいい。


タイムカードを切って、主任と挨拶を交わした後、リアムはいつものように倉庫の段ボール箱を持ち上げた。


何かがおかしい。


昨日までは持ち上げるのに苦労していた筈なのに、腕には殆ど負荷を感じていない事に気付いた。

抱えていた箱をいちど床へと下ろし、別の箱を持ち上げてみる。

それでも、身体が受け取る感覚は変わらなかった。


その日の作業は、まるで集中できなかった。

周囲は、彼がこれまでにない仕事ぶりを見せた事に驚き、口々に「成長したな」と言ってリアムを褒めた。


リアムは、今朝とはまた別の焦燥感を抱いていた。





家に帰ったリアムは、夕食を終えると足早に庭のガレージへ向かった。

シャッターを降ろし、誰にも見られない事を確認してから、ゆっくりと息を吐く。


「……試すか」


ガレージにある作業台を、両手で掴んで力を入れた。

持ち上がる。いとも簡単に。


次は、軽く跳んでみる。

天井に頭をぶつけそうになり、慌てて体勢を崩した。


興奮して乱れた息を整えてから、リアムは呟いた。


「もっと確かめたい」


リアムはその足で車に乗り込んだ。


――あそこなら人目に付かないだろう。


ここから3キロ程の場所に、数年前に閉鎖された採石場があった。

そこへと車を走らせた。


採石場から少し離れた茂みに車を停め、徒歩で草木を掻き分けながら進んでいく。


『立ち入り禁止』


侵入を阻むように張られたチェーンには、そう記されたプレートがあちこちにぶら下がっている。

それが採石場の敷地との境界を示していた。


普段のリアムなら、不法侵入なんて()っての外と考えるが、今は緊急事態だ。

少しだけ躊躇(ためら)いつつも、彼はチェーンを跨ぐ。


採石場は擂鉢(すりばち)状になった大きな穴の形をしていた。

砂利道のスロープを警戒しながら進む。


そして、周囲に人の気配が無い事を確認してから、足に力を込め、全力でのダッシュを試してみる。

力を溜めた脚が地面を蹴る。


景色が爆発した。


――え?


視界の両端が猛烈な勢いで後ろへ流れていく。

制御不能の弾丸となったリアムの体は、スロープの先にそびえる岸壁へと一直線に飛ぶ。


――まずい、ぶつかる!


焦ってブレーキを掛けようとするが、もう遅い。

衝突まで、あとコンマ数秒。もはや回避は不可能だ。

リアムは本能的に両腕を突き出し、全身の筋肉を鋼のように硬直させた。


《ドゴォォォォォンッ!!》


凄まじい轟音が採石場に反響した。

硬質な岩盤に、人の体が激突したとは思えない衝撃が走る。


衝突の反動で周囲の岩肌が蜘蛛の巣状にひび割れ、砕けた石の破片が(つぶて)となって降り注いだ。


静寂が戻る。


リアムは、自分が岩壁に数センチ程めり込んでいる事に気づいた。


「……はぁ、はぁ……」


ゆっくりと腕を解き、自分の体を確認する。

パーカーはボロボロに裂け、皮膚は煤と土で汚れている。


だが、痛みは無い。

骨が折れた感覚も、内臓が揺さぶられた不快感すら無い。


彼は岩壁から抜け出し、信じられないものを見る目で自分の手を見つめた。

まるで、あのバスを受け止めたヒーローの腕だ。


「無傷……なのか? あの衝撃で……?」


先程まで自分が埋まっていた場所を、鼻血一つ出ていない顔で見上げた。

恐怖が引き、代わりに全身の血が沸騰するような興奮が沸き起こる。


「もっと試さないと」


リアムはその後も自分の身体の変化を試した。

そして理解する。


岩を砕く拳、常人離れした跳躍、高所から落ちても揺るがない足腰――強靭な身体能力を得た事を。


そして――。


リアムは息を整え、目を閉じ、足先に意識を集中した。

全身が漂っていくイメージ。


自然と、あの奇妙に光りながら浮遊する石を思い浮かべていた。

次第に足裏の感覚が薄れた気がした。


ゆっくりと目を開け、足元を確認する。

気づけば、地面から数十センチ浮いていた。


「……浮いてる」


声が震えた。

しかし、束の間、リアムの体はバランスを崩して、地面に落ちた。

心臓の鼓動が速い。現実味がまるで無かった。


リアムはもう一度、足先に意識を集中した。


――浮け。


そう願い、そして実際にリアムの体は再び宙に浮いた。

今度は先程より高い。1メートルを超えていた。


しかし、その状態を保つ事で精一杯だった。

気を抜くと地面に落ちる。そう思った。


集中したまま、今度は自分の意志で、ゆっくりと体を地面に降ろしていく。


「はぁ、はぁ……」


息を乱しつつ、リアムは呟く。


「もっと練習が必要だ」


その夜、リアムは日が昇る直前まで家に帰らなかった。


次回は、2月7日(土)14時頃に更新予定です。

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