僕とさくらの卒業式
「卒業、おめでとう」
声のした方へと振り返ると、チラチラと空気を色づける桜と共に君の笑顔がそこにあった。
それを見た瞬間は頭の整理が追い付かなくて、何度も何度も目の前の光景を疑った。
「一緒に見ることができたね」
卒業式で桜を一緒に見る──まだお互い、高校二年生の時に交わした約束だった。
それを聞いた瞬間、僕はただただ胸が締め付けられて──溢れ出そうになった涙の代わりに笑顔を振り絞った。
僕は一度彼女に告白をしようとしたことがある。好きです、付き合ってください──と。
けれど、残念ながら僕はそれを言う機会を逃してしまい、行き場の失った想いはずぶずぶと僕の奥の奥へと沈んでいった。
「好きでいてくれたこと、ほんっとに嬉しかった!」
透き通っている水面にただ君だけが反射していて。君の声は雫となって徐々に広がる波紋を作っていて。──最後にはゆっくりと僕の中に浸透していく。
「……気づいてたんだ」
「ずっと見てたからね」
「僕は……僕も、ずっと君だけを見ていた」
「それも知ってる。お母さんが毎回言ってたもん」
僕の口角はいつの間にか上がっていて。
それに伴うように僕の奥の奥に沈んでいた何かがゆっくりと──昇ってきて。
それに気づいたのか知らないけど、君が無茶ぶりを言ってくる。
「言葉にしてほしいな、祐作」
「………まじか」
もう二度と、君に伝えることができないって勝手に諦めてた。
「……サクラ、綺麗だな」
「それじゃあ、どっちのこと言ってんのかわからないじゃん!」
けど、それでもいいと思ってた。僕がこの苦しみを背負ってる限り、君をずっと忘れることはないのだから。
「お願い。祐作」
目の前の君はやっぱり綺麗だったから。
だから、スゥーっとと水が流れるように言葉が出てしまった。
「──君のことが好きでした」
世界がまた少し桜色に染まった後、あたたかい春風のような笑顔と共に「ありがとう」の五文字が僕に届いて。
視界が滲んでそれを拭った時にはもう、いつの間にか君の姿は消えていた。
濁っていく僕の目の前をよそに、それでもサクラはひらひらと絶え間なく、音もなく僕の世界を染めていく。
「こちらこそ……ありがとう」
いつか僕の桜色の気持ちも時間が経つにつれて色褪せていくだろう。
でもきっと、春の景色が桜色に染まる限り僕は彼女を──さくらのことを思い出すはずだ。
散っていく花びらに先を越されながら──そう思った。