結局は本心
後程というシメオンの言葉通り、小一時間後にフローラリア家から使者が寄越された。明日にでも“浄化の輝石”を見せられるようにするというもの。使者にお礼を言って帰らせるとジューリアは横にいたヴィルに向いた。
「良かったねヴィル」
「ジューリアも来る?」
「絶対嫌。……と言いたいけど、ヴィル達が行くなら私も行った方が良いよね。私も行くよ」
「俺達といれば、ジューリアの兄妹も何も言ってこないんじゃない?」
「そうだったらとっても嬉しい」
心の底から願う。
大教会の建物に戻り、部屋を目指して歩く。シメオンとの対面で体力を使ったせいで小腹が空いてしまい、途中厨房に寄ってジュースとお菓子を神官から貰って部屋に戻った。
「一緒に食べよう」
「うん」
テーブルに置いてそれぞれ椅子に座ってお菓子に手を伸ばす。今日のお菓子はマフィンだ。
バターの香りに釣られて早速一口食べようと口を開けた時、扉が開いた。現れたのはネルヴァ。側にはリシェルもいる。
「何しに来たの、兄者」
あからさまに不機嫌になったヴィル。
「お兄ちゃんに向かって怖い顔をしないでおくれ」とどんな時でもお兄ちゃんを強調するネルヴァに呆れた息を吐きつつ、再度用件を訊ねた。部屋の隅に置かれていた椅子を持ってくるとリシェルに座らせ、自身はヴィルの近くで膝をついた。
「ねえヴィル。私の質問に嘘偽りなく答えてね」
「……なに」
「そこのお嬢さんをヴィルが見つけたのは何時?」
「ジューリアと接触する少し前」
「……私に嘘が通用すると思ってる?」
「……」
「え、嘘?」
優しい微笑はそのままに、他の言葉は一切許さないと瞳に込められた圧が強い。ネルヴァから視線を逸らさず、はあ、と話す気になったのかヴィルは嘘だよ、と告げた。
「嘘なの?」とはジューリア。
「ジューリアが生まれた直後くらいから知ってた」
「どうやって知ったの?」
嫌悪も不審ぶる様子もない、純粋な好奇心からくる興味の瞳と声。安堵しながらヴィルは続けた。
「帝国に生まれたら、大教会で天使の祝福を授かるだろう?」
「うん。規則だもん」
生後一年の内に赤子は大教会にて天使の祝福を授けられるのが習わし。子の健康や幸運を与えられる為に。規則を破れば育児放棄と見做され重罪に課せられる。
「ジューリアを一目見て『異邦人』だって気付いた。『異邦人』は、他の人間と比べて清廉で純粋な魂を持っているんだ。天使や神族が食らえば、強い神力を得られるまたとない御馳走さ」
「へえ」
後天的に神力を上げる方法のない神族や天使であるが、外法という方法で一つある。それが『魂食らい』。発覚すれば神族であろうと問答無用で処刑される。
「『異邦人』だけど、前世の魂を持っているのはどうしてかなって気になったのが切っ掛け」
「そうだったんだ」
「人間界に降りては時折ジューリアの様子を見てた。『異邦人』特有の過保護で大切にされているから、前世の魂が肉体に宿っていても問題はないって思っていたんだ」
けれど事態が急転したのは七歳の時の魔力判定。前世の魂と今世の魂がぶつかり合ってしまい、魔力の流れが上手く作られずジューリアは魔法も癒しの能力も使えなかった。魔力しか取り柄のない令嬢という不名誉な烙印を押されてしまった。
魔力判定の儀までヴィルは様子を見ていない。声を掛ける前にジューリアを最後に見たのは、六歳くらいまでなのだ。
「へへ」
「急に笑い出してどうしたの」
「ヴィルの兄者を探す振りをしながら帝国に来てフローラリアの屋敷を見に来てくれたのかなって」
「そんな感じ」
両親や兄、周囲に過保護に大切に育てられていた筈のジューリアが四年経っただけで蔑ろにされていると知って吃驚した。何があったのかと探る為に、バルコニーに出て来たジューリアに声を掛けたのだ。
ヴィルはネルヴァに向き「経緯はこんなとこ」と言い放った。
「一体兄者は何が知りたいの」
「妙だと思ったんだ。ヴィルがお嬢さんに接触してからだろう? 三年間、冷遇していた娘がたった一度言い返しただけで掌を返す真似はするかとね」
「へえ……兄者は、俺がフローラリア家に術を掛けたと?」
「……正直に言うと正解、かな」
「……」
端正な顔には似合わない皺が眉間に寄った。不穏な空気が流れ始め、おろおろとするリシェルと慌てて間に入ったジューリア。
「ちょ、ちょっと待って、ヴィルは何もしてないよ」
「だとしても……タイミングが良すぎないかい?」
「偶々でしょう?」
疑惑の銀瞳を逸らさずヴィルに向き続けるネルヴァ。戸惑うジューリアは二人を交互に見ていく。
「どうなんだヴィル」
「はあ……。……ジューリアの前世と今世の魂を一つにした時、妙な術が掛けられていた」
「へ」とはジューリア。
「あまりにお粗末で特定の相手にしか効果がない術だった上に術者が誰か気取られない様かなり力を抑えて掛けられていた」
「どんな術だったの? ヴィル」
「多分だけどさ、ジューリアがフローラリア夫妻から見捨てられるような術」
「ええ……」
誰が、何時、どのような目的が掛けたのかが全くの謎。ジューリアが見捨てられたのは七歳の時の魔力判定。タイミング的に言えば、魔法と癒しの能力が使えないと判った直後。
「魔力判定の儀で変わったことはなかった筈だよ。あれば、印象に残って覚えてるもん」
「誰にも気付かれずにやったのなら、相手は間抜けな腕利きの魔法使いってなる」
「間抜けだよねー」
やるのなら徹底的にやればいいものを。
術はたった一度のジューリアの反論によって綻びが生じ、前世と今世の魂を一つにしたヴィルによって完全に解除された。何度ジューリアが拒んでも突っ撥ねても些細な切っ掛けがあればしつこくやり直したいと願ったのは、抑々の話両親どちらとも本心からジューリアを見捨てた訳じゃなかったからだ。
とヴィルが見解を述べてもジューリアは微妙な顔をしたまま。
「術のせいだって言われてもジューリアは納得しないよね」
「それもそうなんだけど、本心じゃないって言うのは多分違う」
「うん?」
「私に魔法や癒しの能力が使えないって判明した直後に、生物学上父親に当たる人が言った“お前は娘じゃない”発言は本心から言ったんだよ」
「術のせいだって思わない?」
「うん。あの人、言った後に後悔していそうな顔をしてた。本心から出た言葉を言って、冷静になって言い過ぎたとでも思ったんじゃないかな」
「そう……」
生まれながらに持つ強大な魔力のせいで体の弱かったジューリアを大切に育て愛していたのは本心。いさ、魔力判定の儀で無能だと判明して失望したのも本心。どちらもフローラリア夫妻の心から発生した。術は夫妻のジューリアに対する冷遇を強化するためのもの。術がなければ、今のように拗れた関係まで発展していなかった。
「ジューリア。今までフローラリア家を許さないって姿勢だったけど、今の話を聞いても気持ちは変わらない?」
「変わらない」
「あ、あの」
初志貫徹を徹底するジューリアの即答にヴィルはそっか、と微笑を見せた。今まで無言でいたリシェルが初めて口を開いた。
三人の視線を受けておろおろとするが視線はちゃんとジューリアに向いていた。
「一度、ちゃんとご両親の話を聞いてみるのはどうですか?」
「話?」
「ジューリアさんの御父上を見ていると術が解けたとは言え、きっとやり直したいって気持ちは本物だと思うの。ジューリアさんが頑なになるのは……仕方なくても、一度だけでも話を聞くことは……駄目かな?」
「無理です」
「そう……ですか……」
こちらも考える間もない即答。
「あの二人に術が掛けられているのは分かりました。じゃあ、他は? 上の人は? 使用人達は? 掛かってないでしょう? 公爵夫妻が無能の娘を切り捨てたのなら、優しくしても価値がないから自分達も見捨てて良いってあの人達はそう判断したんでしょう?」
唯一、本心からジューリアを嫌っているメイリンを除けば、その他大勢は公爵夫妻に見捨てられたジューリアへの態度をあっという間に変えた。自分達が切り捨てられた、見捨てられた側になった途端掌を返して縋っている。となるとメイリンだけは——多少夫妻の影響を受けていても——唯一変わっていない。
「これって私を狙ってたビアンカさん家の人の仕業?」
「違う。魔族の魔力だったらすぐに気付く」
「リゼ君から聞いた話だと彼等が君に目を付けたのは最近の話。だとすると時間が合わない」
親の庇護欲を消し、誰も味方がいない状況となったジューリアを狙って得をする人物。誰だか見当もつかない。
「一旦この話は止めよう。考えてもキリがない」とはヴィル。
「時に兄者。ヨハネスがジジババが何処にいるかって聞いて来たんだ。兄者知ってる?」
「私も同じ質問をされた。瀕死にした以降は一度も会っていない」
誰の話? とジューリアが問うとネルヴァやヴィルの両親、つまり先々代神夫妻を指していると教えられた。
「いなくなったの?」
「さあ。どうでもいい。兄者に半殺しにされた挙句、神力を大幅に削られたんだ、もう死んでたりしているかもね」
本当に神族は物騒、と何度目かになるか不明な感想を抱いたジューリアであった。




