表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
映画ならハッピーエンドだったのに。〜少女が砕けた理由を俺はまだ認めない〜  作者: oo78


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

第1話・ヒーロー

映画館の中は薄暗く、空気は少し甘かった。

ポップコーンと溶けたバターの匂いが混ざり合い、リアムの鼻腔をくすぐる。

スクリーンの光だけが、広い空間を照らしていた。


リアムは小さな体を座席に預け、膝の上で拳を握り締めていた。

スクリーンの光が照らす彼の瞳は、内側から光を放っているかのように無邪気に輝いて見えた。


スクリーンには、壊れた街並みが映し出されていた。

砂埃と共に瓦礫が舞い、街のあちこちで炎が上がっている。


人々が悲鳴をあげて逃げ惑い、その背後では巨大な影が建物の間を高速で跳ね回る。

ヴィランだ。

人の形をしていながら、人ではない力で暴れている。誰にも止められない。


ヴィランは逃げ惑う群衆の中に降り立つと、その腕を近くの女性へと伸ばす。

ひょいと掴み上げたその顔を、不気味な笑みで見つめる怪物。

映画館のあちこちから小さな声が漏れた。


「やばい……」


ヴィランは笑いながら、崩れかけたビルの壁面に向かって、彼女を投げ付けた。

途轍(とてつ)も無い勢い。

彼女の長い髪はその勢いに抗えず、後方へ一直線に伸びる。

衝突すればどうなるかは、考えるまでも無かった。


――はやく来て。


リアムは心の中でそう願った。

次の瞬間、真っ赤なスーツに身を包んだ逞しい身体の男が画面に飛び込んでくる。


彼の動きは速く、そして正確で、全ての挙動に一切の躊躇いが無かった。

投げ飛ばされた女性は、叩き付けられる寸前に空中で受け止められ、彼の腕の中に収まる。


「もう大丈夫だ」


その一言と共に、彼女は恐怖で閉じていた目をゆっくりと開け、男の顔を確認して安堵する。

同様の空気が、映画館の中にも広がった。


「さあ、早くここから離れるんだ」


まさにヒーローだ。

助けられた女性は、頷きながら急ぎ足でその場を去って行く。


それを見届けるまでもなく、ヒーローはすぐに振り返った。

視線は既にヴィランを捉えている。


いつの間にか、リアムは先程まで強く握っていた拳を緩めていた。

彼女が助かった事に安堵したのだろう。


ヒーローとヴィランの戦いが始まった。

拳と拳がぶつかり合い、派手な音楽と効果音が鳴り響く。

互いに超人的な力を持つ者同士の激戦だ。


しかし、次第にヒーローが圧倒していく。

やがてヴィランは倒れ、人々は歓声をあげて喜び、街に平和が訪れた。

その光景を疑う理由はなかった。


映画が終わり、館内が明るく照らされると、リアムは両親に手を引かれて立ち上がった。

周囲の子供たちは興奮した声で感想を言い合っている。


「やっぱりヒーローって最高だよ」

「颯爽と助けたところ、カッコ良かったね」


両親に手を引かれながら、リアムは黙ったまま何度も頷いていた。

言葉にしなくても、その感覚は胸の中にしっかりと残っていた。

正義の心と力があれば、みんなを救ってハッピーエンド。そう思った。


それから何年経っても、その感覚は消えなかった。





薄暗い部屋で、テレビの光が壁を照らしている。

リアムはソファに座り、膝の上にスナック菓子を乗せ、画面を見つめていた。


画面にはヒーロー集団がヴィラン集団と戦う映画が映し出されていた。

そこには、迷いのないヒーローたちの姿。


倒壊寸前の橋の上には、取り残されたバスが映っていた。

車体が大きく変形し、中にいる人たちは脱出できなくなっている。


戦闘の余波が橋にも及ぶ。

その瞬間、かろうじて保っていた橋は、ガラガラと音を立てて崩落した。

取り残されたバスはその支えを失い、重力に従って下へと動く。


――落ちる。


リアムは無意識に身を乗り出していた。


画面には、落下するバスが大きく映り、低く長い効果音とともに、映像がゆっくりと遅くなる。

そのスローモーションの中、バスの中の人たちの悲痛な表情もクローズアップされた。


次の瞬間、時間の流れは元の速さを取り戻し、同時に一人のヒーローのカットが入る。


彼は衝撃波を残し、バスを目指して一直線に飛んだ。

そして、車体の下に潜り込み、突き出した両手でその重みを一気に受け止める。


巨大な質量が空中で静止した。

受け止めた腕は揺れもしない。


「間に合ったな」


リアムは妙に納得したような声で言いながら、脇に置いたステンレスのタンブラーに手をかけ、冷えたコーラを喉に流し込んだ。


初めて観る作品だが、予めこの結果が分かっていたような、そんな感覚。

ヒーローの救出劇を見るたび、胸の奥が落ち着く感じがした。

二十歳になった今でも、その感覚は変わらない。


リアムは思う。

ニュースで事故や事件が流れるたび、ヒーローが居てくれたら――と。


ニュースは悲惨だ。

救助が間に合わなかった話、誰かが死んだという話。


――もし、あの場にヒーローがいれば。


ヒーローがいれば、そんな事故が起こるはずはないのに。


子供の頃、一緒にヒーローに憧れていた友人たちは、大人になるにつれ、その存在への興味を無くしてしまった。

しかし、リアムにとっては、今でも自分を作る核であり、長い時間をかけて積み重なった「信念」であった。


テレビの中で、ヒーロー集団が最後のヴィランを打ち倒す。

拍手と歓声。

エンドロールが流れ始める。


リアムは背もたれに体を預け、息を吐いた。


「……やっぱり、そうだよな」


誰に聞かせるでもない独り言。

ヒーローが間に合えば、人は助かる。

映画は、その事をずっと教えてくれていた。


「そろそろ寝ないと」


明日も午前中から大学の講義だ。

その事を考えると少し憂鬱になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ