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気まぐれは身を滅ぼすか

「次は〜九十九原〜九十九原〜」


 駅員のアナウンスに起こされ、窓の外を見る。今まで暮らしていた街並みと比べ緑が多い。田舎暮らしになった事には何ら文句は無いが新しい場所というのは何時だって憂鬱を運んでくる。視線を正面に戻し、目の前の青年を確認する。


(らん)。起きた?」

「バッチリ。新しい同居人に笑顔を作る準備も完璧」


 さしてハッキリしていない意識で軽口を叩く。そんな私に曖昧な笑顔を返すのは双子の片割れである緋彩(ひいろ)だ。彼の方が先にこの世に出てきたので便宜上兄という立場に収まっている。

 ゆっくりと速度を落とす列車に少ない荷物をまとめ、忘れ物がないかどうかざっと周囲を見渡す。


「行こう」



「お、海近ーい」

「だな」

 緑ばかりだと思っていたが反対側には大海が広がっていた。

 春の柔らかな光が海面に反射して眩しい。寝起きには強すぎる光に思わず目を細める。


 改札を抜けて辺りを見回してみても誰もいなかった。

「まだ来てないみたいだな」

 特に気にしていないのか緋彩は近くにあった錆が目立つベンチに腰掛けて既に落ち着いていた。

「うーん。ちょっとその辺歩いて来ようかな、荷物見てて」

 頭をはっきりさせておきたいのとどうせならこっちが待たせてやろうかななんていう意地の悪い考えが生まれてしまった。緋彩が頷くのを視界の端で捉えた後、海に続きそうな階段の方へと進んだ。

 石段を降りてみたは良いものの肝心の海に降りられる次なる階段が見当たらない。仕方なく真っ直ぐ進んで行くことにした。右手には海。左手には山。視界の中に建物が無いのが新鮮で、このまま永遠に同じ景色が続くような感覚に陥る。


 不意にそれを打ち消すように茶色い影が葉を散らしながらこちらに飛び出してきた。

 イタチだ。反射的にズボンのスマホに手が伸びたけれどイタチは私を気にも止めず海の方へと走り去ってしまった。可愛い見た目によらず案外気性は荒いと何かで見た気がする。変に興味を向けられるよりは良かったのかもしれない。

 イタチが来た方を見てみるとけもの道と呼べそうな一本道があった。少し奥を見てから駅に戻ろうと決め、上り坂になっているそれに足を踏み入れた。

 しばらくして少し開けた場所にたどり着いた。石造りの祠がぽつんとある。それだけの場所。

「見た感じ誰も手入れしてないんだろうな……」

 思わず呟いてしまうくらいにその祠は放置されて久しい廃れ具合だった。昔はきっと何かを願われて、拝まれて、綺麗にされていたんだろけど。

 祠の正面にしゃがんで手を合わせる。まだここにいるかも分からないけれど何となく労いたくなってそうした。


 駅に戻って緋彩と合流を果たす。私が丁度ベンチに座ったところで声をかけられた。

 小学校中学年くらいの少女を連れたおじさん…………。ではなくこの人が叔父さんなんだろう。昔会ったことがあるらしいが全く記憶に無い。

 これからよろしくお願いします。と2人揃って頭を下げると相変わらず双子やってるなあと実にいい笑顔で返された。

 まぁそう固くなるなという言葉と共に肩をバシンと叩かれる。恐らく加減はしてあるのだと思うけど普通に痛い。緋彩の方をちらっと見るとへでもないのかただただ戸惑った表情を私に向けてきた。こういう時は笑ってればいいのだと愛想笑いを繰り出すと緋彩はちょっと眉をひそめてから微笑んだ。

 初対面の私たちに緊張していた女の子は娘の|田嶋小夜(たじまさや)だそう。ショートヘアがよく似合っている。

 軽い自己紹介と雑談を交わした後車に乗り込み、家へと向かった。


 ザ日本家屋といった様相の二階の個室を各々貰った私たちは持ってきた物をタンスやら机にしまい、夕食とお風呂も済ませ何となく緋彩の部屋に集まりテレビを見ていた。

「明日はどうする」

「どうって何、いつも通りにするつもりだけど」緋彩の質問の意図が読めなくて隣に目を向ける。学校が終わってからの話だろうか?

「そうか……」

 どこか諦めたかのように目を伏せる姿に少しイラつく。私の怒りに呼応するかのように空までゴロゴロ言い出した。

「何か言いたいことがあるなら目を見てどうぞー」わざと間延びした口調で言うと緋彩は律儀にこちらを向いた。

「友達作る気ないのか」

「……ブーメランにも程があるって自分で言ってて分かんないの」

「俺は、別に……学校生活円滑にするために人見て取り入ったりするの疲れるだろうと思って、それって友達なんて言えなーー」

 言い終わらないうちに文句を返してやろうと思ったけどそれを遮るみたいにバリバリバリと空が割れるみたいな音が響いた。階下から小夜の悲鳴が上がり、それを宥める叔父さんの声も後から続く。

 思ったより声が通るのか、なんて少し冷静さを取り戻しつつカーテンを開けて外の様子を伺う。

「近くに落ちたのかな」窓の向こうは木々が揺れているだけでよく分からない。

「藍」雷よりも話の続きがしたいのだろう緋彩が腕を引く。

「私は仲良くしたい人と仲良くしてるだけ、緋彩からは友達に見えないんだろうけど…………緋彩の考える"友達"なら出来たことないでしょ。お互いに」

「ごめん」

「いいよ、心配してくれてありがとうお兄ちゃん。明日は私の悪い癖が出ないよう気をつけるから」いつもの笑顔を作ってみせると緋彩はため息をついた後薄く笑った。

「おやすみ」

 そう言い合って私は自室に戻った。


 一年間通う高校は年季を感じる外観で、内装も良く言うと木の温かみがあった。担任の風間(かざま)先生の後について三階まで上がる。どの学年も二クラスしかないらしい。三の一と書かれたプレートの前で念の為前髪が変になっていないか確認する。何回やっても転校生として教室に入るこの瞬間は嫌で仕方ない。チラッと緋彩の様子を見ると緊張でいつにも増して表情が硬い。そんな私たちの心境は露知らず、担任は無遠慮にドアを開けて教室内に入っていく。

「お前ら席に着けー!始業式の前に転校生の紹介がある!」ほら入って来いと目が私たちに言う。緋彩が先に、私はその後ろをついて行く。

「へー、二人もか」

「もしかして双子じゃない?」

「すご!似てる〜」

 一気に騒がしくなる生徒たちに担任は手を叩いて静かに!と一喝した。

「はいじゃあ自己紹介しろー」

「……卜部(うらべ)緋彩です。よろしく」

「妹の藍です!一年間よろしくお願いします」渾身の笑顔で教室全体をザッと見回す。男女比半々、二十人強、好意的な笑顔の方が多い。校則が緩いのか指導が甘いのか髪や制服がラフな生徒がチラホラいるなといった印象。

「じゃあ、席は空いてるとこだからカバン置いたら始業式な、三十分までに体育館に行くように!」後は若いもんでとか言いながら担任はさっさと教室を出ていった。

 真ん中の列の後ろ二つが空席だったので身長的に私が前かと足を踏み出したところ、黒髪の妙に垢抜けた男子に声をかけられた。

「俺、九条一弥(くじょういちや)。俺も中学の時にこっちに越してきたから困ったことあったら言ってよ」

「九条君手が早いわね。元都会っ子に聞くより地元民に聞いた方が確実だと私は思うわ」

 そうからかい気味に言ってきた女子は黒と言うより濡羽色と言わないと失礼なくらい綺麗な長髪の持ち主だった。

「二人ともありがとう。九条君とえーっと」

「私?私は加美奈(かみな)雲乗(うんじょう)加美奈。よろしくね卜部君と卜部さん」

「緋彩でいい」

「私も藍でいいよ!加美奈さんって呼んでもいいかな?」

「呼び捨てで構わないわ」


 半日で終わったその日は緋彩と九条君と加美奈と四人で帰ることになった。九条君は早々に別の道に去って行ったがもうすぐ家に着く頃になっても加美奈と別れることは無かった。

「雲乗さんの家まだ遠いのか?」

「いいえ、もう着くわ」彼女が立ち止まった場所は驚いたことに叔父さんの家の裏だった。

「良かったら上がっていく?」

「え、嬉しいけど急だし親御さんに悪いよ。ねぇ?」同意を求めて緋彩を見る。若干戸惑いが見られる顔で緋彩も頷いた。

「いいのよ居ないから」加美奈は笑顔のまま門扉を開く。そのまま流れるように玄関の戸も開けると私たちが入って来て当然といった風に一度も振り返らずに玄関で靴を脱ぎ始めた。

「どうする?緋彩」抑えた声で聞くと田舎ってこんなものなのかなと困り顔ではあるもののちょっと嬉しそうな様子の緋彩に断る選択肢は無いらしく、私も少しならいいかとお邪魔することにした。

「いらっしゃい。左の和室で待っててお茶を持ってくるわ」お構いなくと言う暇も与えずに加美奈は颯爽と奥へ消えていった。しっかりしているのかそうせざるを得なかったのか、加美奈も両親があまり家にいないタイプなのだろうか。そんなことを考えながら言われた通り和室に入る。中央に机、端に座布団が積んであるだけで他には何も無い。客間だとこんなものなのかなとひとりごちながら座布団を三枚取って並べる。

 広い家だからなと緋彩が返してくる。少しの間沈黙が流れるがすぐに加美奈が戻ってきた。

「お待たせ」温かい緑茶の乗った盆が机に置かれる。まず私に、次に緋彩に湯のみを渡すーー。と思いきや加美奈は不意に緋彩の腕を掴んだ。その瞬間。ガクンと緋彩の首が前に倒れ、そのままの勢いで机に突っ伏してしまった。

「え?」私は受け取った湯のみを握ったまま思わず呆然としてしまった。まるで加美奈のせいで緋彩が気絶したように見えたからだ。肝心の加美奈は既に緋彩の腕から手を離して私を見ていた。

「緋彩?大丈夫?」

「眠っているだけよ」

 言われて見ると規則正しく呼吸はしているし、表情も穏やかで確かに眠っている。

「なんで急に……」

「私がそうしたの」

「そうしたって?」

「貴女と話をするのに邪魔だったから眠ってもらったの」

 はあ?と言ってしまいそうになるのを堪えて加美奈を見る。無表情で決して冗談を言っているようには見えない。冗談じゃないとしたらなんなのだ。触っただけで人を眠らせられるなんて超能力でも持っていると言い出すのだろうか。

「昨日海辺の祠に手を合わせたでしょう」

「……見てたの?」

「いいえ、使いの者の報せとアレが動き出した事からそうじゃないかと推測したのよ。貴女は探されているの」

「何に?」

「分かりやすく言うと"神"に」

「見つかったらマズイの?」どういうつもりでこんな話をしているのか理解できないが一先ず話を最後まで聞こうと思って話を合わせる。

「連れていかれるのよ。アレは常識がないからどんな扱いを受けるか分かったものじゃないわ……神隠しという言葉聞いたことくらいはあるでしょう?」

「あるけどあれって行方不明とかを物の怪なんかのせいにしただけじゃ」

「そうね。でも本当に神や天狗が連れてきた事もあるのよ」

「なんか……」変な言い草だ。さっきからずっと変なこと言ってるけど。

「……私がどうしてこんな話をするのか。一重に卜部藍、貴女の身を案じているからよ」

「えーっと、ありがとう」今日あったばかりの人にここまで言われるとは思わなかった。正直怖い。

「いい?貴女が今も平穏無事でいられるのは私と一緒にいるからよ。アレは既に目星をつけているけれどそれは全く、全然関係ない人間よ」

「ちょっと待って!つまりこのままだとその全然関係ない人がその神に連れていかれることになるんじゃない?」

「そうよ」加美奈はそれがどうしたと言わんばかりにしれっと言ってのけた。

 流石に黙って最後まで聞けそうにない。

「待って、ちょっと順番にというか、加美奈の言ってること信じてない訳じゃないんだけど証拠?確信がほしいっていうか」

 私がしどろもどろになりながらそう言うと加美奈の目がすぅっと細められる。

 ……怒った?

「…………証拠……ね」

 重苦しい沈黙の後、加美奈は深々とため息をついた。何やらぼそりと呟くと私に向き直り口を開いた。

「無いわ」

「え」

「今出せる証拠は無い。けれどアレが目をつけている人間が行方不明になれば私の話を信じられるんじゃないかしら」

「でも……」それはダメだろう。加美奈の話の通りなら私のせいで人が消えるのだ。

「……誰が狙われてるのか教えて」

「二年の飯山(いいやま)という女子」

「わかった。飯山さんだね。……さっき私が無事なのは加美奈と一緒にいるからって言ってたけどずっと一緒にいるわけにはいかないよね?この後だって私たち帰るし」

「そこは心配しなくていいわ」

 待ってましたと言わんばかりに加美奈はポケットからじゃらりとブレスレットを取り出して私に押し付ける。濃淡の異なる緑色の丸い石が幾つも連なったどこにでもありそうな物だった。

「これを何万で売ってあげるなんて言わないよね?」軽口を叩くと不服そうな顔でタダに決まっているでしょうと返されたので左腕につけてみる。

「私がいなくてもそれさえ持っていればアレが近づいてこなくなるわ。肌身離さずとまでは言わないけれど常に傍に置いておくことね」

「そうする。ありがとう」

  加美奈は満足そうに頷くと眠っている緋彩の肩にそっと手を乗せる。すると緋彩は呻き声をあげながら目を覚ました。

「引っ越してきて間も無いから疲れが溜まっていたのかもね。気がつかずに誘って悪かったわ」

「いや、そんなことは……」否定の言葉は欠伸でかき消された。実際少し疲れていたのかもしれない。それにしても加美奈は一体何者なのか。緋彩を起こす前に聞いておけばよかった。

「ねぇ、加美奈。連絡先交換しようよ」

 スマホでのやり取りなら周りの人をそこまで気にしなくても出来る。そう思っての発言だったが、当の加美奈はなぜか酷く驚いた顔をしていた。

「…………スマホは持っていないの」苦い顔でそう言われ思わずごめんと謝ってしまう。今時の高校生なら持っていて当たり前だと思っていた。親が家を頻繁に留守にするなら尚更。

「あー、まあこれだけ家が近いし何かあったら直接言った方が早いかもな。変にネットを介するより」

 フォローしてくれているのだろう。寝起きの若干甘い滑舌で緋彩が言う。

 結局加美奈について聞くタイミングを逃したまま解散することとなった。


 叔父の家の戸を開けると台所の方からスパイシーな匂いが漂ってきた。小夜ちゃんがお昼ご飯を作っているのかと覗き込むとレトルトパウチからカレーを器に移しているところだった。小学校中学年一人に火を使わせるのは危ないから妥当なのかな。自分が小学生だった頃に思いを馳せていると私たちが帰ってきたことに気づいておかえり!と笑顔で出迎えてくれる。つられて私も笑顔でただいまと言いワンテンポ遅れて緋彩も後に続く。

「手洗いうがいして来て!お昼まだだよね?」と聞かれ頷くとカレー一緒に食べよ!なんて嬉しそうな顔で言われたらどうしようもない。私たちは急いでカバンを置いたり、言われた通り手洗いうがいをしたり、着替えを済ませてなるべく早く台所に再集合した。既にテーブルには私たちの分のカレーライスが用意されており、小夜は律儀に食べずに待っていた。三人揃って手を合わせて食べ始める。少しして緋彩がいつもレトルトのご飯なのか?と聞く。

「いっつもじゃないよ。夜はお父さんがお惣菜買ってきたり、昨日みたいに出前取ったりする!」そういえば昨日は天丼を頼んでくれていた。朝はパンと卵焼きだったけど叔父さんは自炊をあまりしないのかもしれない。

 緋彩は小夜ちゃんの返事を聞いて何やら考え込んでいる。

「ご飯作るつもりなんだったら私も一枚噛んでもいいよ」

 そう言うとパッと顔を上げて頷く。

「叔父さんが帰ってきたら聞いてみよう」

 顔を見合わせてウンウン頷いている私たちに小夜は不思議そうな顔をしていた。


「いいぞ。ただあんまり高い物買うなよ」

 あっさりと許可が降りて、食費も貰えた緋彩はその足でスーパーに行こうとしたが夜に出歩くのはまだダメだと叱られ、その日の夜ご飯は惣菜のサラダと唐揚げとなった。

 ご飯の後、緋彩の部屋で私たちは明日の買い出しに向けて作戦会議を執り行った。といっても近くのスーパーと商店街のお店どっちがお得かとか見てまわる順番とか何を食べたいかみたいな話をしただけで終わった。正直ここの食品の相場が分からないから実際に見ないと分からないのだ。

 無駄会議後自室に戻った私は加美奈に言われたことを思い返していた。ネットで調べても祠に無闇に手を合わせるなみたいなことはあまり書いてなかったし、人を眠らせる力については出てくるはずもない。神隠しについては調べれば調べるほどよく分からなくなってしまった。明日からは通常授業になるから休み時間にでも飯山さんという子の様子を見ておきたい。そんなことを考えながら眠りについた。


「飯山は私です」

 お昼休みの時間。丁度二年の教室から出てくる女子生徒がいたから声をかけたらまさかの本人だった。

「何か用事ですか?先輩」

「あ、えっと〜」飯山さんがどんな子でまだ神とやらに連れていかれていないことが確認できたらいいか位の心持ちだったからいざ本人を前にするとテンパってしまう。

「どこか行くところだった?私の用は飯山さんの用が終わってからでいいんだけど」

 教室から出てきたのだから図書室とかお手洗いにでも行くところだったのだろうと読んでの発言だった。

「じゃあついてきてもらっていいですか」

 断るのも変な気がして彼女の後について行くと校舎から少し離れた建物の中に案内された。

「弓道場なんて初めて入った……」

 そう呟く私をしり目に飯山さんは弓やら防具やらを取り出してそれを丹念に見だした。邪魔にならないような距離でそれを見ていると彼女はチラリとこちらを見てから話し始めた。

「私一応弓道部の部長なので新入生が来る前に道具の確認をするように言われたんです。握り革を交換した方がいいかとか」

「そうなんだ大変だね。そういうのって全員で確認すると思ってた」弓道について詳しくない私は当たり障りのない返事でお茶を濁す。

「……部員私しかいないんです。なので全員で確認してるのと一緒です」あははと彼女は笑う。

「先輩、転校してきた人ですよね?籍だけでも置きませんか?」続けて言われて言葉に詰まる。部活に入るなんてこと考えたことも無かったから。彼女が私の代わりに神に狙われていることを考えたらブレスレットを持っている私が近くにいる方が安全な時間が増える……そう考えてから簡単なことに気がついた。

「いいよ。入部しても。ただ一つ条件つけてもいいかな」

「え!なんですか」

 まさかいいと言われると思っていなかったのか飯山さんは勢いよく私に詰め寄った。

「本入部が始まるまでこれを肌身離さず持っておくこと!」

 詰め寄って来た彼女の眼前に加美奈に貰ったブレスレットをずいとぶら下げる。何度か瞬きした後ブレスレットを受け取るとそんなのでいいんですか?と腑に落ちない様子をみせた。

「今日から毎日これつけてるだけで入部してくれるんですか?先輩」

「うん。何時いかなるとも近くに置いていて。でも約束を守ってないって分かったら仮入部すらしないから」

 彼女が約束を破ったと分かるのは彼女の行方が分からなくなった時。部活の入部は五月上旬からだから約一ヶ月の間神は飯山さんに近づけない。それだけの期間があれば諦めたり、対応策が分かったりするはず。いや、してほしい。

「はい……分かりました」半信半疑といったふうではあるものの彼女は大人しくブレスレットを腕につけた。

 そんなことをしているうちにお昼休みは終わりを告げ、飯山さんは確認作業を済ませられずに教室に戻ることになった。


 放課後。若干天気が悪くなってきた。雨が降る前に緋彩と買い出しを終わらせたいので早く帰ろうとするとサッと行く手を遮られた。

「藍さん。少し時間いいかしら」

 加美奈は強い口調でそう言って私の腕を掴んだ。どうやら拒否権はないらしい。半ば引きずられるように連れていかれる私に緋彩は驚いていたが「ごめん!ちょっと待ってて」と言うと頷いて自分の席に戻っていった。


 連れて行かれた先は屋上で、加美奈は誰もいないことをざっと確認した後私に向き直った。

「この間抜け!」

 突然の罵倒に唖然としている私を睨みつけると加美奈は掴んでいた腕を持ち上げてさらに声を張る。

「昨日の今日で早速ブレスレットを他人に渡すなんて一体どういう了見!?」

 持ち上げられた私の腕には確かに何もついていない。もし加美奈に問われたらカバンに入れてるで押し通そうと思っていたがどこで聞いたのか私がブレスレットをあげたことを知ってしまったらしい。

 黙っている私を見た彼女は腕を離し、屋上を囲うフェンスの方へと歩いていった。胸に手を当てているところを見るに少し落ち着こうとしているのかもしれない。

 さてどうしたものか。昨日の口ぶりだと加美奈は飯山さんがどうなろうが知ったこっちゃないというスタンスだろうから彼女の身を案じてブレスレットを渡したと言っても理解してもらえるとは思えない。けれど他になんと説明したらいいか全く思いつかない。

 私は加美奈に近づいて声をかける。

「あの……加美奈。怒るのは当然だけど私にも考えがあって、説明するから一旦最後まで話を聞いてもらっていいかな」

 加美奈は納得できる内容じゃなかったらどうなるか分かっているでしょうねと言わんばかりの目つきで私を見た。

「まず私は私の代わりに誰かが神隠しに遭う事を良しと思ってないの。だから飯山さんが狙われているのを知っていて何もしないなんてマネはできない。でも私はその神様を退けられる手段を知らない。加美奈がくれたブレスレット以外にはね」

「今なんて言った?」

 何か変なことを言っただろうかと思いながら同じ内容を繰り返す。

「え?ブレスレット以外に神ーー」

 不意に加美奈の手が伸びてきて私の口を押さえる。

「分かりやすいように神なんて言葉を使った私も悪いけれどアレをそう呼ぶのはやめなさい。そんな風に呼んだら"そう"成るわ」

 警告。そんな言葉が一番近い声色だった。首を縦に振るとすんなり口を覆っていた手は離れた。

「もういいわ。緋彩くんを待たせているんでしょう。早く行って。あと一人にならないように気をつけて」

 加美奈は私に背を向けた。気がつけば空には雷雲が広がっている。これ以上話をする気がないことが伝わってきて私は屋上を後にした。



 扉の閉まる音が耳に届いた瞬間思わずしゃがみこんでしまう。フェンスに手をついて目を閉じる。私が彼女の為だけに動いていたと言えば嘘になるけれど少なくとも彼女が矮小な存在に害されないように手を尽くそうとしていた。全てを説明しても彼女には理解できないだろうと思ったのが裏目に出た。

「ゴロゴロうるせぇよ。カミナリ様」

 いつの間にか隣に立って偉そうにしている奴がいる。

「うるさいのならどこか遠くにでも行ったらいいでしょう」

「それが出来りゃあ文句言ったりしねぇよ。それよりここ数日珍しく頑張ってんなあ」

 馬鹿にした笑いが響く。うるさいのは貴方の方だと言ってやりたい。けれどそんなことにエネルギーを使うのも馬鹿らしい。

「…………そこまでする価値あんのかよ。ガチで守りたいならぬるい事やってねぇで俺らに助け求めるか自分で囲っちまえばいいだろ」

「もし私が手を貸してくれと言ったら貴方助けてくれるの?」

「分かりきってること聞くなよ!それがおもしれぇことなら俺は首を突っ込む。頼まれなくてもな。見てた感じだとくっだんねぇけどな!」

「…………」

「ガキが低級に絡まれるだけだろほっとけほっとけ!つーか今まで気にしたことねぇだろお前」

「あるわよ。あるから今こうなってるんじゃない!」

 ピカッと空が光ると同時に近くに雷が落ちる。

「はぁ……怒んなって」

 グイと上腕を掴まれ無理やり立たせられる。

「離してください。"先生"」皮肉を込めてそう言っても薄ら笑いしか返ってこない。

「自分のクラスの生徒が二人も困ってるなら先生は何かしねぇといけねぇな」

「何もしないくせに」

「……自分を制御しきれない状態なら、休めよ雲乗」スッと教師の目になって風間が言う。

「心配してるんだ俺は。帰ってきて英気を養え。それとも俺に力を分け与えてほしいのか?」

 渾身の力を込めて風間の手を振り払おうとするとパッと手を離され思わず体のバランスを崩す。

「これからどうするのか言え。お前が弱ってちゃ面白くない」

「今は戻れないわ。藍さんの傍にいないとアレが近づいて来ないようにできない。ブレスレットが無いから尚更」

「はぁ、ブレスレット?……意味わかんねぇから全部最初から説明しろよ」バリバリ頭を掻きながら面倒そうに言う彼に最初からは無理よと苦笑いせざるを得なかった。



 商店街とスーパーを巡ったら思ったより遅い時間になってしまった。緋彩と二人両手に戦利品を持って帰宅すると玄関に見覚えのない靴があった。何となく音を立てないようにして居間の方を伺ってみる。玄関の戸はいつも通り開けたから帰ってきた事には当然気が付かれていて、小夜ちゃんが「おかえり」と声をかけてくる。

「ただいま……」

 少しくたびれたスーツの背中が叔父さんの隣に座っていた。

「帰ったか。随分色々買ったな!」叔父さんは私たちが買ってきた食品類をまじまじと眺めて一向にお客さんの紹介をしない。

 私たちの誰だこの人という視線を感じとったのかその人は立ち上がって挨拶した。

「どうも田嶋さんの友人?の青木です。一応警察官やってます」

 へらりと笑ったその人は警察には思えないくらいなんとも頼りなく見えた。叔父さんよりかなり若いみたいだし、警察だなんて一体どうやって仲良くなったのか少し気になった。

「叔父さんの甥の緋彩です」隣で軽く緋彩が会釈する。

「はじめまして。緋彩の妹の藍です」

 うん、いい感じの笑顔で言えた。

 そう思って青木さんの顔を見ると一瞬驚いたような顔をして、すぐに最初の笑顔に戻った。

「うん。田嶋さんから話は聞いてるよ。よろしく」

「ねぇ!今日の夕飯何?何作ってくれるの?」

 沢山の食材を前に小夜ちゃんが待ちきれないといった風に聞いてくる。口角が思わず上がってしまう。

「チーズハンバーグだよ」

 緋彩が微笑みながら言う。どうせ最初に作るなら小夜ちゃんも一緒にできるものがいいなと思って二人で考えた結果、嫌いな子はいないだろうとハンバーグになった。使わない食材を冷蔵庫にしまって、さあ!やるぞと意気込んでから四人分のひき肉しかない事に気づいてしまった。

「青木さんも食べていくんですよね?」

 極力嫌味にならないような明るさでそう問えば青木さんではなく叔父さんが悪いなと返事をしてきた。全然いいんだけどどうしようかと思っていると緋彩が冷蔵庫からエノキを出てきた。なるほどそれでかさ増ししようと。

 居間でくつろいでいる大人たちを後目に私たちはハンバーグとポテトサラダ作りを開始した。小夜ちゃんに出来そうなことはなるべく手伝ってもらいながら着実に工程を進めていく。こうして複数人で台所に立つのがなんだか新鮮で楽しくなってきた。緋彩が料理をしているのを隣で見ることはあっても一緒に同じ料理を作ることはなんとなくしてこなかった。両親とは言わずもがなだ。これからこういう時間がたまにあるかもしれないと思うと少し胸が温かくなる。

 

 エノキ入りチーズハンバーグは思った以上に美味しくて皆満足そうにしていた。叔父さんと小夜ちゃんはお風呂に入ってしまい、緋彩と私は皿洗いをしようと思ったが帰るタイミングを逃したのか居間に残っている青木さんを一人にするのもどうかと思い、こっそりジャンケンをした結果緋彩が片付けをすることになった。

 ぼうっとテレビを見ている青木さんの近くに座ると彼が口を開いた。

「最近天気荒れてるよね」

「……雷のことですか?」

「そう。すぐ止むから春雷なんだろうけどさ、去年とかこんなに雷鳴ってなかったと思うんだよね」

「もしかして青木さんも他所から九十九原に来たんですか?」いつもではなく去年と言ったのが気になって聞いてみる。

「あー、何年か前にね。そんなことよりどう?学校は。友だち出来そう?」

 ずっとテレビの方を見ていたのにわざわざこちらに顔を向けて聞いてきた。親戚の人みたいなこと聞くなあと思ってしまう。

「友だちって言うか結構話す子はいます。ちょうど家がこの裏なのでお邪魔したりもしました」

 加美奈のことを友だちと呼ぶのはなんだかまだ違うような気がしてそう答えると青木さんは変な顔をした。

「この裏って家なんかあったっけ」

「え、ありますよ。雲乗って家です」

「田嶋さん家にはそこそこ来たことあるし、職業柄九十九原のこと知っておかなくちゃいけないから偶に見て回ったりしてたけど……この裏ってちょっとした林があるだけだったと思うんだよね」

「自信ありって感じですね」

「あるよ、賭けてもいいくらい」

 私が家に行ったと言っているのにその家が無いと思えるのはどうしてなんだろう。私が嘘をついているとでも考えているのかと思うと少しムカつく。

「…………じゃあ勝負します?」

 自信があると言っておきながら青木さんは困ったように頭を搔いた。

「うーん。君が何を賭けるかによるかな」

「そうですね……じゃあ私が負けたら次に青木さんが来る時好きな料理作るとか?」

「ええ?それくらいは賭けなんかしなくても作ってよ」

 確かにそれはそうか。青木さんが負けるの確定なんだからもっと大きく出てもいいかも。

「一つ聞きたいんですけど、青木さんってどの程度自炊しますか?」

「どの程度って普通だよ。やる気出ない時にインスタントとか弁当屋さんで買ったりする。その程度」

 やる気出ないの頻度が知りたかったんだけどと思いながらも話を続ける。

「なら一週間お弁当作ってあげます。どうですか?」

「それは助かるなー。なら僕は五千円賭けようかな」

 そうしてお互いベットするものが決まったので私たちは家から出た。

 月明かりだけが照らす夜道は案外明るくて歩きやすい。昼間の雲はどこにも無く、満月になりかけの月が浮かんでいるだけだった。

 加美奈の家に続く道は当然昨日見たままだ。ただ、当の加美奈の家はどこにも無かった。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

初投稿ですので誤字脱字等ありましたら教えてくださると助かります。

続きは来月中には書きたいと思っています。


最近色々な物語を書きたい欲が出てきたので他のタイトルが先になるかもしれません。

よかったらよろしくお願いします。

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