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暫く更新は1週間に1度の予定です。
小道に駆け込んだはずのディアーナは目を瞬いていた。
下町の様子を事細かに知っているわけではないのだが、あるはずの光景が明らかに違うのだ。
「わたくしは何かを間違えたのかしら」
小道に走りこんだこと?警備隊の事情聴取が今の立場では煩わしかったからどさくさに紛れてお暇したこと?それとも困っていそうな老婆を見過ごせなかったこと?
王子に婚約破棄を告げられた時でさえ抱かなかった疑問が口をついて出る。
でもきっと、誰だっていきなり目の前に巨木とそれの根元に抱えられるように建てられたメルヘンでファンシーな小屋が現れたらいろいろ疑うと思う。
主に常識とか自分の視力とか認知能力とか。
「詳しい話は中でしましょうか」
「……、はい」
思っていたより若い声音に一瞬の逡巡を挟んでしまったが、何とか返事をして黒いマントの人に続く。
(この方は思ったよりもお若いのかも。老婆なんて思ってしまって申し訳なかったわね)
自身の見る目のなさを反省しつつ招き入れられた家のドアをくぐって、ディアーナはまたしても目を瞬いた。
外観からは想像できない広さと間取り、外の木漏れ日からでは得られないであろうほどの窓ガラスから差し込む色とりどりの光。
よそ様のお宅に踏み入れたらすることも考えることもあるはずなのに何も出てこない。
ディアーナがしているのは無遠慮に室内に視線を這わせることだけだ。
「好きなところに掛けて?今お茶を入れるから」
黒いマントの人はそのままキッチンへ行ってしまった。
とはいえ部屋で分かれているわけでもなく仕切りすらないキッチンスペースはこの部屋の端の方だ。
ディアーナはこんな配置の家を今まで見たことがなかった。
もっと狭い平民の家ならばこういった配置も納得はできる。
ならば何故この家はこんなにも広いのだろうか。
立派なテーブルセットとソファに、趣味だろうか編みかけのレースの置いてあるティーテーブルとロッキングチェアが目に入った。
床に置かれた木箱には無造作に色石が積まれているのも見えるし部屋のいたるところに観葉植物が置かれていたり吊られたりもしている。
天井も高く作られていて頭の上ではアンティークランプと一体になった羽根が回っていて空気の動きを感じる。
雑多ではあるのだろうがどれも埃をかぶっていたり損なわれているものがあるわけではないため居心地が悪いわけではなかった。
いや、寧ろ誰かのお気に入りの空間を覗き見ているようでワクワクしていた。
「私の部屋がお気に召したようで光栄だわ」
気が付けば黒いマントの人がお茶を入れ終えてテーブルセットにトレイを置くところだった。
促されるままに椅子に掛け、目の前に置かれた蔦模様に金色が蒔かれたティーカップを見る。
「ハーブティーなのだけれどお口に合うかしら」
銀のティースプーンが添えてあったが特に考えもせず、それは使わずにそのまま口を付けた。
王宮に出入りしていた時には考えられなかったことだ。
ふわっと香ったカモミールと鼻を抜けていくミントが不思議の国に迷い込んだようにふわふわしていた頭をすっきりさせてくれた気がした。
「美味しい」
小さな声が溜息のように思わず零れ落ちた。
蜂蜜を溶いても美味しいわよ、という彼女にお礼を言おうと正面に視線を合わせようとして目を見張る。
正面の席に座る彼女は既に黒いマントを脱いでいて素顔をさらしていた。
ゆるく波打つ極細の金糸のような髪に、芽吹いたばかりの緑のような光を湛えた大きな瞳。
それを縁取る睫毛は愛らしく上を向いて、形の良いぷっくりとした唇はゆるく弧を描いている。
手入れは欠かさずされているものの、やかましい程に主張する黄色の髪と地味で目立たない黒寄りの茶色い瞳の自分とは大違いだ。
あまりの衝撃に一瞬何を言えばいいのか解らなくなったディアーナはまたカップに口を付けた。
人間やることが分からなくなると何となく目の前の人間と同じ行動をしてしまうものだ。
カップの中身が残り少なくなるまでたっぷりと時間を取って、ディアーナは口を開いた。
「見ず知らずの私を家に招いて美味しいお茶を振舞っていただき感謝いたします。それから…助けてくださったことにもお礼を。あの場から連れ去ってくださったのでしょう?」
聞かせてしまうことに罪悪感があったため、名乗りは後回しにして感謝を伝えた。
「それを言うなら私の方こそお礼を伝えなくてはならないわ。わけあってあんな姿形をしていた私に誰も関わろうとしない中で貴女は手を差し伸べてくれた上に、下町では貴重な治療薬を使ってくれたわ。それに事態が片付いた後に片付けまでして私の手を引いてくれた。本当にありがとう。久しぶりに人の優しさに触れたの」
そう言って彼女は花がほころぶように、本当に嬉しそうに笑った。
未だヒーロー出て来ず…。早く出したい!!
もうしばらくしたら出てきます。
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