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映画ならハッピーエンドだったのに。〜少女が砕けた理由を俺はまだ認めない〜  作者: oo78


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第2話・彼の日常

大学に着くと、リアムは4階にあるいつものラウンジに向かうため、エレベーターに乗り込んだ。


入口の方からパタパタと足音が聞こえ、閉まりかけたそのエレベーターに、見知った顔が乗り込んできた。

肩を上下させ、息を整えている。


「珍しいね。ここで会うなんて。いつもは向こうのラウンジ使ってるだろ?」


声をかけるリアム。

彼女は同じ講義を一緒に受けている学生で、何度か言葉を交わした事があった。


「ええ。ちょっとルーカス教授に質問したい事があって。研究室、開いてる時間でしょ?」

「なるほどね」


大学にはオフィスアワーという制度があり、その時間内なら学生が自由に質問や指導を受ける事ができる。


「ところでリアム。昨日観たわよ」

「ん? 何をだい?」


エレベーターが4階に着き、扉が開く。


「あなた言ってたじゃない。アーブルの新作は見とけって」


歩き出しながら、彼女は続けた。


アーブルとは、莫大な予算を投じて作られるヒーロー映画シリーズだ。

今や世界中で知らない者は居ない程、大衆に受け入れられている。


「昨日さ、観てきたよ。リアムの言った通り、確かに見応えはあったね」


その一言で、リアムの胸の奥に小さな火が灯った。

一瞬、言葉を選ぼうとした。軽く相槌を打って終わらせる事もできた筈だった。


「ああ! あれ?」


しかし次の瞬間には、もう止まらなかった。


「どの辺が良かった? やっぱり中盤のニューヨークのシーン?」


女子学生は少し驚いたように瞬きをした。


「え、えっと……うん。街が、めちゃくちゃになるところ……とか?」

「だよね! でもあそこ、単に派手なだけじゃないんだ」


言葉が止まらない。

リアムは足を止めずに、身振りを交えながら語り続ける。


「あの時さ、敵が空から大量に降ってくるだろ? 普通なら市民を逃がすか、敵を止めるかで迷う。でもリーダーは即座に指示を出すんだ。誰が空を抑えて、誰が地上を守るか。判断が1秒も遅れてない」


女子学生は曖昧に笑った。


「そう、なんだ……」


「で、バルクが暴れそうになる場面あるだろ? あそこで止めるんじゃなくて、あえてぶつける方向に誘導する。結果的にビルの被害は出るけど、避難は間に合う。あれ、完璧な判断だよ」


言葉が熱を帯びていく。目的のラウンジはもう目の前だった。


「あとさ、橋の上でバスが止まるシーン覚えてる? エンジンが止まって、下は海。あの時も誰も『無理だ』なんて言わない。あの状況でもスタンの戦術はちゃんと完璧で、ソルも迷わず炎を放つ! そして、結果的に全員助かる。ああいうのがヒーローなんだよ」


リアムは一息に言い切って、そこでようやく気づいた。

女子学生の表情が、最初とは少し違っている事に。


「へ、へえ……すごい、詳しいね」


声の温度が、僅かに下がっていた。

その時、ラウンジに居た男の笑い声が挟まった。


「こいつにアーブルの話を振っちゃダメだよ。話し始めると止まらないんだから」


男友達が肩をすくめながら、冗談めかして続ける。


「設定とか演出とか、ぜーんぶ覚えてるし、何回も見に行くタイプ。マジでオタクだよな」


男は言いながらリアムの肩を軽く叩くと、場の空気が少し軽くなった。

周りも「うんうん」と頷いている。


「あ、そうなんだ」


女子学生は納得したように頷き、「じゃあね」と言って去って行った。

リアムは、笑って誤魔化す。


「はは……。そ、そうなんだよね」


彼女の背中を見送りながら、リアムは口の中に残った熱い感情を飲み込んだ。

それを持て余しながらも、いつものコンセント近くの、擦り減ったソファに沈み込む。

そして、リュックの中から重いノートパソコンを取り出した。


行き場を失った感情は、未だに胸の奥に熱として残っていた。

しかし同時に、


――ヒーローを語る事が『オタクっぽい』のなら、語らなければいいだけの話だ。


そう思った。

考え方まで、間違っているとは思わなかった。





大学の講義が終わると、リアムはそのまま街外れの配送センターへ向かった。

生活費の足しと、学費の不足分を埋める為のアルバイトだ。


実家からの仕送りは最低限なので、贅沢をできる余裕はない。

映画を観に行くのも、サブスクへの課金も、自分で稼ぐ必要があった。


外はまだ空が明るいが、倉庫の中は薄暗かった。

天井の照明が規則正しく並んでいるが、影を完全には消せていない。


リアムは腰を落とし、段ボール箱の底に指を掛けた。


「……っ」


持ち上げた瞬間、腕と腰にずしりとした重さが伸し掛かる。

見た目以上に中身が詰まっているらしく、重心が微妙に揺らいだ。


一歩、二歩――。

床のコンクリートが、靴底越しに硬く伝わる。

肩が張り、背中に汗が滲んだ。


この仕事は、慣れれば楽だと言われている。

だが、働き始めて半年になろうというのに、一向に慣れる気配は無い。

リアムにとっては、今でも十分キツい仕事だった。


午前中は大学で講義、午後は荷運びのアルバイト。

体力も余裕がある訳じゃない。


箱を所定の位置に置くと、リアムは短く息を吐いた。


「……ふぅ」


腕が、じんと痺れている。

これがリアムにとっての日常だ。


映画のヒーローのように、軽々と何かを持ち上げられる訳ではない。

しかし、それが現実だ。


次の箱も、その次の箱も、同じ重さで待っている。

リアムは少しうんざりしながらも、次の箱に手を掛けた。




そして――。

その奇妙な現象は、そんな日の夜に起きたのだった。

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