生まれ直し
京都――。
いつだかの校外学習で行くことになっていたけど、私たちは行けなかった。親の都合で……。行ったとしても楽しめたかは怪しいところだったけど。
静かに首を横に振れば、
「じゃあさ、胎内めぐりって知ってる?」
「あー、あんまりかな。確か真っ暗な場所に入るんだよね?」
「そうそう。小学生の時やらされてさ、それ。張られた紐?を伝って暗闇を進むんだけど、皆で入ったから怖さとか不安なんて全然無かったわけ」
その時のことを思い出しているのか、薄く笑みを浮かべて彼は話す。これがどう殺人に繋がるというのだろうか。
「で、少ししたらライトアップされたでっかい石のある場所に出て、それを触って。終わり」
「それだけ?」
「そう。ショボイよな。その時の俺もさ、拍子抜けしちゃって。入る時と出てきた時で変わった感じなんてゼロ」
ははっと声をあげて笑う九条くんは、ちっとも面白くなさそうに見えた。
「思ったんだよ。母胎の中はもっといいもんだろって」
私を見る彼の目に知らない光が宿る。狂気じみたソレに、思わずゾッとした。後ろに下がろうとする足を何とか押しとどめる。まだ、話は途中だ。
「丁度母親がいなくなった頃だったのもあって……まぁ、その話はいいか。そっから季節は流れて、場所も九十九原に変わって。俺は中学生になった。今も走ってるあの道で、ある人と毎日顔を合わせるようになって――」
「それが紫さん?」
「ご名答。すれ違う時に挨拶する程度の仲だった。熱心に神社に通ってるからさ、何でなのかなーと思ってたら、噂が流れてきたわけ、妊娠してるって。あぁ、安産祈願かって納得した。それで……」
早口で話していた九条くんの口がピタッと止まった。どうしたのか聞く前に、彼は勢いよく立ち上がり、後ろのドアを開いた。
「盗み聞きかよ」
ドアは開き切る前にその勢いを殺した。薄闇から顔を覗かせたのは緋彩だった。
「……そんなつもりは」
九条くんに非難の目を向けられ、緋彩は足元を見る。一体いつから聞いていたんだろうか。
ザァと風が私たちの間を吹き抜ける。
「………………なんだよ、もう。どっから聞いてた?」
「悪い、結構最初から」
「えぇ!? 先に帰っていいって言ったのに!」
「あの流れで素直に帰れるわけないだろ」
「はあ……なんだよこの双子……」
私は悪くない、なんて文句は飲み込んだ。緋彩が近くにいてくれると正直助かる。九条くんと一体一で話すのはちょっと、というか結構緊張したから。
「どこまで話したっけ、えーっと」
「紫さんが妊娠してるって知ったとこかな?」
「そうだった」
私たちはこれ以上話を聞かれないよう、屋上の端に移動した。
「俺はさ、無事に産まれたらいいなってすれ違う度に思ってたんだよ。なのに、あの人…………。その日は道にしゃがみ込んでた。俺は心配して声をかけた、大丈夫ですかって」
異様に暑い日だった。熱中症とかだったら大変だと思った。二人分の命、神頼みのために失うなんて笑えない――。
そう続ける九条くんの手が震えているのに気づいた。どうしてなのかは顔を見たら分かった。
「泣いてたんだよ……。どうしたのか聞いたら、途切れ途切れに、子供みたいにしゃくりあげながら何度も言うんだ『男の子じゃなかった。もう嫌』って」
赤い目で見つめられて、私たちは何も言えなかった。
「その言葉を理解した瞬間さ、勝手に体が動いたんだ。魔が差したっていうか、彼女が俺の背中を押したんだ。紫さんは男子が欲しかった。俺は――還りたかった」
母親の胎内に…………?
共感は出来ない。無理な事だと私の脳も心も思っているから。
「どうだった」
落ち着いた声が隣からする。最初に聞くことがそれなのかと驚いてしまう。
「温かかった。夏の暑さの中でも感じられた。……人が来てしまったから長くはいられなかったけど。そうでなくても、血の匂いに噎せてどうしようもなかったかもな」
九条くんの頬を涙を伝う。
「後悔してるの?」
「うん」
「だろうな。でも、藍が考えている後悔とは違う。そうだろ」
緋彩に言われて、九条くんは笑った。嬉しそうに。その反応に緋彩は顔を顰めた。表情をここまで表に出すのは珍しい。
「殺したことは後悔してない。その後のことを後悔してるんだ。だから自首はしないし、月岡さんに申し訳なく思ってる」
「よく、分かってるな。正解。でも、二人にバレたから自首はするよ。それでいいだろ」
これ以上、会話は必要ない。そんな意思がひしひしと伝わってくる。
私はそれでよかったので、頷いた。知りたかったことは聞けた。緋彩はまだ、言い足りないといった風に一歩、九条くんに詰め寄った。
「お前は……馬鹿だ」
「ひでぇ」
「…………警察にはちゃんと全部言ってくれ」
「俺は聞かれたことにだけ答えるよ」
睨み合いの末、折れたのは兄の方だった。




