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陽炎、稲妻、月の影  作者: 四十九院紙縞
第2話 延長線上の哀歌
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(5)――だから、怖い人だと思っていた。だから、拍子抜け。

 その後、アサカゲさんはハギノモリ先生への経過報告と、必要なものを取ってくると言って、一人音楽室を後にした。なにやら、最終下校時刻までにやっておきたいことがあるらしい。

 旧校舎から第二国語科準備室までなら、道順もそう複雑ではないし、すぐに戻ってくるだろう。俺まで一緒に行く必要はないかと思い、安直にここに残ることにしたのだけれど。俺とユウキさんの間には、現在、なんとも重苦しい沈黙が横たわっていた。

 俺は誰とでもフラットに会話ができるほうだろうという自負があったのだけれど、それは今日限りで撤回だ。流石に、足元にえげつないものが巻きついている人と、和やかに会話ができるほどの胆力は、俺にはない。それでもなにか当たり障りのない会話はできないかと、頭の中で話題を取捨選択しているうちに、声をかけるタイミングを逸してしまってい、現在に至る。

「正直、拍子抜けしました」

 だから、ユウキさんがぽつりと発した言葉に、俺は少なからず驚いていて、

「な、なにが?」

と返すのでいっぱいいっぱいになってしまった。

 改めて、ユウキさんの様子を確認する。

 アサカゲさんがこの場に居ないからなのか、ユウキさんはさきほどよりかは幾分リラックスしているように見える。俺がユウキさんの突然の発言に驚く反応を見せたことにより、くすりと小さく笑う余裕までできたようだ。

「朝陰さんのことです。彼女、もっと怖い人だと思っていたので、なんだか拍子抜けでした」

「怖い人って……それは、アサカゲさんの口がちょっとだけ悪いから? それとも、たまに怒鳴り声を上げながら幽霊を追いかけてるから?」

 後者については、主に俺の体験談である。アサカゲさんと初遭遇を果たした直後の、あの鬼気迫る迫力ばかりは、そう簡単に忘れられるものではない。……まあ、そこまで彼女を怒らせたのは、俺が『泣きぼくろの男子生徒』と通称されるほど、生徒にちょっかいをかけ過ぎた所為なんだけれど。

 ユウキさんは、それもありますけど、と言葉を続ける。

「ろむさんもご存知ないですか? 今年の三月末のこと」

「あー、俺、こうして姿を現すようになったのって四月くらいからだから、その頃のことはちょっとわかんないや」

 ユウキさんは、そうなんですか、と相槌を打ち、言うか躊躇う様子を僅かに見せ、しかし自分が振った話題である以上、ここで話を打ち切るのも良くないと判断したのか、この話を続けることにしたようだ。

「朝陰さん、正面玄関の窓ガラスを、あのよくわからない力で、手も使わずたくさん割ったらしいんですよ。あとから、それが除霊活動中の事故って聞きましたけど、やっぱり怖いじゃないですか。だから、ろむさんが間に入ってくれても、今日中に除霊されちゃうのかなって思っていたんです」

 だから、怖い人だと思っていた。

 だから、拍子抜け。

「……ん? 『割ったらしい』ってことは、ユウキさん自身がその目で見たわけじゃあないんだ?」

 俺の疑問に、ユウキさんは、そうですね、と頷く。

「私が見たのは、その数分後くらいだったと思います。春休み中でしたけど、学校でピアノを弾こうと思って、登校してたんですよ」

 窓ガラスが割れた瞬間を目撃していないのであれば、その話は噂に尾ひれがついてしまっただけなんじゃないかと思うわけだけれど。少なくとも、俺の知るアサカゲさんは、多少素行が悪くとも、理由もなく窓ガラスを割るような人ではない。

 とはいえ、ここで俺がアサカゲさんの弁護に回ったところで、不毛な議論にしかならないだろう。

 だから俺は、話の軌道を逸らすことにした。

「休み中も学校に来て練習なんて、随分熱心だったんだね」

「いえ。……むしろ、学校に息抜きをしに来ていたんです」

 ユウキさんはそう言って、はにかみながら頬を掻く。

「私の両親が音楽家で、家に帰ると、みっちりレッスンを受けさせられるんです。ピアノを弾くのは好きだけど、コンテストで結果を出す為だけに弾いてたら、なんだか息が詰まっちゃって。去年の春先くらいからここへ逃げ込んで、好き勝手にピアノを弾いて息抜きしてたんですよ」

「それじゃあ、オオモモくんと連弾とかもやってたの?」

「いいえ、ピアノを弾いてたのは私だけです。大桃くんは終始、聞き役に徹してました。一度だけ弾いてみないかと誘ったこともあるんですが、あっさり断られましたし。……あのときはほんの気まぐれで誘っただけだったんですけど、結果として大桃くんに後悔させて、ピアノを弾かせちゃってるのかもしれないって思うと、罪悪感が――あ、いや、ええと……」

 ユウキさんは、言わないでおこうと思っていた言葉までうっかり口から溢れてしまったとばかりに、口元を手で抑えた。

 恐らく、彼女が足元の呪縛を祓うのに待ったをかけたのは、その罪悪感が理由だろう。

 だから、アサカゲさんからの提案を素直に受け入れようとしなかった。

 それが、ユウキさんにとって、せめてもの罪滅ぼしなのだ。

「君が納得して選んだことなら、俺から言うことはなにもないよ。ただ、無理だけはしないでくれると、俺もアサカゲさんも安心かな」

「……善処します」

 ユウキさんが苦い笑顔を浮かべてそう言ったところで、音楽室の戸が開く音がした。


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