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あけましておめでとうございます。
お読みいただきありがとうございます。
本年もどうぞ本作をよろしくお願いいたします。
「こちらがわたくしの勤務先…よね?」
翌日のディアーナは石造りの大きな建物の前で立ち尽くしていた。
住み込みの仕事を紹介してくれたクリスティーナは親切にここまで送り届けてくれたので目的地が間違っていることは考えにくいのだが。
目の前にあるのは屋敷、なんて可愛いものではなくて、言うなれば城塞だった。
それも王子妃教育でちらりと挿絵を見たことのある、歴史的な付加価値が付いてしまうほど古い時代の特徴を備えているように見受けられる。
(いけない、思わず口調が戻ってしまったわ。ここでは只の従業員のディアでいなくちゃ)
少しでも親しみを持ってもらうため、努めて口調を変えようと考えたのは昨夜のこと。
口調と共に力の入ってしまった目元と口元も緩めていく。
ここで出会うのはお互いに蹴落としあい失敗をあざ笑うネタを探し回ってばかりの輩ではなく、共に働く相手だ。
もう王宮に上がっていた時のように付け入る隙を与えまいと肩肘を張らなくてもいいだろう。
自分とて生まれた頃から淑女の仮面を被っていたわけではないのだから出来ないことはないとディアは思っている。
それこそ記憶の片隅にしか残っていないような少女の頃のように自然に笑えるように。
「ごめんください」
意を決して裏口の戸を叩くと、暫くしてディアより少し下の年齢の少女が顔を出した。
ロングの落ち着いたお仕着せを着こなした少女は姿勢を正すと深々と頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました、選定者様。お部屋のご用意が整っておりますのでご案内いたします」
働きに来たはずなのに大切な客人を迎えるような対応にディアは戸惑ってしまう。
質問もまとまらず、え、あの、とかディアが漏らすうちにも手にしたトランクをさりげなく自身の手に持ち替え、これまたさりげなく外套を脱がし去る。
「申し遅れました、わたくし選定者様のお世話を仰せつかりましたデイジーと申します」
これまた丁寧に頭を下げられ、こちらですと先を案内され始めたため、ディアは大人しく案内されることにした。
ディアの斜め前を静々と歩くデイジーに案内されて着いた先は屋敷の三階、遮るものなく綺麗に整えられた前庭を臨める広々としたバルコニーのついた陽当たりのよい部屋だった。
ひょっとするとこのお屋敷で一番良い部屋なのではないだろうかと考えてしまっているとデイジーがおずおずとディアの様子を窺っているのが目に入る。
「素敵なお部屋ね。私にはもったいないと思うのだけど、本当にいいのかしら?」
気に入ったことは強調しつつ、間違いではないかを確認してみるディア。
先ほどの“選定者様”と良い、メイドに付けられたメイド(?)の件と良い、判らないことが多すぎた。
「勿論でございます。こちらは選定者様が恙なくお過ごしになれるように屋敷の主人がご用意致しました。ご入用のものがございましたら何なりとお申し付けください」
そう言ってデイジーは再び恭しく頭を垂れた。
デイジーもこう言ってくれていることだし疑問や誤解の解決は早いに越したことはない。
そう考えたディアは単刀直入に切り出した。
「あなたの言う“選定者様”というのはどのような方なの?私は依頼を受けてこのお屋敷で働くつもりでやってきたのだけれど…どなたかと間違えてはいない?あなたが仕えるはずだった方は別におられるのでは?」
そう問われたデイジーは顔を真っ青にし小刻みに震えだしてしまう。
けれどもそれ以上取り乱すことなく深く頭を下げ、小さく確認してまいりますと下がっていった。
呼び止めそうになる右手を必死に押しとどめて、ディアはそれを見送る。
恐らく彼女に仕事を命じた者か事情を知っている者を呼びに行ったのだろう。
彼女には大変かわいそうなことをしたと思うものの今後のための事実確認はきちんとしておきたい。
「国を追放になった元貴族に用意された部屋だとしたら頂き過ぎだと思いますもの」
かの国では既に平民、他国であるこの国では国民ですらない。
自分の置かれている状況がこれ以上堕ちようのないくらい悪いことはきちんと認識できている。
だからこそここでの扱いが良ければよいほど居心地が悪く感じるのだ。
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