八つ当たりは天使へ向く①
人間の目には、空に広がった閃光は映らない。『悪魔狩』の合図を目にしたジューリア以外の面々の反応は様々だ。魔族であるリシェル、ビアンカ、魔王はかなり難しい表情をしている。神族であるネルヴァ、ヴィル、ヨハネスは一人一人違った。
ネルヴァは主天使が寄越した光の球に礼を告げると空へ放し、椅子の背凭れに盛大に背を預けて呆れ全開の息を吐き。
ヴィルも似たようなものだがネルヴァと違ってテーブルに肘を立て、頬杖をついて涙目なヨハネスへどうするんだと言いたげな視線をやっていた。
ヴィルの視線に気付いていても意地でも天界へ戻りたくないヨハネスは涙目なままもう一度空を見上げた。ジューリアが見ても変化のない空は、魔族や神族の目では変化がある。
「まだ光ってるの?」
「いや……光はもう消えたよ。……昨日の今日で『悪魔狩』の再追試を始めるなんて……父さんは何考えてるんだろ」
「神の代理になったから、自分が神になったらやりたかった事をしてるだけじゃないの?」
昨日の今日の合図とあり、一番混乱しているのは人間界にいる天使と悪魔。
魔界への帰還指示も昨日。まだ帰還を終えていない悪魔は大勢いる。合図を確認後、魔界にいるリゼルへ連絡を取っている最中の魔王には後で話し掛けるとし、天使達の反応を窺おうとネルヴァが感知能力を最大値に上昇させた。周囲を銀色の神力が包み、微かに開いている銀の瞳も力に呼応して光を発していた。濃度の高い神力は距離を作っても弱い悪魔を消滅させる力を有する。側にいるのが魔王やビアンカ、リシェルといった高位魔族だからこそ躊躇なく使うのだ。
また、人間にとっても毒と等しくなり、ネルヴァから離れるようヨハネスに促されてビアンカの側へジューリアは逃げた。
「ふむ」
「何か分かった? ネルヴァくん」
連絡を送っているがリゼルからの応答がなく、声を漏らしたネルヴァに状況確認を求めた魔王。幾分か黙っていたネルヴァが重々しく口を開いた。
「ヨハネスの言う通り、昨日の今日での『悪魔狩』開始の合図に天使達も大いに困惑している。アンドリューがどんな命令を天使達に下したか分かれば良いが……」
「主天使は何も言わなかったの?」
「合図の件を送るのが精一杯だったようだよ。どうも、ミカエル以外に内通者がいるとアンドリューは勘付き、天界にいる天使達を互いに監視させてる」
「やってる事がかなり滅茶苦茶になってきたなあの眼鏡……」
互いを疑心暗鬼にさせるだけではなく、怪しいと睨んだ天使をアンドリューに密告し、黒だと判断されれば密告した天使には褒美を、黒と判断された天使は刑罰が与えられる。
人間の世界での刑罰は地域によって異なるが大抵は罪人を罰する為に存在する。今話を聞いた天使への刑罰は、どう考えても私的なものに見えてしまう。根底にネルヴァに知られれば怒りを食らうという事実だけは理解されており、密かに情報を送る天使を炙り出す事でネルヴァへの漏洩を防ごうとしている。
「補佐官さんとはまだ連絡取れませんか?」
「そうだね。恐らくだけど、合図を見た悪魔達が大慌てで魔界に帰還しているのかも。もしもそうだったら、役人の手だけじゃ帰還手続きが間に合わなくてリゼルくんに泣き付いただろうね」
人間界へ降りる前に申請を通しているかの確認や帰還後の状態や荷物確認等、細かく検査をされた後家へと帰れる。悪魔なのに念入りな確認の様は人間のジューリアは吃驚で、現魔王の何代も前の時代から始まったとされており、経緯については詳しく残されていない。
外界から齎される未知の影響力は計り知れず、数少ない理由で知っている事とすれば、山奥の街で領主を務める魔族が人間界から帰還した際、持ち帰った食べ物が人間には害がなくても魔族には非常に毒性の強い物だったせいで口にした者は一人残らず死んでしまった。領主家族だけではなく、招待を受け物珍しさから口にした貴族も。
「私の前世でもよく聞いたよ。外国から持ち込まれた動物や植物が在来種の脅威になってるって。悪魔でもそんな話になるんだね」
「意外でしょう?」
「うん」
それが生き物というもの。
「魔王陛下。私からもパパに連絡を入れましょうか?」
「リシェルちゃんからの連絡なら、リゼルくんも最優先で聞いてくれるだろうから頼めるかい?」
「はい!」
愛娘リシェルを溺愛する補佐官なら、どれだけ多忙だろうとリシェルからの連絡なら必ず応じるという確信は補佐官をよく知る者なら持つ。早速リシェルもリゼルに連絡を送った。
互いが遠くにいても念話という魔法で何時でも連絡が取り放題。どうやって使うのかと魔王に訊ねると相手の姿を鮮明に頭に浮かべ、魔力を辿ることで念を送る。相手が受け取ってくれれば会話が成立される。
「難しそうだけど便利」
魔力操作自体は難しくないものの、相手の姿を頭に鮮明に浮かべないとならないので親しい者限定でしか使えないのが難点。絶賛魔力操作の練習中であるジューリアには先の話。
「ダメね……パパからの応答がない。陛下の言うように帰還した魔族の対応に追われてるのね」
「リシェルちゃんでも駄目となると……リゼルくんらしくないな。リシェルちゃんからの連絡なら、最優先で応える筈なのに」
今ネルヴァが感知能力を最大値にして探っているように、魔界の状況を同じ術で探れないかと魔王に聞いてみたら、既にしている最中だと答えられた。なのに魔王の表情が優れないのはリゼルからの応答がないのと同じで魔界の状況も探れなくなっているから。
昨日の今日での『悪魔狩』開始は念入りな準備がされていたのかと疑ってしまうくらい、魔界との連携が取れなくなってしまっている。
「どう思う? ネルヴァくん」
「ううん……どうも人間界にいる方の分が悪い。人間界に上位天使が一人、魔界の空にも中位の天使が数人いる。魔界にいる天使が人間界へ続く扉付近で君達のやり取りを妨害する術を構築してしまって上手く連絡が取れなくなってるのだよ」
「そうだったのか……リゼルくんならすぐに気付けそうなのに」
「エル君の言う通り、大慌てで帰還した悪魔達の対応をしているんじゃないのかな? 魔界の中位天使はリゼ君に任せたらいい。問題は人間界にいる上位天使だ。熾天使ではないがかなり厄介だ」
上位三体の一角で最も好戦的な天使。と聞いただけで「あいつか。最悪。任せたよ兄者」とヴィルの言葉を受けたネルヴァは感知能力を解き、片手で顔を覆い空を見上げた。
読んでいただきありがとうございます。
次回はとっても苛ついている補佐官側の話です。