【連載版投稿しました!】浄化の聖女だけど、水源の湖を綺麗にしてたら水遊びと言われ王子に婚約破棄されました。なので次こそはのんびり過ごしたいと思います。ちなみに、湖の水は私以外浄化出来ないと思いますよ?
「君との婚約は今、この場で破棄させてもらう!」
広く綺麗な湖を前にして、私はリオン王子にハッキリと婚約破棄を宣言された。
混乱しかけそうな自分をどうにか落ち着かせ、静かに息を整えてから聞き返した。
「正気ですか?」
けれど、聞き返した事が気に入らなかったのか、誰にでも笑顔を見せる王子が、私に見下す様な冷たい視線を向けていた。
「分からないのか? 自分が今、何をしてるか考えてみろ! このお飾りの聖女が!」
「今ですか?」
言われた私は直ぐに自分の状態を確認する。
湖の水辺に座って、手を水に触れさせて水の浄化を行っている。
うん、ちゃんと聖女の仕事だ。
この国の飲水を確保しているのだから、最優先事項だと思う。聖女が水源の水を浄化しなければ、国民全員に影響してしまう。
「仕事してますけど?」
元々この湖は、とても人が飲む水質などではなかった為、私がこの仕事を行うまでは体調不良や倒れる人が街に溢れ返り、聖女達はその手当に追われていた。その原因を解決したのだから感謝される事はあっても、文句を言われる理由が分からない。
「どこがだ! 毎日毎日湖に座っては時間を潰し、夜になると帰って休むだけだ。これの何処が聖女と言うんだ!」
この人だけは違った。
目の前のこの人だけは、私の仕事を認めようとしない。
「ただ涼しい所に居たい、だけだろ!」
その言葉でようやく理解する。
王子は私が浄化にかかる時間や、毎日行う事の重要性を分かっていないのだ。
そもそもこの世界の人に、菌類など目に見えない物を理解してもらう事が無理だったのかもしれない。
私、サリナは、元々は日本人だ。
大学を出て社畜をしていたただの社会人だったけれど、それでもこの世界の人よりは知識がある。だから転生した私は、人の手当だけでなく水の浄化を行える事に気づいてからは率先して行っていた。その結果として、聖女になった私は王様に直接お願いして今の作業を日々行っている。
そもそも他の聖女が、この膨大な水を浄化出来る訳もなく、私以外は今も怪我人の手当などをしているが、体調不良を訴える人が減った今、聖女の手は余っている
「貴方はまだそんな事を……」
「なに? 貴様、王子に向かってなんて口答えだ! ただの平民上がりのお飾り聖女が! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」
私の中で何かが、静かに崩れ落ちた。
「分かりました……。それで、陛下にはなんてお伝えに?」
「それなら問題ない。身分の低い貴様とは違い、帝国の第四王女であるイルミナが聖女となった事で、俺はイルミナとの結婚が既に決まった。父上も、帝国との関係を考え、既に了承している」
「そうですか……」
私が宮廷を離れ、毎日湖に居る間にそんなに事になっているとは思いもしなかった。
「本当によろしいんですか? 湖の浄化作業は誰が?」
「貴様に出来る事が、帝国の聖女や他の者に出来ない訳がないだろう。分かったら、直ぐに失せたらどうだ? お飾りの聖女様」
もう何を言っても、駄目だ。
私の言う事なんて聞く気がないのだろう。
「それでは、現時点をもって湖の浄化作業を終了します」
「ふん、水遊びご苦労」
「失礼します。リオン王子、今までありがとうございました」
そう言って私は逃げる様にその場を立ち去る。
途中振り返ると、リオン王子は一人で湖を眺めていた。
きっと私の姿なんて、見たくもないのだろう。
*
殆ど何もないと言っていい量の荷物を纏めた私は、王都から出る馬車の近くに居た。
どれに乗ろうか迷っていたのだ。
帝国は行った事がなく、王女と入れ替えるみたいで気が進まない。だからと言って、他国に行くのもやはり敷居が高く、国から出た事がない私は行き場を決められないでいた。
「お嬢さん、良かったら一緒にどうだい? 道中――」
「そういうのは結構です」
ナンパ擬きの冒険者をあしらい、私は馬車を見て回る。
その中の一つに、おかしな張り紙をしている馬車を見つけた。
普通は、冒険者ギルドなどの掲示板に貼られているタイプの紙だ。
誰も、引き受けてくれなかったのだろう。
そして最後の最後まで諦めきれずに、馬車に貼った。
そんな所だろうと、勝手に考えながら張り紙の内容に目を通した。
『水源付近に現れたグール退治』
そう書かれていた内容を目にして、私は馬車の荷台を覗き込んだ。
誰も居ない。
歩いて馬車の前に行くと、項垂れた御者なのか馬車の持ち主なのか分からない人物が居た。
「あの〜」
呼びかけてみるも、返事は返って来ない。
「すみません、張り紙について……」
「張り紙!?」
勢い良く姿勢を上げた男性が、私の方を向く。
綺麗な青い瞳に、長い茶色の髪がなびき、男の人とは思えない程に整った綺麗な顔立ちをしていた。
リオン王子とは違い、かなり大人びた印象を受ける。
「張り紙がどうしたの!? 君のお父さんとか、お兄さんとかが興味あるって!?」
一瞬にして顔が近づいて来る。
眼の前まで迫り、風が吹けば前髪が触れそう距離だ。
「いえ、私は独り身ですし、興味あるのは私の方なんですけど、詳しくお聞かせ願えますか?」
「ん? ……君が?」
「はい、私が」
スミスと名乗ったこの男性は、私を隣に座らせ直ぐに馬車を走らせ始めた。
行き先のなかった私としては問題ないのだけれど、多少強引過ぎる。
それほど、困っていたのだろうか。
「それで、具体的にはどうなってるんですか?」
「一週間程前かな、水源にグールが住みつき始めてしまってね。街の皆で何度か向かったんだけど、相手がグールだから聖水が尽きれば倒せなくなるし、元々兵が多くない我が領では、完全には倒せなかったんだ」
あれ、この人今。
我が領とか言わなかった? 気の所為だよね。
「それで王都に、依頼を出しに来たんですね」
「まぁ見ての通り結果は、誰も引き受けてくれなかったけど」
グール退治は危険が大きいというよりは、面倒、汚い、報酬が安いの三セットで嫌われている。
だから王都近辺で現れた際は国から教会に連絡が届き、聖女が引き受けていた。
「教会には、頼まなかったんですか?」
「勿論頼んだよ。でも、言った時が悪かったのかな、リオン王子に突き返されてね。自分の領土の問題も片付けられないのか。って言われてね」
やっぱり、この人貴族だ。
って、あの王子、引き受けてあげれば良いのに……。
聖女なんて、今は手が余って暇を持て余してる人が何人かは居る。
一人ぐらい王都から出して、グール退治に向けた所で支障はない。
「それは、災難でしたね」
「ここまで連れて来てなんだけど、本当に大丈夫なの? グールって、かなり強い浄化魔法じゃないと倒せないから、一般人程度の魔法じゃ厳しいと思うけど」
「大丈夫です。私に、任せて下さい」
*
スミス伯爵に案内された水源。
そこは少し前までは綺麗な水が流れていたと聞くが、今はすっかり水は濁り、周囲にはグールが寝転がっている。荒れ地にある水溜りも酷い状態だった。
「本当に、一人で大丈夫なのか?」
「はい、ご心配ありがとうございます」
スミスさんは他の兵の方々と一緒に私を守ろうと、全然前に行かせてくれなかった。
私はやっと一人で木陰から出てグール達に近づいて行く。
「ヴァァ゙ァ゙ー」
私に気づいたグールが唸り声を上げ、他のグールも私の存在に気づき始める。
そして私は魔力を周囲に放ちながら、ゆっくりと呼吸を整えた。
「全てを浄化する、神の光よ。我が身を守り、魔を遠ざけたまえ」
前にかざした手から光が前方に広がり、瞬く間にグールだけでなく水源を包みこんでいく。
光に晒されたグールの体が塵の様に崩壊し、濁っていた水が一瞬にして透明な色を取り戻した。
「これは……まさか、聖女の……」
驚いているスミスさんに浄化が終わった事を伝え、私は水源に近づく。
透き通る様な綺麗な水は、水底まで目視で見る事が出来る状態になっている。
「綺麗で、魔力が通りやすい水だな……」
王国の湖は魔力の通りが悪く、今の様に広範囲に浄化魔法を施しても聖属性の魔力を水が吸収せずに、周囲に霧散してしまう。その為、浄化しようと思ったら長い時間水に手をつけて、ゆっくりと浄化する必要がある。厄介な事、極まりない。
そんな事を思い出していると、後ろからスミスさんに話しかけられる。
「君はやっぱり、あの……」
「そうですね。恐らく、スミスさんが思い浮かべてる人物で間違いないかと」
「これ程の力、間違う人の方が少ないよ。でも確か、リオン王子と……」
スミスさんがその先を口にする事はなかった。
別に、私が睨んだとか、そういう事はしていない。
勝手に察してくれたのだ。
「グール退治だけでなく、水の浄化まで、どうお礼をしたら……」
「でしたら一つだけ、お願いしたい事が」
「僕に出来る事だったら、可能な限り聞き入れよう」
「水の浄化作業を引き続き行うので、私を街に住まわせて下さい」
驚いた様な表情をスミスさんが見せる。
「……それだけで、良いのか? そんなのこちらからお願いしたいぐらいだ」
「はい。私は静かな場所があれば、それで良いですから」
こうして私の、伯爵領での生活が始まった。
***
帝国から聖女が来た翌日。
リオン王子を含め、数多くの貴族が湖に集まっていた。
その水は一週間足らずで濁り、とてもじゃないが無邪気には飛び込みたいとは言えない状態だ。
「これより、帝国から来た我が婚約者、イルミナ聖女がこの湖の浄化を行う!」
大きな声で宣言したリオン王子の隣で、イルミナは笑みを浮かべていた。
帝国でも水の浄化を行っていたイルミナは、この程度の水であれば問題ないと考えていたのだ。
「イルミナ、頼んだよ」
気持ち悪い程の甘い声がリオン王子からイルミナに向けられ、イルミナが一歩湖に近づいた。
両手を左右に伸ばし、天を仰ぐ様にしたイルミナが魔力を放つ。
目を覆いたくなる様な光が湖だけでなく、辺りに居た全ての人々を包みこんだ。
――しかし、結果は何も変わらなかった。
濁っている湖の水は、殆ど何も変わらない程濁り、水底なんて見えやしない。
「どうして……」
「イルミナ」
リオン王子に名を呼ばれたイルミナが、焦ってもう一度浄化魔法を繰り出す。
二度の大規模魔法で魔力を使い切ったのか、イルミナはその場で倒れ込み、苦しそうに息を荒げる。
「どうして、なんで浄化が……」
周囲からざわめきが起こり始め、その視線がリオン王子とイルミナに向く。
「リオンよ、どういう事だ? 貴様が、その者でも、浄化に問題はないと言ったな?」
声を発した国王陛下の声が、その場に重苦しく流れる。
「父上これは……そうです、イルミナの体調が優れなくて、明日になればきっと」
「見苦しいぞ! それでも貴様は王族かッ!」
怒鳴られたリオン王子が腰を抜かし、イルミナの横に倒れる。
周囲の貴族からも見下される中で、国王陛下が去り際に言葉を放った。
「この件をどうにか出来ぬのであれば、貴様の地位は全て剥奪する。覚悟しておれ」
「父上、お待ちを――!」
呼び止めようとする声が虚しく広がり、周囲に居た貴族達も離れて行く。
誰も二人を助けようとはしなかった。
疲れ切ったイルミナと共に座り込んでいるリオン王子に残された道はたった一つ。それは、この変わらない湖をどうにかして、綺麗な状態にする事だった。
けれど、それを行っていたサリナはもう居ない。
自らが婚約を破棄し、追い出してしまったのだから。
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――海月花夜より――