第3話・いつもの目覚め
《ピピピピピピピピ……》
静寂を突き破り、甲高い電子音が鳴り響く。
規則的に短く繰り返されるその音で、何かに急かされるようにリアムは目を覚ました。
ひどく不安に駆られた目覚めだった。
一瞬、自分が何処に居るのか分からなかった。
天井を見上げると、カーテン越しに差し込む朝の光で、少しずつ脳が覚醒してくる。
徐々にはっきりしてくる意識の中で、リアムの脳裏に昨夜の光景が蘇る。ありえない光景が――。
――夢に決まってる。昨日は疲れていたんだ……。
実際、昨日は疲れていた。
講義を受けた後にアルバイトをこなし、渋滞する道を車で走って、2時間近くかけて家に帰ってきた。
まともに休めているとは言い難い。変な夢を見る理由はいくらでもあった。
ベッドから身体を起こし、カーテンを開ける。
窓の向こうに広がる朝の空は、何事もなかったかのように澄んでいた。
その下には、裏庭にある大きなオークの木が見えている。
家のシンボルであり、リアムが生まれるずっと前からそこにある大樹だ。
その根本に、それはあった。
地面が浅く抉れ、周囲の土が外に向かって大きく跳ねている。
そして近くには、ゴルフボール程の大きさの石が落ちていた。
「夢……じゃ、ないのか」
石を見つめながらリアムは独り呟く。
それは、少し黒っぽいだけの何処にでもあるような、ただの石に見える。……今は。
――昨日のあれは何だったんだ。
*
昨日の夜はやけに暗く静かだった。
雲が空を覆い、月も星も殆ど見えなかった。
そろそろベッドに入ろうかと、自室に向かおうとした時だった。
《ドシュッ!》
鼓膜を叩くような、重く鈍い衝撃音が響いた。
何かが地面に突き刺さった。そんな音だった。
音は裏庭にあるオークの方向から聞こえた。
気になったリアムは、玄関へと向かい、懐中電灯を手にして扉を開いた。
懐中電灯を点け、その光を頼りに家の裏手へと回る。
あまり手入れがされていない庭には、膝にかかる程の高さまで雑草が茂っていた。
その中を恐る恐る進み、音のしたほうへと向かう。
小さな石だった。ゴルフボール程の大きさ。
しかし、それは異常な光景だった。
見れば瞬時にわかる程、地面から離れてそれは静止していた。
揺れもせず、回転もせず、そこにただ、浮かんでいる。
さらに、その石は、鈍く発光しているように見えた。
まるで懐中電灯の光を吸収しているような、そんな感覚すら覚える、見た事のない光景だった。
リアムは呆然とした。
「……なんだよ、これ」
そう呟いた時、静止していると思った石が、僅かに動いている事に気づく。
徐々に浮かび上がっている。ゆっくりと。
そして、やがて一点で完全に止まった。
一歩、近づく。
手を伸ばせば、触れられる距離。
リアムは無意識に右手を動かした。
心臓が警鐘を鳴らし、伸ばした右手が震えているのが分かった。
それでもリアムは石に手を伸ばす。
指先が石に触れた瞬間――。
《バチッ!》
鋭い衝撃が全身に走った。
痛みではない。未知の感覚。
次の瞬間、頭の中で奇妙な音が響いた。
《ギュィィイーン》
思考そのものが引き延ばされるような感覚。時間が歪み、意識が薄くなる。
気がつくと、リアムは地面に倒れていた。
近くには、何の変哲もない黒っぽい石が転がっていた。
リアムは咄嗟に自分の右手を見た。
火傷も、傷も、何も無い。
*
「何だったんだ、あれは」
ふと意識を現実に戻し、リアムは呟いた。
改めて右手を確認して見るが、やはり異常は無い。
しかし、裏庭で倒れたのは事実だ。その痕跡が目の前に広がっている。
昨日のあれが本当だったとして、何か変わるだろうか。
リアムはすぐに否定した。
――誰も信じてはくれないだろう。
話しても、どうせ馬鹿にされるに決まっている。
身体に異常は見られないのだ。これ以上考えても仕方がない。
リアムは不安を頭の片隅に追いやり、大学に行く支度を始めた。




