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陽炎、稲妻、月の影  作者: 四十九院紙縞
第1話 揺らめきの邂逅
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(2)――「……ろむデス。よろしくお願いシマス」

 ほどなくして到着したのは、第二特別教室棟一階にある第二国語科準備室だった。

「そんじゃ、先生を呼んでくるから、お前はここで待ってろ」

「俺は中に入っちゃ駄目なの?」

 足腰に不安のある老人と廊下で立ち話をするより、一緒に部屋に入ったほうが良いのではないか。

 そう思って質問してみたが、アサカゲさんは怪訝そうな表情を浮かべて、俺を見た。

「ここには先生とオレの除霊関連の道具がたくさん置いてあるし、それを幽霊とかに悪用されないよう、かなり強力な結界を張ってんだよ。不用意に入ろうとしたら、ろむなんて簡単に消し飛んじまうぜ」

「うんわかったよアサカゲさん、俺は絶対にここで待ってるね」

 部屋に繋がる引き戸から一歩どころか五歩引いて、俺は言った。

 それで良し、とアサカゲさんは頷くと、三回ノックしてから戸を開けた。

「失礼します、一年の朝陰(あさかげ)です」

 礼儀正しく挨拶をし、アサカゲさんは部屋に入って行った。すぐに戸は閉められたから、中の様子は全くわからない。しかし、二言三言ほどの声がしたかと思うと、すぐに戸が開かれ、中からアサカゲさんと老人一人が姿を現した。

「先生、紹介します。こいつが例の『泣きぼくろの男子生徒』――オレがろむって名づけた幽霊です」

 アサカゲさんから、俺がいたずらして回っていたときにつけられた通称と、絶賛後悔中の暫定名とで老人に紹介され、俺は曖昧に頭を下げた。

「んで、ろむ。この人が萩森先生。さっきも言った通り、この学校を長年一人で守ってきた、すげえ先生だ」

 アサカゲさんは続けて、隣に立つ老人を俺に紹介してくれた。

 白髪交じりで僅かに腰も曲がっているようだが、アサカゲさんの言う『おじいちゃん先生』という単語から想像していたよりも、よっぽど元気そうな印象を受ける。たぶんだけど、六十歳前後くらいだろうか。

「はじめまして、萩森誠志郎(せいしろう)と申します」

 ハギノモリ先生はそう言って、握手を求め右手を差し出してきた。しわの刻まれた顔は、微笑むことでそれがより一層深くなる。

「……ろむデス。よろしくお願いシマス」

 除霊されたらどうしようという考えが一瞬だけ脳裏を掠めたが、アサカゲさんの尊敬する人物がそんなことをするはずがないと考えを改め、俺は彼の手を取った。

 幽霊は基本的にはなににも触れられない。けれど、アサカゲさんたちのように霊能力を持つ人間は、少しだけ例外である。彼らは、幽霊を含むこの世ならざるものを視認し干渉できるだけの霊力と、それらを増幅させて効率的に使用する術を持ち合わせているのだ。さきほど、俺がアサカゲさんからリストバンドを貰えたことだって、それらに拠るところが大きい。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 言いながら、ハギノモリ先生は俺の右手を両手でがっしりと掴むような握手をしてきた。

 いや、これは握手というより、むしろ――

「……ふむ、なるほど。ありがとうございます」

 先生はぱっと両手を離すと、お礼の言葉を口にした。

 間違って除霊しないよう、気配を覚えておきたい。

 アサカゲさんはそう言っていたし、きっとそれも間違いではないのだろう。けれどこれは、どちらかというと、害の有る無しを探るような、そんな接触の仕方だった。

 そんな思考が顔に出ていたのか、先生は、そんなに警戒しなくとも良いですよ、と肩を落とす。

「貴方に挨拶をしたかったというのが第一ですよ。とはいえ、僕は生徒の安全を守る為、校内に結界を張り巡らせ、ときには除霊等も行っている身。万が一にも朝陰さんの相棒を、それに巻き込むわけにはいきませんから、一度貴方と会って、その在りかたを覚えておきたかったのです」

 先生にとって、生徒の身の安全の確保は、最優先事項だ。いくらアサカゲさんに優れた霊能力があり、対処法をしっかり身につけていようと、先生にとっては彼女も守るべき対象の一人なのだろう。

「先生は、正しいよ」

「そう言っていただけると幸いです」

「気にしないでよ。ていうか先生、校内全部に結界を張ってるの?」

 謝罪と寛恕の堂々巡りになる前に、俺は話題を切り替えることにした。

 安全の為には当然のことかもしれないが、この広大かつ複雑な造りの境山高校において、それはほとんど偉業と言って良い。

「いやなに、十数年前に着任してから、コツコツやっていただけですよ」

「充分すごいことだと思うけど」

 なんということはないように笑って謙遜する先生に、俺は思わず苦笑した。

「やっぱ萩森先生はすげえよなあ!?」

 それまで黙っていたアサカゲさんは、ここにきて堪らず声を上げた。

 このテンションの上がりようは、先生のすごさを理解する人間が増えて嬉しいと見た。

「僕は本当に、大したことはしていないんですよ、朝陰さん」

 しかし先生は変わらず、それどころか嗜めるように言う。

「あくまで僕が――僕たちがしていることは、この土地を守る神様のお手伝いなんですから」

「え、ここ土地神が居るの?」

 耳を疑い、思わず俺はそう言った。

 だってここは、頻繁に幽霊だのなんだのが現れるような場所だ。控えめに言って、場が安定しているとは言い難いだろう。

「ここは元々、死者の魂の通り道ですからね。どうしても空気は澱みやすく、様々なものを引き寄せやすい。それでも今まで大きなトラブルが起きたことがないのは、土地神様が場を清浄に保ってくださっていたからなんです」

「へえ、そんなのがいるんだ。先生は姿を視たことあるの?」

 俺の問いに、先生は残念そうに首を横に振る。

「僕がこの学校に着任してから、一度もそのお姿をお見かけしたことはありません。それでも、土地神様の加護が今も絶えることなくこの土地を満たしていることは、確かにわかるのです」

 ねえ朝陰さん、と先生が同意を求めると、アサカゲさんは小さく頷いた。

 そうして補足説明をするように、アサカゲさんは俺のほうを見る。

「先生の言ってた通り、オレたちがやってることの大半は、土地神の加護在りきの補強って面が強い。もしも土地神が消滅していたとしたら、この学校は今頃、立派な心霊スポットになってただろうな」

「まあ実際、一度そうなりかけたことはあるんですけどね」

 先生は苦笑いを浮かべながら頭を掻き、続ける。

「そもそも僕がこの高校に呼ばれたのは、土地神様の加護がかなり弱まって、学校の存続が危ぶまれたからでして。今は人間の手で結界を張り巡らせることで、これ以上状況が悪化しないように食い止めている状態です。言ってしまえば、僕らは除湿剤のようなものなんです。こう例えると不敬かもしれませんが、この土地にとって土地神様は、空気清浄機であり、大きな換気扇なんですよ」

 先生の例えはわかりやすかった。

 湿度の高い場所にはカビが生えやすい。カビが生えると、いろんなものが駄目になってしまう。そうならないためには、湿度を調整しなければならない。

 けれど、霊能力者にできるのは、除湿剤程度のところまで。

 あまりに高い湿度を一気に下げるには、空気清浄機や換気扇が必要になってくるというわけだ。

「とはいえ、僕も寄る年波には勝てません。特に一昨年、ぎっくり腰をしてからというもの、校内を巡回することも難しくなって、結界を保つだけで精一杯になってしまった。そんな折、朝陰さんが入学してくれて、本当に助かっているんです」

「べ、別に……家から徒歩圏内で通えるし、萩森先生の手伝いするなら学費免除するって言うし……それにオレ、元々この高校に入るつもりだったし……」

 しどろもどろに、アサカゲさんは言った。

 さっきのリストバンドのときといい、この子、あまり他人から感謝されることに慣れていないのかな。

「とはいえ貴女の本業は学生――つまり勉学に励むことが第一です。僕の定年退職までには、後任となる教職員を見つけるつもりですから、朝陰さんもあまり気負わず、これまで通り、僕のお手伝いをお願いしますね」

「う……、はい」

 まだ照れが抜けきれず苦い表情を浮かべながらも、アサカゲさんは先生の言葉にこくりと頷いた。

「それで、早速お二人にお願いしたいことがあるんですけれど」

 そう言って、先生は申し訳なさそうに眉根を下げた。


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